〈1〉


これは…前にも見た記憶がある。深い闇の中で私は落ちているのか浮いているのか
全く見境がつかない。 そしてうっすらと視界にあの妙な竜らしきものが姿を顕になる…。
桃色で…水の中と錯覚させるように尾をひらつかせて私の周囲を取り巻いている。
…やっぱりそうだ、この夢…一度前に見たものだわ。
目の前にいるのは初めて見るはずなのに親近感を肌で感じるものがそこにあった。
その安心感ゆえに…また私の意識は奪われた。

* * *

白い正方形のタイル張り、無機質で冷ややかさを感じる天井が最初に目に入った。
「シィラ!」
リムがうっすらと開けたシィラの目を覗き込んで顔を綻ばせた。右手には握られているためかリムの右手の温もりを感じた。
「リ…ム、私は…」
「アダンさーん!シィラが目を覚ましました!」
見た所…ここはフエンのポケモンセンターらしい…何処にでもあるファーストフードと同じく、天井も全く同じであった。遠くで慌てふためくような足音がこちらに向かってくる、その足音が数人に増えた。 最初にレオンの顔が見えた。

「シィラちゃん!いやぁ…無事でよかった。」
「レオンさん…レオンさんも大…丈夫ですか?」
シィラはまだ呂律が回ってない様子を汲んだリムが両肩を抑えた。
「だめだめ、寝てなきゃ…」
アダンが続けた。
「しばらくそのまま養生してなさい。君の戦力は必要だけどね…」
なんて不安を煽らせては全く意味ないじゃない、と言わんばかりに
リムの軽い肘鉄が突かれた。
「…そういえば、セインさんはどうしたんです?」
シィラが見渡して訪ねてみる。
「局長…なんか沈んでいたんですよ。で、部屋に篭ってしまって…。」
「大丈夫だよシィラ、あなたは休んでいて…」
「ええ、分かった…。」
仕方ない、と今度こそ観念してベッドの中に頭をおいたのだった。

* * *

手を絶え間なく小刻みに動かしながら、モラロは指を顎に添えた。
空は少し明るくなってきたが今の彼にはまだ睡眠不足のようで、時折舟をこいでいる。
これでは日誌もまともに書けやしない。

ガチャリ、背後で扉が開いた。
「モラロさん、…報告終わりました。」
イスケが目を擦りながら脚をふらつかせて部屋に入る。
「よし、一旦仮眠しようぜ…。」
「はぁい…。」
部屋にある二つの粗末なベッドにそれぞれ横たわる。イスケは一瞬さっきの戦闘でのモラロの台詞を脳裏に思い返した。
『そんな事で諦める奴はすっこんでやがれぇ!!』

………

「…モラロさん。」
「んぁ?何だ?」
口ごもりながらにイスケは天井を向きながら絞るような声で言った。  
「その…戦闘であんな弱音を…すみませんでした。」
突然の謝罪になんだと思考を巡らすが、『あぁ』という顔になるのに数秒かかった。
そしてアドバイスをしてやろうとモラロ頭の辞書で検索して台詞を探す。
「…お前はあれだな…自分を追い込みやすいタイプだな。最初に会ったときよりは…芯が出てきたなぁ、って思ったが、まだ弱さを持っているって感じだな。」
言うだけ言ってモラロはそっぽを向いて、最後にもう一言。
「…自信もてよ…。」
と小さく、けど聞こえるようにはっきりとしていた。
「あ…有難うございます!モラロさん!!」
イスケがイスケなりに大きく言ったのも空しく、モラロは鼾をかいてすでに眠りの世界へと旅に出ていたのだった。

フエンにある林での攻防戦、ミナモに現れた正体不明の傭兵。
それら全てホウエン警察全体に精神的な圧迫を与えたのは言うまでもないことだった。毎日欠かすことのない伝令隊を通して、両勢力を一度集結させた方がよいという散布的な案件もしばしば出ているという。
シィラ達がフエンで滞在して二日目の時…事態が一変する有様を目の当たりにすることとなる…。

「復活草…ですか?」
シィラがきょとんとした顔をしながら瞬きを一回する。
慣れない土地に居ると必ず一回は経験することだろう、そう見据えたアダンは繰り返しシィラに告げた。
「そう、この土地にしか生えない特殊な漢方薬の原料だよ。」
そう言うと小さなメモを手渡した。図面と地図が綿密な文字で書き綴られている。

「えっと…誰に使うでしょうか?」
当然薬を作る、と言うことは服用する相手だって居るだろう。アダンは、
「うん。実はね…ここの土地に居る領主の持つボーマンダっていうポケモンがね、代々このフエンを守り続けていたんだけど……突然の不治の病にかかってしまい、手の施しようが無くなってしまったんだ。医者を何人も呼び寄せたが、…もうどうにもならなくなり、気休め程度にこの歴史にもある『漢方薬』療法でやってみようと。」
「はぁ…それでその探索を私に任命するのですね。」
するとアダンは少しだけ苦笑して彼女の背丈に合わせてしゃがみこんだ。
「…本当はまだ病み上がりの君を動かしたくないんだけど、緊急でね…しかも私達はこれから近くのスカイ団小勢力の制圧に出向かなければならないんだ。」
そっか心遣いだ、と解釈してにこっと笑う。
「大丈夫です。この地図どおりに捜して見せます。」
そうか、と安心したようにアダンも笑って見せた。
「よし、もう一人同じ補佐を呼んでおいたから、丁度ここの土地の生まれだからね。」
すっくと立ち上がり、後ろを見て大声で
「ホーリィ!ちょっと来てくれ。」
「へーい。」
一瞬間の抜けたような答え方にシィラは目を見開いた。
現れたのは…自分よりは年上の男、けど見てくれは少しボンヤリとした風格を持っている。

「シィラちゃん、彼がホーリィ・ガイダンス君だ。
少しボーっとしてるけど…腕は立つよ。ホーリィ、案内役をしてやってくれ。」
少しだけ強い口調で肩を叩く。…喝を入れているようにも見える。
「あぁ…はいよ。んじゃ行こうか…えーっと…」
「あ、シィラです。宜しくお願いします…ガイダンスさん。」
「ははは、いーよホーリィで」
とりあえず笑って見せた。一日に一度は笑うのが彼のモットー…らしい。
二人がセンターを後にする姿を見送った後、
少し不安そうだがアダンも大丈夫だろうと腰に手を当てながら一息ついた。


この樹海に入ったのは二度目で二日振り、真昼の太陽が
樹海の木々を通して幾筋もの光を作り出している。
「んじゃ…シィラさんよ。俺はここで寝ているんで…捜してくれ。」
ホーリィは眠そうな顔で昼寝できそうな場所を探す。
「え…わ、分かりました…。」
正直手伝って欲しい心が根付いていたのだが、いきなり初対面の人間にそんな無茶は頼めない。
シィラがもう一度振り返ると既にホーリィはいなかった。
アダンに貰った図面を元に草木を掻き分け…
特徴となるポイントを視野全開にして目を配る。
復活草の色、場所、大きさ…チェックする要素があまりにも多い。
腰が少しだけ痛んだ…。

* * *

一時間後…息を切らし始めたシィラであったが目に全ての条件が揃ったものが入った。
色が、場所が、大きさが、
「あ…あった!」

目をぱっと輝かせて、手に掴んだ。
と、その時だった。

ドォオオオ…

地揺れと衝撃の波を身体で感じ取る。 え…何? 結構近い…。
音源を探りながら樹海の奥地へと進んでいった。
進むごとに視界が広まって、物が見えてきた。

茂み越しに見てみると…一人の男と…一体の竜が…


顔を顰めて、シィラは様子を伺う…。
視線の先にいた一体の竜と一人の男を…

男の表情は薄いにや笑い、手に持っているのはモンスターボールらしいが
見たことのない黒色で不気味さを象徴している。
ポケモンは…色違いのボーマンダ…だ。
色違い…それはアダンの言う領主のボーマンダに間違いない。
それはシィラが捜していた復活草を服用する相手だ。

ガチャガチャ

よく見るとボーマンダは鉄の鎖で雁字搦めにされている。
鎖が食い込んで痛むのか、目の前の男に敵対しようとするのか。
解放を求めてボーマンダはもがいている。
しかし男はにや笑いのまま黒いボールを差し出し、ボーマンダを収めようとしている。
シィラの正義の心はすぐにでも止めようと飛び出さんばかりで…けど腕を掴まれた。

「あ…ホ…ホーリィさん。」
「やめとけシィラさんよ。お前さんは奴を知らないんだな?」

ホーリィ・ガイダンス。寝てたんじゃないんだ…。
声を潜めてシィラは訪ねた。
「ホーリィさん…あの人を知ってるんですか?」
その言葉にホーリィは思考を巡らせて頭をほじる。
そして、

「あぁ…奴はハルス。スカイ団の右腕だ。だが裏でヤバイ事してるって噂の猛者だ。」

右腕…もし私が今、出ていたら、瞬殺されてたかも…。

そう思って向きかえると既に色違いボーマンダは黒いボールに収められていた。
鉄の鎖がジャラリと音をたてて地面に崩れ落ちた。
「…しかも奴ぁ、あんな風に人のポケモン盗んだりする腹ぐれぇ野郎だ……だが今、俺とアンタじゃほぼ戦力外だ。いくらお前さんが領主のボーマンダ様をお救いしたい!って思った所で、勝ち目はねぇ…、報告が優先だなぁ?」
「は、はい…。仕方ありません…ね。」
ものぐさながら、ホーリィはシィラを守ったとも読める。シィラは彼の心遣いに感謝した。
だが、にやりと笑ったホーリィはそれを裏切るように、
「まぁ、今日はしんどいし。」
そっちが本性か!と、突っ込ませる捨て台詞と共に荷物をまとめた。
けど汲んでいたシィラはホーリィに見えないようにこっそり横向きで吹いた。

* * *

人に見られていたことは全く感じなかった。色違いボーマンダが入ったボールに薄笑みを浮かべ、
「さぁ…第三の『力』よ…。」
ハルスは球を放つ。 現れたのは…

色違いボーマンダ。 だがさっきの抵抗の様子は全くない。
それどころかハルスを完全に親と認識しているのか、すっと頭を下げた。
「…我がアジトへ向かえ、そこで封印を解く『力』となるのだ…ククク…。」
絶対なる服従者となったボーマンダはその指示を聞き入れ、飛び立った。
ハルスはまた再びポツリと聞き耳のないように呟いた。
「よし…あと4つ…ククク…。」

その日のフエン側の集会は相当に荒れた。まず第一にフエンの勢力の半分が
突如にミナモへの大移動を開始したとの事。
ざわめきとどよめきがシィラ達をより一層不安にさせたろう。
アダンが、
「…緊急事態だな…頗る危険な事態だ…。」
半分の勢力としか戦ってない為、リムも他の補佐員も殆ど無傷。そのせいか表情がよく表に出ている。
まずアダンが、今日の出来事を訪ねる。
「…まず、シィラ君とホーリィ君に任せた案件だが…。」
内容は、まず領主ボーマンダが強奪をはじめ、謎の黒いボールに収められ、そして捕らえられていたボーマンダの抵抗が止み、あたかも敵の配下になったかのように指令と共に何処かへ飛び去った、という目撃の報告であった。議会はより一層混乱を招いた。とそこで一人の補佐員が手を上がる。
「一刻も早くミナモに向かおう」
「…とすればすぐにでも準備にかからなければ。」
セレナが返す。 
シィラは一瞬兄やイスケ君に再び出会える機会に胸をなでおろした。
「ふむ、フエンの任務はほぼ完了している。よろしい、明日の早朝にでも
すぐに出陣を開始しよう。」
『はい!』
全員が異口同音に返事して、それを見据えたアダンは

「では誰かミナモにいるリーダーのロルさんに無線で連絡を…」
「あぁ…俺がやりましょう…。」
ホーリィが名乗り出た。一瞬セレナの目が細めになったのがシィラには見えた。
「よし、次に…ジェインさんからフライゴン二体の依頼を…」
移動…シィラの脳裏にペリッパーの飛行タクシーの出来事が過ぎった。
反射的に
「あ…私が!…やります。」
手を挙げたと同時に彼女の心に今すぐに飛行タイプを捜さなきゃ…と確信した。
五〜六体ぐらいの中型の大きさ…そのぐらいで…十分かも…。
…とりあえず依頼の任務をもらえた事にほっと息をついた。だってあのペリッパーの辛そうな目つき、もう見たくないもん。無事に会議は終了。そして早朝まで…あと十時間。シィラの中の試練が始まった。

残り七時間…すっかり夜も更けて周囲の光となるものを失っている。
息を切らして草を掻き分けても、求めているものは全くでてきやしない。
シィラは今、ハジツゲ付近の灰にまみれた草地にいる。
マスクをしたにも関わらず、砂埃のように舞ってくしゃみを連発させた。

(こんなんで五体捜せるの…?)

脳裏にその考えが現れ始め、もはや徹夜を覚悟していた。
と、その時だった。

「あっ!」

ライトに照らされた鋼鉄の爪が一瞬だけ見えた。そして見上げると…
無機質な鉄を感じさせる翼が目に入る。

鋼鳥  エアームド

けど、ライトが眩しいのかその鋼鳥はすぐさまに逃げだした。
「逃がさないわ!ヒンバス!出て。」
動きを出きるだけ読み取り、行く先にヒンバスをネットボールから繰り出した。
「即座に波乗り!」
大水をぶっかけた。自分側なので少しだけ濡れる。
視界を一瞬だけ不安定にさせた隙を狙って…ボールに…スポッと収める。
(お願い…出ないで…。これが最後のボールなの…)
実は既に三度も収めようとしたのだが、三度とも破られていたのが現状。
ボールはまだ買えるけど無駄遣いしたくない。

(お願い…。)

知らず知らずのうちに両手が祈るような組み方になっていたのに本人すら分からなかった。
次に我に返ったのは…

カチッ

完全に収められた証ともいえる効果音が耳に入ったときだった。

「や、やった!…ふぅ…あと四体ね…。」
どっと疲れがシィラの全身を襲った、けど構ってられない。皆の為に早く捜さないと…
「お疲れ様、シィラ。」
背後から女の子の声、後ろめたい事を否定したかったけどビクッと身体を震わせてしまった。

「リ…リム!?あ…あなたどうして…?」
けど心を見透かすようにクスクスと笑い、
「魂胆は分かってるわ。
…シィラ、飛行タクシーを使いたくないから飛行タイプを必死に探している、…そうでしょ?
あなたペリッパーに負担掛けるのが嫌だからあんな事言い出したのでしょ?
その位察しがつくわよ。」 

シィラは顔を赤らめながら慌てふためく。
リムはそれが可笑しくて腹を抱えて笑う。
「大丈夫よ。セレナさんのリザードンで乗っていくから
結構おっきいから後はシィラのエアームド一体で充分よ。」
「あ、なんだ…じゃぁ…。」
気が抜けたシィラはスーパーボールを取り出し、今さっき取り押さえたエアームドを出した。
「今日から三人目のパートナーね。エアームド。」
微笑んでエアームドの羽を撫でた。

「じゃぁシィラ、センターに帰りましょう。もう遅いから。」
そういって駆けっこのように颯爽と駆け出した。
「あ、待ってリム…」
とその時足元で…何かが切れる音がした。一度立ち止まって
下を見てみると、まだ買って間もない靴紐が切れていた。



フエンタウン移動中、上空にて。

風がとても冷たく、そして疾風の如くに顔に当たってくる。 ふと左手を向いてみるとリムの顔が見えてきた。その表情はとても穏やかで手を小さく振ってくる。それにシィラも手を振って返した。
声をかけたらひょっとすると聞こえるかもしれない。そう思って息を吸いかけた時だった。
眼前が白い霧で覆われ、リムの顔が見えない。辺りを見渡すとそこは完全に霧に覆われていた。

そこで前に居座っているレオンがシィラに告ぐ。
「フエンはもう眼と鼻の先だ。このモヤはそこの火山の火山灰だよ。」
「だ…大丈夫ですか?全然見えません。」
シィラは目の前が何も見えなくなると同時に不安になり始める。だがレオンは気にも留めることなく、
「大丈夫!ここに無線機が……」
刹那。
『火炎放射!!』
男の声?だがこの指令は紛れもなくポケモンにだされたものか?と思考をめぐらす暇なく、
白い闇は一気に赤い炎にはや変わり。
「くぅっ…フライゴン…!危険だ、急降下と急旋回…!」
レオンが慌てて蛇竜のあぶみを引っ張り、地面へと伏していった。
「きゃああぁ……!?」
その様子を消し炭へと細くなっていく炎越しに丸見えにされ、
「フ…、総員に指令する。今落ちて行った蛇流を射止めよ。」
と男が指差しながら言い放った。

* * *

「…ん…?」
「…?どうしました?モラロ先輩?」
いつの間にか呼び方が先輩になってしまったイスケがモラロを見ながら訪ねた。
「…あぁ…イスケ。大丈夫だ。」
「…?…そうですか。」
イスケはそういって目的地に向かっていく。
だがモラロはフエンの方向を見据え、何かしらの不穏を感じ取っていた。

「敵襲ーーー!!敵襲だーーーー!!!」
突然別のところから突拍子もなく大声が轟く。イスケとモラロがそろって同じ方向を向いた。
「も…モラロさん…!出番ですね。」
「ああ。お前の腕前を見せてもらう時が来たようだな?」
推測するに敵は紛れもなくスカイ団の一味、恐らくこれから
連戦続きとなり、部隊はより一層混乱を起こすこととなるだろう。
「参りましょう!!」
二人は勇んで闇の中を駆けた。
その背後に…人影には気づかずに…
「ふ…、動き始めたようだね?まぁすぐにやられそうだけど…行ってみてやるか…。」
誰かを蔑むような誰かの声が何処からか発した。

* * *

「レオンさん、右手に一人!」
「な…!?ぐぁ…」
レオンは自分の反射の遅さを怒ったろう。防御も取れず敵の炎に右腕を少し焼かれた。
「レ…レオンさん!!大丈夫ですか?」
闇で少し視界が不安定だがそれを除けば気配で位置は読める。慌てて駆け寄り、そしてその先の…見慣れない朱色の炎の竜。

リザードン

「波乗り!!」
急いでヒンバスに大水を繰り出させるが届く前に炎竜は姿を消してしまう。
「う…そんな……。」
実はさっきからこの繰り返しのエンドレスである。
極度の疲労と精神力切れで限界はとうに越えてあり
シィラはすでに倒れる寸前にまで迫ったいた。
「く…。」

「くっ…僕らを甚振る気か…卑怯な…。」
レオンが忌々しく呻く。その後ろで
「レオンさん…私達負けるのかな…?」
シィラの突然の台詞にレオンは無論耳を疑ったろう。そして怒りばかりに
「馬鹿を言うんじゃない!今ここで弱気になったら…。」

その一瞬だけ…

苛立ちで怒鳴った自分を恨む。はっと我に返って、顔を下に向け、そしてシィラにその台詞の続きを無理矢理に繋げた。
「…お兄さんに顔向けが出来ないだろう…?」
そこでやっとシィラは顔を上げた。自分の情けなさに…やっと気づいた。
「…そう…ね…、まず…何としてでも…樹海から抜ける手を考えないと…。」
途切れ途切れに思考を巡らせていつもの笑顔を作り上げた。
「ああ…行こう。」
二人はそこで肩を組み敵の気配とは反対向きに歩み始めた。もうそこまで敵が攻めている事は揃って考えないようにしていた…。

* * *

樹海から離れた場所。リーダーと思しき男性が一人の女性を見て咄嗟に会釈する。
「…!これは、メリー長官。いつこちらへ?」
茶髪の女長官は答える。
「チーフにここの補佐を任された。ログ伍長、状況はどうなっている?」
ログと呼ばれた男は自信満々に
「順調です。ターゲットの二人は大分疲労困憊していることでしょう。仕留めるのは時間の問題ですよ…クックック…。」
絞るような笑い方にメリーはふぅとため息をついて、
「…相変わらずだな…。そのエグイ戦略は。」
「それは人聞きの悪い。」
ログはまだ笑っている。全くくだらん男だ、とメリーは心の奥底で冷笑する。
「まあいい。ここはお前に任せる。私は別の場所で指令を取る。」
「はい。メリー長官、どうかご無事で…」
ログの返答を終える前に既にメリーの姿はなかった。その様子を見計らい、ログはぼそっと愚痴を吐いた。
「フン、何年か前に男に裏切られたからってあんなに心を閉ざしちゃぁ…薄気味悪い女だぜ…」
実は他の少尉全員からメリーはこんな目で見られていたのだった。

稲妻が疾風の如くに走り、敵を捕らえる。すぐ後ろのレオンは体力限界のシィラにいつも気を配りながら樹海を切り抜けようとしている最中である…。
いまの雷でいくらか敵軍の戦力を削ぎ、少しの間隙が出来た。
すかさずレオンはこちら側に向かって叫ぶ。
「よし今だ!一気に駆け抜け…」

ヒュゴ

刹那、風陣がレオンの顔左側をかすめる。
一筋赤い液体が流れて顔に幾らか冷たさを感じた。
「な…?」
標的はレオン自身ではなくその先のキノガッサである。
ほんの一瞬の出来事であった。さっきまでたっていたキノガッサはその場にあっさりと倒れ伏す。
「き…きのちゃん。」
シィラは瀕死のキノガッサを愛撫し、ボールの中に戻す。
「ごめんね…中で休んでて…。」
もはやその言葉には抑揚はなく、疲れという二文字をありありと感じさせる。

キノガッサ 戦闘不能

「くっ…あいつが敵の大将…のようだな。」
レオンの視線の先には、一人の男と隣にいる火竜。
尻尾の先には小さな炎と朱色の竜羽、その強さを誇る藍色の眼差しで二人は一瞬動けなくなる。
ログ伍長はにや笑いを浮かべながら単調な一言をこちらに吐いてきた。
「……燃えよ。」


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