〈4 B〉

「無事か?」

「あ、はい。本当に助かりました」

「みんな心配しているだろうな…。早くここを出よう。後、そのトドゼルガも一応救助した方がいいな」

ファルツが後ろで眠っているトドゼルガを指差した。

「そうですね…さっきのスカイ団ももしかするとこれを狙っていたかも…」

「そうと決まれば早速」

ファルツはポケットの中から木製の空のモンスターボールが出てくる。
主な機能は収納だけ、捕まえたとてパートナーにはなれないヤツだ。

ファルツは気を失っているトドゼルガが目を覚まさないように忍び足で近づいた。
この静かな間が妙に怖い。

「わっ!」

雷の壁がファルツを襲った。ぎりぎりで交わすことが出来たが…これでは…


「いたぞ、侵入者だ!逃すなっ!」

スカイ団残党の手に持つライトがこちらをスポットライトのように照らす。

「くそっ…」

敵はまず懐に潜ませたボールからネイティオを繰り出した。虚空を眺める無表情な鳥は羽ばたきもせず仁王立ちしていた。

「おい、この怪我した連中を外に逃がしてやりな」

その指示で無表情のネイティオは翼を大きく広げ、光を放った。
刹那に氷王トドゼルガを取り囲む戦闘不能の団員とポケモンは消滅した。

「ちっ、テレポートか」

ファルツが冷静に技の種を答える。伊達にたくさんの戦いを勝ち抜いただけの実力がある。

「かかれ!」

場に残っている連中はテレポートを見定めた後、侵入者の私達に襲いかかる。
ファルツは私を庇うように前に勇み出た。私の背中につく岩の壁が冷たい。

「たたっ斬れ!!」

曲がったスプーンを持ち歩くフーディンの唯一扱う打撃攻撃である。

それもいつしか私が天気研究所でエアームドが繰り出すのを見た『燕返し』の瞬殺技である。

ファルツは技の名前を叫ぶより指を鳴らしたり、『斬れ』の単語の活用が妥当と思っているみたいだ。

「ちぃ…強いな」

「当たり前だ。俺をただの優男と思うな」

「…ふざけんな…まだ我等の力を知らないな?」

台詞を言い終える前にもう既にヨルノゾクが…
強そうだが、こいつを抑えれば私らの勝ちだ。

「よしラプラス、お前が行け。」
ラプラスは一度主人のファルツを見てコクリと頷いた。

まず最初にヨルノゾクは翼を掲げ、剣の様に大きく振るい上げた。
が、思いっきりヒュウと空を弧を描くだけ、ラプラスがその軌跡を見切り、跳び上がっていた。その直後、重力の力に身を任せ一気にのしかかった。ボディプレス攻撃、ラプラスだと相当な重攻撃である。

ピィイ…

神経を圧されたのか、身体が少しだけ痺れる。呻くようなか細い声が耳に届く。
大空を掛ける鳥がそんな風に麻痺されたら最後、翼の意味が成せなくなってしまうのがオチ。
ファルツはもうその時点で勝利を確信した。

「よし…止めだ!放てっ」

そのすぐ後、ラプラスの口元から冷気の光線がヨルノゾクの身体全体を一気に捉えた。
柔らかな羽毛も凍りつくされパキパキ音がする。

ファルツがやっとかつての顔を取り戻せたようである。
「今すぐこの氷王を解放しろ。そうすれば…」

「形勢は不利、か。この隠れ家まで落とされるとは…お前ら!直ちに退却するぞ!」

スカイ団の一人(の部隊長らしき人)はそういうと蜘蛛の巣を散らすように逃げていく。

「まずい…」

ファルツが呻いている合間、既に不思議な光と…あの無表情を装った鳥がテレポートで舞い戻ってきやがった。

―― P

どこからかマシンのスイッチを入れる効果音がファルツとシィラの耳に入った。
そしてその後、少しだけ洞穴の中に地響きが…天井の岩の欠片がパラリと落ちてきた。

「なに……?」

「今入り口に仕掛けた爆弾を使って封鎖させた。
あと十分もすればここは満潮になる。お前らは海の藻屑だな…。」

「…っ!?」
「くそっ…」

次の瞬間には三度目のテレポートで姿を消してしまった。

* * *

さっきまで水溜り程度の水位だったはずなのに、今は膝の所まで水の冷たさを感じていた。

「走るぞ!このままでは海の藻屑だ!!」

ファルツが焦りの口調でシィラを宥めながらに叫びたくった。
シィラの足枷となっているのは貝殻の切り傷程度だったから充分走れた。

「この坂部分の上を通って来ました。逆に進めば外に出られます」

膝の高さまできている海水が足に纏って上手く進めないが、
それでも必死に順路を逆に登ろうとしていた。

確か私は、あの坂の上から多分右の方向から入り口に入ったような気がする。
ここから伺える坂部分は少し狭い通路となっていて、抜けた先にドームのような所に出て、それから入り口に…。

女は若干空間意識に乏しいと言われているが、運よく彼女のセンスは高まっていた。
さっきツールは入り口を爆破封鎖したらしいけど、そこまで突っ切れば満ち潮になる前に外に出られる。

「げっ」

血の気が一気に引いて、声が漏れたのがファルツの表情を曇らせた。

「これは…あまりにまずいな。」

坂部分の通路まで岩だらけで視界すらまともに開けてない。
まさにダブルロックだ。水位は腰辺りまで既に来ていた。

「フーディン、出てこい!」

焦りの中で曲がったスプーンを持っている異形のプレディターが出てきた。

「五回分のPP(パワーポイント)以内で岩を押しのけ!『原子の力』だ!!」
フーディンは手中の光を制御し、何かの抗力を振り払うかのように手を躍らせた。

その刹那

「うわぁ…凄い。」

岩が何かの力に引っ張られているように浮遊した。
けど浮き上げられるのはあくまで十数個程度で、使える回数も限られている。

私は疲労困憊しているパートナー達を使いたくなかったが、この状況では致し方ないんだ。
海に沈んでいる腰のベルトに手を伸ばし、スーパーボール(エアームド入り)をはずした。

「しっかりしろフーディン!あと少し…」

フーディンの手元は明らかに震えている。もう限界だ。
最後の最後、渾身の力を込めて…一瞬だけ先のドームが見えた。

「今よ!『エアーカッター』!」
鋼同士が軋んで嫌な金きり音を立てながらも、翼から風の刃を一気に解き放した。

岩は一瞬で粉々に砂と化した。
「やった!」
「通路の入り口まで大体十メートル…。速く『泳ごう』。」
いつの間にか『走る』から『泳ぐ』に変わっている。もう水位は胸の高さに…。

エアームドはこの狭い通路にこの水位ではまともに進むことすらかなわない、シィラはすぐ様にボールに収めたのは言うまでもない。

ありったけの体力で泳ぎまくった。海水が時々目に入ってとても痛かった。
しかも悪運な事に、海の水がこっちに流れているのだ。一メートルですら体力が居る。
「はぁ…はぁっ…くそ…。」
ファルツの方が疲れは重い。それでかラプラスを使う事ですら忘れてしまっていた。
岩の壁を伝っても何とか五メートル…もう足も地面につかない。
「あと一寸で……」

八メートル、急に流れが速くなる…。天井まであと50センチ。
「ごふっ、ごふっ……」
二人とも意識が朦朧としてきた。何のために抗っているのかすら分からない。 疲れが二人の心に絶望を増大させてきた。

天井まであと20センチ。ついに頭がついてしまった。
「もう…駄目……。」
ファルツが流されまいとシィラの腕を掴んでいたが、もう限界に近かった。


海の潮は止め処なくドーム状の洞穴を満たしていく。
もうとっくに狭い通路には空気という混合物が全く存在しない水だけだった。
その地点から数メートル、水色の体表と可愛い青い瞳、硬い甲羅をもつラプラスとその甲羅の上に乗る息の上がった二人の姿があった。
「ごほっ…ごほっ……。」
シィラが酸素不足の身体で肩の呼吸をしている。
隣のファルツが背中を撫でながら水を吐かせていた。
際どい所をギリギリで助かった。生の価値というものをこの若い年齢で思い知らされたような感覚だ。

「ラプラス…、お前の有りっ丈の念の力を出し続けるんだ。封鎖した入り口を突き破れ」

だがその指令でラプラスの瞳から怪しげな光を放つ前に…

「『火炎放射』!!」
その向こうでレオンの指令の大声がドーム内を轟かせた。多分ポワルンのものだろう。
次の瞬間には紅の炎をまだ立ち込めているポワルンとレオンの姿がそこにあった。

「ファルツ!シィラちゃん…!ここに居たのか…!」
安堵のレオンの声が聞こえた。逆光で見えにくかったが表情も朗らかだった。

リムの臨時追悼式からまだ一時間と三十分しか経っていない間での出来事だった。

* * *

「これは一体どういうことだ?」

再び宿。ミーティングルーム代わりの食卓でロルが怒り口調で二人に問い詰めた。二人の報告、氷王トドゼルガの強奪…。
だが彼が問題にしているのは明らかにそこでは無かった。

「あ…あの……」

「君がそんな個人的で判断でそんな身勝手な行動に出たか聞いているんだ!」

部屋の片隅でイスケが顔を蒼くさせていた。ロルは淡々と続けた。

「たまたまファルツ君が君をあの海岸で発見してなかったら君を助けるどころか、見つけ出すことすら出来なかった。…これがどういう事か分かっているのか?君はあの洞穴で惨く死んでいたのだよ?」

私の腕…いや身体全体が恐怖と罪悪感でがたがたに震えていた。
イスケはそんな彼女の変貌に目も当てることすら出来ず、別の方向にそらしてしまった。

「親友のリム君を失って取り乱しているだろうだが…我が補佐員にそのような判断力に欠ける人材は置くことは出来ない。…シィラ君…これ以上君にこのメンバーにおけまい。だから君を除名する」

その一文だけ私の脳裏に深々と焼きついた。本当に泣きたくなった。
今眠っている兄ちゃんがその後で起きてしまったことを想像するととても恐ろしくなる。

「ロルさん…いくらなんでもそれは…」

「アダン…私はあくまで彼女にはメンタル・ケアが必要と思ってこの決断をしたまでだ。
既に犠牲者が出てしまった以上、より一層団員の緊張感を持ってもらわねば…許せ」

流石にアダンも口を噤むようになってしまい、悲しく俯いた。
ファルツは私をどう弁護しようか、迷っていた。

「……シィラ君、ミナモ方面の定期船はあと二日でここに来る。それまでしばらく頭を冷やすか…あるいは明日にでも君のエアームドでヒマワキに帰還しても構わない」

「……」

その一言を黙って聞くだけで、返す言葉も見つからない。伝言を伝えるだけ伝えると、
ロルと補佐員は物も言わずにその場を去っていった。

* * *

私は酔ってもいないのにふらふらと千鳥足で自分の個室に入る。
彼女の衣服は海水で塩だらけになっているのに、シャワーを浴びる気にもならず、
上着だけ取り去ってそのままベッドに倒れこんでしまった。


泣き寝入りしたかどうかは、覚えていない。


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