<6 B>


カイリューの口から赤い炎の輪が私を目掛けて飛んできた。夜の星空を赤く照らし、輪の中に一瞬だけ流れ星が流れる。
メリーのギャラドスから雷を出したが、到底間に合わなかった…。

湖に赤い炎が燃え盛り、あたり一面暗い紅色に染まった。
メリーは絶望感に地面に座り込んだ。とんだ事をしたと思っていた。

だが…炎が消えた時に分かった。シィラもヒンバスもまだその湖に居た。
多分、間一髪で彼女はヒンバスに水中に少し潜ったんだろう…。 ハルスが舌打ちした。

けど彼女の背中は火傷を負っている。泳ぐのも辛そうだ。ヒンバスに必死ですがり付いている。
苦しそうにヒンバスの耳元で小さく言った。

「ごめん…ね、また…助けられ…ちゃった。」
ヒンバスの目がびっくりしたように丸くなった。

「あなたの……おかげ…で…」
そこで言葉が消えた。気を失ったように見える。
ヒンバスにとって見れば、ただ主人が気を失っただけ…そう見えるはずだ。

…けど、何だろう?何かが違う…。



………そうだ
………これだ

…僕は…ただ自分は醜いと思っていた。

…僕は…ただ自分の好き勝手であの雨の日にこの娘(こ)を助けて、助けられた。ただそれだけなのに…

「あなたの……おかげ…で…」

…僕は…感謝されるなんて、天地が逆転しようが絶対ないと思ってたのに…

この子は違った、本当に、真心から伝わってくる…

………
………

…暖かい力だ…




「…もうすぐ日の出だ。空が明るくなってきたぞ」

ハルスが言った言葉にメリーは不思議に思った……日の出?

―― 日の出?まだ空は明るくないはず…?

とメリーが思う。そこでやっと二人共気付いた。これは太陽の光じゃない。星明りでも月でもない。
この光は…ルネの街の中から輝いているんだ。しかも段々と強くなっている。

光は…湖に浮かぶ、私とヒンバスの方から来ている。

「あれは……」

ハルスも驚きを隠せなかった…そこにいたのは、


…もはやヒンバスではなかった…。

*          

鮮やかな桃色に潤しいガーネットのような紅い瞳。誰もが目を奪われそうな美貌を持った『それ』が
ルネの広大な湖の中にぽつんと浮かんでいる。長い尾びれの中腹に眠っている私の身体を乗せている。

『それ』がさっきまで足掻いていた醜いヒンバスであったと知ったらほぼ確実に驚くであろう。
あまりの綺麗さにそこにいたメリー、カイリューに乗っているハルスも
湖の底から守り神かなんかが現れたのだろうとしか思っていない

その名も分からぬポケモンはシィラを背中に乗せ、メリー達の居る岸へ泳ぎ、彼女を託した。

メリーは無言で受け取りると赤い瞳は細く半目になる。微笑んでいるようにも見える。

すると突然それは空中に躍り上がり、辺り一面に水しぶきが飛び散った。
メリーが面食らっている間にそいつはいつの間にかハルスとカイリューのいる空間付近にいて、素早く口から冷気の光線を浴びせた。

「何……!?」

その間一秒とかからず、カイリューは真正面から冷凍ビームを喰らった。
苦しそうなあえぎ声が、カイリューの慟哭が響いた。
片翼が凍てつき、バランスを崩して飛ぶ事すら敵わない。それでも桃色の水竜は手加減をしようとしなかった。
地面に一度着地し、長い尾をスプリングのように曲げ、再び高く飛び上がった。そして再び冷気を発した。

今度はもう片方の翼も凍り付いてしまった。カイリューはもはや飛べない。ハルスも苦々しく歯を食いしばった。これ以上ここに居るのは無意味だと分かった。

凍り付いて落下するだけのカイリューに必死にしがみ付きながらハルスはまだ星が光っている空を見上げ、指笛を吹いた。

「逃げる気ね」

メリーがレアコイルに四発目の雷を撃とうとさせたが、もうハルスの姿はなかった。
卑劣にも彼はカイリューを踏み台に空中へと躍り上がり、そして刹那…風のように姿を消した。

「………くっ」

真上にはオニドリルが弓のような細く長い翼ではばたいている。ハルスは鳥に乗った状態からカイリューをボールに収め、
使い手であるネルファに退却の指令を与えたであろう…何かぼそぼそと耳打ちをし、飛び去っていった。
辺りに飛んでいたエアームドも彼らを逃すまいと懸命に追いかけようとしたが、振り切られた。去り際にハルスは叫んだ。

「メリー!いいか!我等を裏切った罪は大きいぞ!次に会う時は死を持って償ってもらうからなっ!」

メリーはその場で切り捨てられた。もう彼らは彼女を助けようと戻る気配はなかった。

「…元より、お前らの見方に成り下がった覚えは無いわ」

メリーは吐き捨てるように言った。エアームドは心配そうに傍らで眠る私の所へ降りてきた。

「う…ん」

一番遠くに突っ立ているメリーが悲しそうに地面に座り込んだ。

うっすらとだが意識が戻っていくのを感じた。ルネの暗い青に明るい光が蘇っているのが見える。
もう星は一つも見えない。かわりに太陽という名の眩い星がルネの白い岩山の隙間から顔をのぞかせている。
私はまだ人がまばらである街の中で目が覚めた。そしてあたりを見渡し、メリーが看護してくれた事に程なく気づく。
浅い眠りだったのか寝起きはとても良く、意識もハッキリする。程無くして彼女はヒンバスがそばにいない事に気付いた。

「!ヒンバス…」

するとメリーがその第一声を予期していたようにフッと笑い、

「あら、目の前に居るわよ」

と指をある方向に指差した。そこには、シィラが捜そうとしていたヒンバスという名のポケモンのはずだった。
本来なら背丈をずっと下回るぐらいの魚が、見る目を奪うほどに綺麗になったヒレを持っている。

桃色の身体に、紺青の尾、紅いガーネットの瞳…何もかも全てが今までの『ヒンバス』と違っていた。

「……ぁ…」

シィラの目と口が丸くなった。その驚きぶりにその『ヒンバス』は一瞬だけ照れくさそうに、
いや、どこか気まずそうな様子で横を向いた。…何かを恐れているようだった。

その『ヒンバス』は多分、シィラが『一体何なの?そのポケモン』という言葉に恐れているのだろう。
まぁ無理もない。突如に姿形が大きく変わってしまったのだから。…だから怖いのだろうか。

しばらく私は呆然とそれをじっと見つめている。その妙な間が元ヒンバスを余計に苦しめた。
紅い瞳が恐怖感に震え、目をすっかりつむっている。

だがその時だった。シィラの開いた言葉がその震えを止めた。

「あなた…ヒンバスね?」

その瞬間びっくりしたように元ヒンバスがシィラの方を向いた。その瞳は驚きを顕している。
けどシィラはわずかな笑い顔と、はっきりと安定した口調で

「やっぱり」

と言った。 この断言に隣で聞いていたセインもメリーも驚いていた。

「さすがはパートナーだけあるわね…」

とメリーが笑いながら言った。私はゆっくりと立ち上がり、手招きしながら元ヒンバスに言った。

「ほら、ヒンバス。こっちへ…」

そこで言葉は止まった。シィラの手招きもピタリと止まった。目の前の元ヒンバスに…

「…え……」

元ヒンバスの紅い瞳から、大粒の涙が流れている。それは明らかに湖の水で濡れて伝っているのではない、目から流れている。
セインもメリーも言葉を失い、その場に立ち尽くした。ポケモンが涙を流すなんて、今まで見た事がなかったからだ。

「ヒンバス…」

その涙を流しているヒンバスの瞳が、あの言葉を語っているように心で感じた。あの夢が蘇ってきた。


「 もしも…

もしも…信ずる人がいきなり変わったとしても…


……貴方はそれでも… 」

―― ああ、この言葉だ。絶対この子はそれを言っている。私には分かる、よく分かるよ…。
私は躍り上がって元ヒンバスの長くて大きな体にその身を抱き寄せ、そして応えた。


「 うん…もちろん 」


知らぬ間に大きくなったヒンバスの中でシィラの目にも涙が流れていた。
その日、『二人』は初めて会話をした。そんな感じだった。


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