《1》

ヒンバスの突然の進化。それもこんな古いご時世にヒンバスが進化する事すら未発覚である。

「これが、あのヒ ンバスか?…信じられねぇ」

モラロが言った。綺麗に纏まったヒレを撫でながら少し羨ましそうな声色なのが分かる。
しばらくメン バー全員はそのポケモンに釘付けになっていて朝ごはんを食べる事を忘れていた。

…トレフは相変わらず、呆然とそこに混ざる気はなさそう だ。

するとその時手を叩く音が食堂に響き渡り、みんな今度はそっちの方を向いた。

そこへロルが現れた。歩き方がどこか彼 らしくない。歩幅が不安定だ。一睡もしていないな。

「皆、よく聞いて」

彼が言った。全員が静まり返った。掛け時計の 秒を刻むメロディーがやけに耳に残った。

「いよいよ出陣だ。今日の夕方、ここを通過するカクタス号に乗り込んでキナギへ向かう。」

次 はキナギ…補佐員だけでもこれ程の壮絶な長旅はそうそうないかもしれない。

「…あ、それともう一つ、重大な報告だ」

と 言ってロルは懐から茶封筒を取り出す。糸を解き、封を切って一枚の紙を取り出した。

紙の材質からして写真だ、食卓の真ん中に置いて全員の 目に届くようにした。
メンバーが覗き込む。そして言葉を失い、唖然とした。

「…なんだこりゃ」

写真の真ん中 に堂々と突っ立っているのは、一本の漆黒の棒…いや空の雲と海面、辺りの岩からして

「…塔…だよな?窓が見えるし」

に しても…高すぎる。ふもとの水面の波の高さ、太陽の光から来る俯角、ゆうに五〜六十メートルは越えている。

「一体、どこから撮ったん ですか? …これ」

「うむ、位置からして…キナギの北東だな。警察本部が撮影したものだ。…決して合成ではない。」

キ ナギの北東…それにしてもこの高さは明らかに日照権に関わりそうだ。

「報告では、ここがスカイ団のアジトらしい。」

「これが!?」

班員がその写真に釘付けになっていた。

* * *

「ロルさーん」

「!」

ハッとして慌ててタバコを携帯灰皿に収めた。人前でタバコを吸う所を見せない主義らしい。

「ん、オルビア か。どうした?」

「あ、あの…その、カイン…いや、アグルヴァルセさん見ませんでした?」

「彼なら一度家に戻る と言っていたよ。」

あー成る程…とロルの台詞でオルビアが頷いた。そういえばカインはこのルネが故郷だった。トクサネでアイツがそう言っ てたっけ。

「わっかりました、ありがとうございます。」

とオルビアが軽く会釈してその場を去り、カインを探そうと駆 け出した。

「ん?ちょっと待て、家知ってるのか?」

とロルの一言でオルビアの足が止まった。しまった、と後姿を見せ たままで頭をボリボリと掻く。白い大地なのか眩しい照り返しでよく見えない。

うーん、としばらく考え込む素振りを見せて、振り向いた。

「大丈夫ですよ、ただでさえアイツ少し抜けてるから…すぐ見つかりますって!」

「そうか…だが二時までには戻ってきなさい。ルネ経 由のカクタス号がここに来るから」

「あ、はい」

そういってオルビアが駆け出す。

* * *

す ぐに見つかる…そう思っていた。けど手首の腕時計はもう一時半を指していた。
肩で息をする程、オルビアは疲れ切っていた。ルネの階段を登ったり降 りたり、ボートで対岸へ漕いだりなど結構この街を移動するだけで体力を使う。

「はぁ〜あ、結局見つかんない…」

独り 言を言った。オルビアの胸の中には何故か悔しさで詰まっていた。何故かは…本当に分からない。理由も分からないのに、見つけられなかっただけでこんなに悔 しさと遣る瀬無い感情になったのは生まれて初めてだった。

―――もう宿に戻っちゃったかな?―――

仕方がない、一旦戻ろ う…とカイリューの入ったサファリボールをバッグの中を漁った。
オルビアの持つパートナーは四体だが、そのうちの三体がジョウトから残りの一体は このホウエンで出会ったもの。けど今はそんな事考えている場合ではない。あと三十分ぐらいならカイリューの翼ですぐに宿に辿り着く。ただ一つ、黄緑色の ボールを解放しようとしたその時だった。

―――あれ?―――

身体のどこか…一部に妙な軽さというものを感じた。何かをな くしている、そんな感覚だ。
まさか、と思って手探りしてみたら…”つがいのポッポ”のキーホルダーが無くなっている。
最初、オルビアは目 の前の現実を受け入れられなかった。しだいに顔が蒼白し、纏っている衣類の全てのポケットを探った。 …けどやはり無い。

トウカの森で身 を助けてくれた名も知らぬ少年が自分の元から去っていくような感覚が襲った。
きっとカインを捜していて途中でポケットからズレ落ちたんだ。きっと そうだ。…どうしよう。
あと三十分。オルビアは今まで自分が走ってきたルネの街を振り返り、眩い白の街を見た。
殆ど街の全部をわたしは駆 けてきた…つまり街の隅から隅までの範囲にわたしの宝物が横たわっている。

果たしてそれを再び三十分以内で探し出せるのだろうか?
「無理…」

急に身体の中から疲労感が溢れかえり、今にも泣き出しそうな嗚咽をもらした。地面に座り込んだ。

どうしてこ んな事になっちゃったの?カインをただ見つけたい、そんな訳の分からない事の為に宝物を失くしてまで今まで走ってきたの?
ホンッとわたしってバ カ…。あの子との約束さえ守れない…。宝物一つさえ大切に守れない…。

オルビアの心に重く、暗い思考の渦が疼いていた。知らぬ間に涙が流 れていた。−−−そして、

「…カインの、バカァ……」

いつの間にか自分ではなくカインへの悪口になっていたのは本人 ですら気付けなかった。 すると不意に地面に影が刺した。

「…?」
影とはいってもあまり大きくはない。人の形をした影だ。太 陽と自分の位置からして背後に居る。
涙を無理矢理手で拭って少し充血して赤くなった目でくるりと後ろを見た。

「お嬢ちゃん」

そ こに立っていたのは中年の男性だった。少し頭が禿ていて太陽に反射して光っている。
オルビアはそれより手に持っている銀色の物に目が入った。思わ ず口をぽかんと塞がらなかった。

「あ…」

「これ、お嬢ちゃんのだろ?このキーホルダー。」
それは紛れも なく”つがいのポッポ”双つのうちの一つが男の中で少し錆びた銀色の翼を広げていた。

「あ、ありがとうございます!…本当に、ありが とうございます」
少し涙声混じりに笑顔でオルビアは何度も何度も男に礼を言った。

「大切なものだからね。ちゃんと持ってな きゃ。」

涙を拭きながらコクリと頷いた。するとその親切な男は――おや?――と空を見上げた。

「君のお連れさんか い?」

「え?」

キーホルダーを隠す様に首に通し、服に収めたオルビアが男の指差す方向に見上げた。

「オルビアーー!」

フライゴンに跨って手を振っているカインの姿が目に飛び込んできた。オルビアの眉が急にキッと険しくなった。

「な、何よ。今頃…」

そっぽを向くようなオルビアの態度はハタから見れば少しだけふてくされているように見える。

「は?何言ってんだ?俺、ロルリーダーに俺を追ってお前が宿を出たって言うから…」

キーホルダーを拾った男はこの二人を見て(何故か)に やりと笑い、やけにそそくさとその場を離れた。

「あ、私…」
オルビアは返す言葉を失い、俯いてしまった。カインが怪訝そうに 考え込むような顔をするが、

「?…まぁいいや。ひとまず宿に戻るよ。もうすぐカクタス号が来るから」

「う…う ん」

カインがフライゴンを自分の方へくいっと引っ張り、カインが

「このフライゴンに乗れよ。宿まで三分で着くから さ。」

その台詞と彼の優しい笑顔がオルビアの意地っ張りな質を和らげたようだ。

「い…いい。私、カイリューで行くか ら」

「あ、そっか…じゃあ行こうか」

「うん」

そうして二人は二体のドラゴンに乗って、湖を挟ん だ反対側に位置する宿へ飛んでいった。その途中、カインが空中でオルビアに尋ねた。

「そういやオルビア、俺になんの用だったんだ?」

「え…あ」
オルビアが何のためにカインを捜したのか、正直言って自分でさえも分からなかった。苦し紛れにオルビアがこういった。

「な、なんでもないわ」

「はぁ?」

「なんでもないのよ!」

「何ムキになってんだよオルビ アさんよ」

「う、うるさい!」

赤毛のショートヘアと黒の髪。この二人のやりとりは相変わらずであった。
この 時もし、”つがいのポッポ”のキーホルダーがカインの目に入ってたらどんな事になってたのか…

オルビアには予想すら出来なかった。


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