《2》
ポケモンとは…今日の私たちの生態系の中で特に大きな『力』『技』を持ちあわせる者を学者の判断で
認定されし、また主と なる人間にどれだけの忠実心を持つかによっても左右される。
「船の中で読書かい?」
「えっと、うん…そ うだよ」
「よく酔わないな」
といいながらモラロは彼女が持つ分厚く古くて黄ばんだ本を下から覗き込んだ。
ト レーナールールブック…それもかなり細かい内容が細かな文字で書き綴られていると見た。
「何でそんなもん調べてんだ?」
私 はぼんやり半眼でモラロを見据える。
「この子…今までに見た事のなくて図鑑ですら乗っていなかったポケモンだから、ちょっと気になっ てたの」
「確かにな、まさかヒンバスに進化系が居たなんて…今の学者が聞いたら目を回すだろうな」
「シィラ君の 話ではちゃんと今までのヒンバス通り、『波乗り』は発されたと言っていたし。
それに君の指示で動いた限り、主従関係はちゃんと保たれてい た。
それらを見ると、ちゃんと図鑑に載せられるちゃんとした『ポケモン』の分類だね」
「そう」
「よし、一段落したらトレフ君に君のその未確認ポケモンの事を報告させよう。
私の知人に研究者が居るからね。…まぁいずれにせよこんな華 麗なんだからすぐに噂も広まるだろうがね」
「へぇ、新しいポケモン発見者ってか?そうしたらお前有名人だろうな!」
「……別に私…」
ヒンバスをボールに戻した。
ロルは既に眠気を催したように欠伸を一つし、自分の個室に帰っていった。
「んじゃな、シィラ。お前も少し休んどけよ」
モラロも一本道の廊下を歩いていった。私は軽く手を振る。外の空気を吸いたい。
廊 下を渡り、少し大きなエンジン音が耳になれてきた所でデッキに上がる階段を見つけた。
出口から見える空はとても澄み切ったように青い。 カッカッとならしながら外に出てみた。
船内のエンジン音は空を飛ぶキャモメの鳴き声と波音に取って代わった。
木製のデッキを歩い ている時、ロルの言った台詞を少しだけ思い出した。 元ヒンバスについて約束をした時
「トレフ君にそのポケモンの事を報告させよう」
と。
―― トレフさんか…宿でも二三見かけたし、警察本隊との反乱でも一緒に戦ってくれた。(あまり見ていないが
でも何ていうか、灰色の瞳にベー ジュの衣類…これだけで充分目立つ存在のはずなのに
何故か彼には『生気』と言おうか『オーラ』といおうか、ちょっと不思議な感じがする。
昼 寝用の白いベンチに横になって私は考えていた。彼の事を急に知りたくなった(恋心ではない)
そう正しくは好奇心だろう。彼の過去に何があったか、 少し知りたい。 するとその時
「………」
沈黙という静かな空気が漂ってきたような感覚だ。第六感圏内に今心に思って いた青年が這入ってきた。
はっと、振り返るとやはりトレフだった。あのオーラは彼独特のものを露にしている。正直言って言葉が出なかった。
「あ…あの……その…」
「…?」
どうしてかろれつが廻らない。今訊きたい相手がその場にいるのに質問の内容すら頭 から出てこない。
何ていおうか…この人の存在から来るそのオーラそのものに呑まれてしまったような感じだ。近づく者の口を封じているようだ。
私 がたじろいているうちにトレフがバケツとモップを手にしているのが目に入った。
それで我に返った彼女は周囲を見渡した。デッキの至る所に水拭きし たように光っている。そして自分の足元を見て
ここらへんだけ掃除していないのか土埃が覆いかぶさっているのに気が付いた。
「あっ!ごめんなさい、掃除の邪魔でしたね…」
「……ああ」
そそくさと私は足早にそこから別の場所に移った。
ト レフは物も言わずに黙々とモップを水に浸し作業を続け、また再びバケツを持って船内へ戻った。
ため息もでない。 するとその時別の所から 男たちの笑い声がする。…船尾の方からだ。とりあえずそっちに行ってみようと歩き出した。
途中、カクタス号が幾つもの海の上の岩の合間を 滑っている。海面を少しだけ覗くと漆黒に近い藍色だった。
…確か、トクサネからルネの南東にかけて長い海溝があるという。
まぁ それはさておき、笑い声の主はカクタス号の船員達だと分かった。白い帽子に水色のシャツ、見るからに船員らしかった。
どうやら一作業終えて仲間と 雑談しているらしい。シィラはそこである事を思いついた。
腕っ節のよさそうな男船員に十四歳前後の少女が声かけるのに幾らか勇気を要する が、
「ん?何だ…」
「ホウエン警察補佐員の、ユキバラ・シィラです」
その台詞に三人と も驚いた。誰もが口を丸くあけ、しばらく塞げなかった。
「…へぇ、まだこんな子供が。すごい実力者なのか?」
「まだ、末端ですけど」
「成る程ね。で、俺たちに何のご用で?」
「トレフ・ルメセトリさん…知ってますか?」
そ の話題を持ち出したところで船員の三名は顔を見合わせた。
トレフがこの補佐一体に加わった事。彼とルネでの反乱で共に戦ってくれた事。彼 の持つ独特で不思議なオーラから彼の知られざる過去について…
「知っている限りで教えてほしいんです。
トレフさん中々 自分から話してくれないので」
すると笑顔で男の一人が頬杖をつきながら答えた。
「トレフはカクタス号の代名詞みたい なもんだぜ?」
「?」
「まぁ、あいつはかなりの無口者だけどな。ここの船員の誰よりもカクタス号を想ってくれて いる。義の熱い奴だよ。
ん?どうしてか聞きたそうな顔だな?」
「は、はい」
「…あいつ な、身寄りが一人もいないんだ。何年も前に寒い冬のカイナの船着き場で赤子だったあいつが
厚いショールに包まれてずっと泣いていた。捨て子 だったんだ。」
「!」
「そんな子供を抱き上げたのが、今はもうこの世にいない。この船の船長だった。
船長はずっと親代わりとなってトレフを男手一つで育ててきた…」
「………」
「船長が亡くなった後も、ずっと あいつはこの船を大切に護ってきた。
何せあいつにとってこのカクタス号は『家』同然だからな…」
「……そうだったんで すか」
「だからお前さんもあいつを悪く思わないでやってくれ。根は優しい男さ。
口には出さなくてもあいつは自分が一番 の幸せ者だと思うぜ」
「え?どうしてそう思うんですか?」
「長い間一緒にいりゃ嫌でも分かるさ」
全ての話を聞き 終えて、礼を言いながら船尾を後にした。トレフは捨て子だった…。
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