まず最初に大きな揺れから始まった。直下型のマグニチュード5ぐらい、カクタス号全体を揺るがす。
私が突然の揺れに驚いて起き上がった時、時計は 午後11時を指していた。眠気と疲労でハンモックから降りる時あやうく転ぶところだった。
廊下の奥で人の声がする。船員か他に今の揺れで目を覚ま した人達だろう。私は真っ暗な中でドアを開けた。

「お、シィラか。お前寝癖酷いぞ」
「ふぇ、…ふふぉ?(え?嘘…)」
「何があったの?」

皆が懐中電灯を手に次々と船室から出てくる。寝ぼけた頭の面子がひょこひょこ出てくる。
私は皆がざわめく 中、波音と船のエンジン音に注意して耳を傾けてみたが、辺りは不気味と言っても良いぐらいの静けさだ。
廊下の奥から揺れながらこちらに向かってく る。円い輪郭の光の裏側にぼんやりと浮かんできた影は掌帆長の男だった。

「何かあったんですか?」
「カクタス号が浅瀬に 座礁した。船はもう動かせない」

一同は動揺した。その中から白髪のロルが掌帆長に尋ねる。

「浅瀬…?という事はキナ ギ付近かね?」
「はい。もう間近です。キナギ近海は浅瀬も多く、よく船が乗り上げてしまう事もしばしば…」

ロルは爪を噛ん だ。考える仕草だ。

「申し訳ありません…急がれていらっしゃるのに、こちらのミスで…」
「いや、それはいい。それよかこ こからキナギに迎えないだろうか?」
「はぁ、この辺りの水深は4〜50センチ程度ですから…降りて西へ歩けばすぐに丸太道にぶつかります」

「…すぐに仲間を起こそう。キナギに向かおう」


《3》


真夜中に目を覚ましたのはその少女にとって初 めてだった。少女のベッドには栗色の柔らかい毛皮のミミロップが愛くるしい顔で寝ている。
昔から持っていた霊感といおうか…誰かがこっちに来る気 配を感じた。
まず少女はベッドのすぐ傍にある小さな棚に置かれた白のスカーフを取り去り、頭に巻いた。
潮風に当てられてすっかり色落ちし たカーテン取り去り、窓を開けた。まず目に入ったのは疎らな星と西に沈みゆく満月の空だった。

その時に吹き込んだ風でミミロップは目を覚 まし、甘えるような可愛い鳴き声をあげた。

「あら、ごめんね。起しちゃって」
「きゅきゅ」
「…また誰か来た みたいね」
「きゅ?」

優しく、どこか悲しげに少女はミミロップに小さく語りかけ、くしゃくしゃと頭を撫でた。
窓を閉 め、一人と一匹はヒノキの木の香りの立ち込める部屋の中で二度寝に入った。


その少女が住んでいる町とは――海辺の町、キナギ  ――その町の歴史はある船の座礁事故から幕を開けた。
もう相当な年月を経ているためか、その座礁した船はとっくに解体されたか、海の藻屑(もく ず)となったか、町の長老に聞かない限り知り得ない。
独特な文化を築き上げた町なのか、食糧等の物資輸送以外の目的で他の街との交流はほとんど皆 無といってよい。
かつてこの町を作るきっかけとなったその船は、この広大な海と同じぐらいの伝説とその伝説に刻まれている財宝が目当てだったと か。

今眠っている少女――シアンという名前の少女が知りうる限りでは…

キナギの西にある海。あそこには滝のように速い海 流が流れていて遊泳禁止となっているあの区域。
あのどこか深い海の底に海中洞窟が隠されていたり。
またはキナギの遥か東に突如夢幻の様な 正体不明の島が現れたり…。つい最近には北東の海に摩天楼が見えるという噂も聞いた。

そんな事は…彼女にとってどうでもよかった。



長 ズボンをたくしあげ、ごつごつした珊瑚の道を一列になって歩いている。流石に2時間も海の中を歩かされるのはきつい。
辺りには無数の岩が海面上に 立ち並んでる。と思ったらその中に別な物も見えた。

「何だあれ?」
「船の残骸じゃない?」
「この辺りは船が よく沈没しますからね…」

錆びついて赤く変色した無数の船は死んだように波に打たれていた。

「あれ?向こう側に明り が」

オルビアが最初に気づいた。今歩いているサンゴの浅瀬の道が丁度その明りの方に伸びている。町の風景だ。

「あれ だな…キナギってのは」
「へぇ、海の上の町か」
「不思議ね…」

背中が朝日に照らされ始め、町の構図が手に取るよ うに分かる。近づくにつれて潮風の中に混じる木の香りが兄妹にヒマワキを思い起こした。
キナギは町全体が無数の木材を木綿の縄で縛り、組み合わせ て造った土台にいくつもの民家を造っている。
一向は東に細く長く伸びている木の波止場からあがり、足を乾かした後で靴を履きたくしあげたズボンを 元に戻した。
この作業を終わらせたと同時にキナギに朝が来た。あちこちからホエルコの群れが乱反射する海の上を飛び交い、
中年層の男達が 民家から出てきては漁船代わりのラプラスにまたがり一本釣りに町を立っていく。私は他では見られないこの光景に見とれた。

「あ れ?」
「どした?シィラ…」

ホーリィが私が見ている方向に彼も目を向けた時言葉を止めた。
北東の果て、まだ靄が立ち 込めていて数十メートル先は何があるのか全く分からないがその奥に一本の影が聳え立っている。
角度と奥行きからして相当遠い。東の朝日を受けてわ ずかに光の筋道を作り上げている。

「あれはつい最近どこぞの賊が作られた摩天楼じゃ」

背後で老人の声がした。はっと して私は振り返った。ロルが曲がった腰の老人に歩み寄り、軽くお辞儀をした。

「この町の村長様だ。長老様、しばらくここで世話になり ます」
「まぁ、よくこんな辺境な所まで来てくだすった。好きなだけ居てくれ」

補佐員のメンバーはにこやかな笑顔に微妙な表情 で互いの顔を横目で見合わせた。
ここに上陸する前、ロルは村長に「キナギには旅行で来た」と告げていたらしく、絶対にスカイ団のスの字も言っては ならない。
と釘を刺されていた。

「疲れているようですな?何でも船が難破してここまで歩いてきたとか…」

村 長の目が私と合う。目を逸らすと、そこに海水を潤った昆布を一枚ずつ干している海女が目に入った。

「とりあえず、宿屋を用意してます んで休んでください」
「そういう事だ。午前中は自由時間とする。夕方にここへ集合。ミーティングを行う」

それで解散になっ た。村の若い衆が補佐員達を引導して町を案内していった。そのうちの一人が村長に駆け寄る。

「あのう…一人分宿屋が足りなくなったん ですが」
「何?なぜ?」
「一人子供が熱を出しちゃって…ベッドが1つ必要なんです」
「参ったな、誰か一人相部屋とい う事に」

2人が途方に暮れている所に一人の少女が波止場のデッキから木の階段を下りてきた。

「あの」

私 は今さっき声かけた自分と同い年のその娘に自分と似た境遇を霊感のように感じた。見てくれは普通の女の子。
けれど頭に白の生地に赤字の紋様を描い たスカーフを巻きつけてバンダナにしている。背丈も顔つきも私にそっくり。

「おや、どうした?」
「部屋が足りないんです よね?私の家にベッドの余りがありますよ?」
「ほぉ、そうか…助かるよ。じゃあ…」
「私、あそこの子とならいいよ」

白 スカーフの少女は迷う事なく私を指差した。

「んー、君はいいかい?」

村長はすまなそうに私に尋ねた。

「全然いいですよ。むしろ嬉しいです」
「良かったぁ、私はシアン。14歳。よろしく」
「私は雪原椎羅。短い間だけど、宜しく ね」

同い年でも丁寧語になってしまうのが私の癖だった。


戻る                                                       >>4へ

 

inserted by FC2 system