《第一部 第序章 第二話『魔王』》

「くぁ」

……眠い。
私は欠伸をかみ殺しながら、ソノオタウンの細い道を歩いている。花畑だけでなく、町中に花が咲き誇っているため蜘蛛の巣のような小路が花の間を縦横無尽に走っている。
今回は仕事開始が二日前の〇九〇〇時だったので、五六時間寝ていないことになる。流石に睡眠不足で頭が痛い。
報酬を受け取ったらシャワーを浴びて、少し寝よう。
などと考えながらふと意識を外に向けると、目の前に夕日色の屋根『ポケモンセンター』が見えてきていた。



センターの外壁、大きく、鏡のようになった窓ガラスの前を通っていると、近くに居た子供(五歳前後だろう)が私を指差しながら、「ママー、えほんのまおうさん」と母親らしき女性に告げているのが聞こえた。
直後女性は何やら顔を引きつらせながら小声で「ッ! そんなこと言っちゃダメでしょ!」と子供を叱った後、私に「スミマセン、うちの子が……」という台詞を残し、テッカニンも驚く素早さで駆けていった。その細腕に子供を抱えて。
どうでも良いが私に聞こえないように話すならば声に出している時点で無駄なのだが。
……窓ガラスに私の姿が写っているのが目に入る。
身長一九三cm(ヒトトセの所で血を抜かれ、序で、ということで測られたので正確なはずだ)の隻腕の男。黒く鋼線のような腰まである髪、右眼を白く四角い眼帯に覆われた顔。
着込んだ黒のロングコートの留め具は片手では留めるのが面倒なのと、拳銃やナイフなどの出し入れに支障がでるので留めておらず、入る腕の無い右袖が垂れ下がっている。コートの下には黒いシャツが覗いている。
首下には赤・青・黄・黒・白・無色、六つの硝子製の小さな笛が掛かっている。
ズボンも、履いているエンジニアブーツも黒。
左手に着けている革手袋も、持っている袋も黒。
ざっと全身を見てみた。しかし、どういった理由で魔王なのだろうか……。

「……魔王、か」

ルオウ曰く、感情が顔に出ないらしい私の、憂いを帯びた呟きは……私にしか聞こえていない。



「こんばんは、どういったご用件でしょうか?」
センターの中に入ると、明るくも無く暗くも無く笑い声でも泣き声でも無い、平坦な声で女性職員に話しかけられた。
いつもはそういったサービスは無いのだが……今日は利用者が少ないからだろうか。
「協会からの仕事が終了したので確認してもらいたい」
「わかりました。こちらへどうぞ」という返答と共に、私は入り口から直線上に位置するカウンターへと案内された。

案内されたのは、横に長いカウンターの右端。利用者ならば自由に使える青色のパソコンの近く、主に物資の受け取りに使用される場所。
そこに居たのは、通称『ジョーイさん』と呼ばれる白衣を着た女医ではなく、若い女。
「あら? ヤマダさんは?」
案内人の職員が中に居る女聞く。この女は担当者ではないのだろうか。
「なんだか入院中のポケモンが嘔吐したとかで奥に……」
慣れていないのか、少し小さな声で中に居る女が答える。
「あぁそう、……じゃあ下の引き出しに用紙が有るから、カードの確認したら渡してあげて」
「あッはいッ」
中の女はそう言った後、私を見て何かに気がついたようで、
「あの、袋の中身の確認はしないんですか?」
「今回はしなくていいわ。あなた初めてだし、奥の机にでもに置いといて」
「わかりました」
中の女が、少し声を震わせながら言うと、案内人の女は中の女に向かい「がんばってね」と優しげに言って出入り口付近へ戻って行った。
 


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