《第一部 第序章 第四話『報告』》

「……派手だな」

私の眼前には無料で使用出来るテレビ電話の列が有る。近くにあるパソコン同様、著名なデザイナーがデザインしたらしいが、色が異様に派手で目がチカチカする。いくらなんでも、ショッキングピンクは無いだろう。
七台有るテレビ電話だが、現在使用者は私を除き一名のみ。
まぁ、凶暴なポケモンが出没する、とメディアで軽く触れる程度の報道はされているらしいので、この町に訪れる者は通常時の半分以下にまで減っているらしい。なので別段驚く事ではないが。
……さて、何時もこんな場所に椅子があるのは何故だろうか。
テレビ電話のすぐ近くにある椅子を見ながら私は思うが、特に興味は無いのですぐに電話のダイヤルを押す。
数秒の呼び出し音の後、ガチャッという耳障りな音と共に電話の画面に、今回の害獣駆除の依頼者、白髪の混じった灰色の頭をオールバックにした初老の男――シンオウ地方ポケモン協会理事――が映る。

「さて、名前と所属を頼めるかな?」
理事は世間話のように軽い声で問う。
「便利屋“スケアクロウ”社員、“オニツカ リンドウ”だ」
「おぉ、アマツの所の。では害獣の駆除が完了したのかい?」
少し真剣な語調で理事は言う。
私はそれに答えながら手元のFAXを操作する。
「肯定だ。依頼通りピジョット・リングマ・ピカチュウの三匹を駆除。証明者はポケモンセンター職員、名前は……今送ったレポートを確認してくれ」
「ん、たしかに。では報酬を振り込むので……あぁ、すまない、幾らだったろうか」

……その言葉は予想外だ。

「ピカチュウ五〇万、ピジョット百万、リングマ百五十万の計三百万だ」
「ん、まぁ妥当な額だね」
「決めたのはアマツガハタだがな」
「ははッ、そうかい。ところで、キミがテレビ電話で連絡してくる度、毎回気になっていたんだが――」

「最初の頃は声だけだったから気にならなかったんだけどねぇ」と理事がこれまでで一番真面目な声で言う。
一体何だろうか。最初に話した時は開口一番「ん? 敬語とかは堅苦しいから別にいいよ?」だったので口調のことでは無いだろうが。
「なんだ」
理事は少し黙るとこう切り出した。
「背が高すぎて画面に顔が映ってないぞ?」
「……そうか」

……椅子があったのはこの為だろうか。
私は斜め下にある椅子を眺めながら思う。
その様子は見えていないはずだが理事は少し笑いを堪えるように、
「ちなみにイスは関係ないよ? それは長電話用だ」
「ッ。そうか」
とりあえず身を屈めてみる。
顔が映ったのか多少大きな声で、「おぉ! なんだ意外と若いじゃないか。何歳だい?」などと言ってくる。
「二四だ」
……いったい何歳だと思っていたのだろうか。
「やー、落ち着いてるから四十位かと思ってたよ」
……なんというか、まあ、すぐに疑問は解決した。
「そうか二四か。……ん? なら……」
理事が何か思いついたのか、画面越しに私を見る。
「どうした」
「いや、ということはプロになりたてかな、とね」
なる程、一理ある。プロ試験は年に一回あるが、十代での合格者は少ない。しかし少ないが決して居ないわけではない。
「十四年やっている、少なくとも短くは無いとは思う。というかアマツガハタに聞いていないのか、結構前から私が依頼を受けていると思うのだが」
「スゴいな。私は二五年だからなぁ。」
目が丸くなっている。本気で驚いているらしい。理事は言葉を続ける。
「あぁ、それとアマツからは聞いていないよ。そんな面倒くさいことあいつがするはずがない」

なんというか、その言葉は納得できる。
「僕は三十の時にやっとだしなぁ」等、やや独り言に近い言葉を理事が発し始める。
……そろそろ聞いても良いだろう。
私はカウンターでの会話で出た、メディアの報道について聞いてみる。


「ところで、メディアでの警告が雑だと聞いたのだが」
その言葉に理事は独り言を止め、「ん、ああ」と言った後、苦虫を噛み潰したような顔でこう言った。
「ホウエンでの災害の事後処理でこっちの人員も持っていかれてね、報道に裂く余裕がないんだよ」


……災害。ホウエン。
その言葉で最近あった事件。……ああ。テレビなどはほとんど見ないが、私の耳にも入った。あの事件。
「あの人災か」
「あはは、キミも言うね。ま、確かに人が起こした最大クラスの災いだけどね」
理事はもう笑うしかない、といった感じで笑う。

――ホウエンの大災害。
雪が多く平均気温の低い、此処シンオウ地方と違い、雪はほとんど降らず、平均気温の高い地方、ホウエン。
そこで起きた未曽有の大人災、通称【ホウエンの大災害】。
詳しい事は知らないが、ホウエンを拠点に活動していた二つの組織が海と陸を司る伝説化したポケモンを復活させ、結果、陸は干上がり、海は荒れ、ホウエン地方が地図上から消滅しかけた。
しかし、地方毎に八人居るジムリーダーや、四天王とリーグチャンピオンの五強、(未確認だが十歳位の少年と少女も。解決の中核だったらしい。)などの優秀なトレーナーにより、なんとか終息した事件、だったか。
しかし……。

「半年程前だろう。それが起きたのは」
「まあ、そうなんだけどね。マグマ団・アクア団の残党やら、ロケット団残党やらが入り込んでホウエンの協会だけでは対処仕切れないんだよ」
ところで、と理事はこう続けた。
「一人目が出た時点で協会運営の報道番組で警告しているはずなんだが。確かに雑だったかもしれないけれど。まぁ最近はいろんな事件があるから薄い内容だったのかもね」
「そうか」
……まあよくある事。ということで良いのだろうか。
理事は大きなため息を一つし、言う。
「まったく迷惑な事件だよ、主犯格の幹部クラスは捕まらないし。こっちだって、ギンガ団とか言う組織が色々暗躍しているらしいし。」
「らしいとは?」
「尻尾を掴ませないんだよ。……いや、かった、かな?」
そう言った理事の顔はなにやら薄く笑っている。私の反応を見て楽しみたい、そんな表情。
……もっとも楽しめる反応を私が出来るはずないのだが。
しかし反応せねば話は進みもしなければ、終わりもしない。
仕方無く私は口を開く。
「言わないのならそれで良い。とっとと報酬を振り込んでくれないか。切りたくても切れん」
「いや、ちょッ……ふぅ、つれないなぁ」
等と言いながら理事の顔が画面から消え、椅子のみが残る。
……二分ほどすると戻ってきた。
そして言う。
「振り込んだよ、確認してくれ」
私はポケットから取り出した携帯可能な電話(それにしては音楽等、無駄な機能も多い。)――ポケギア――で確認する。
ふむ確かに振り込まれている。
「確認した。確かに振り込まれている」
「ご苦労さま。……ん?」
何か堅い物が叩かれる音。
私からは見えないが、恐らくは扉を叩く音。理事に客のようだ。

「あぁ、すまない。もっと話したかったんだが、客人が来てしまった。」
「別に構わん」
「冷たいねぇ。……あぁそうだ、アマツに近いうちにまた仕事を頼むことになりそうだ、と伝えてくれないかい?」

……ふむ。先程の話しに関係有るのならば。

「了解した。ギンガ団等と言う組織に関係があるのか」
「ん、まぁ、そうだね。それでは頼んだよ」

返事をする前に画面が暗くなる。
……さて、シャワーだな。
私はセンターの中央、主に回復、宿泊の受付をしているカウンターへと向かう。
 


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