《第一部 第序章 第六話『睡魔』》


「ん、もういいぞ。アスタルテ」

髪をすくサラサラという音とドライヤーからのゴウゴウという音が部屋に響く。
シャワーを浴び、水気を帯びた私の髪を、右手の櫛と左手のドライヤーで乾かしていたアスタルテに言う。
雌だからだろうか。このアスタルテ、こういった事を任せると私の手持ち達の中で最も上手い。
尤も、両手が使える雌は手持ちの中でコイツだけなのだが。
両手に持っていた物を戻し、ボールの中へと戻って行ったのを確認し思う。
そろそろ髪を切るべきだろうか、と。
腰まで届く長い髪、毛先を整える、とルオウが切ってくれるし、アスタルテがなんだか楽しそうに櫛を通してくれる。
なにより、この長さが無いと私が落ち着かない。
なので、この考えは却下。もう二度と考えないことにする。
私は備え付けられた本棚から適当に雑誌を取り出し読むことにする。
なにせ回復終了までまだ一時間は有る。
何かしらしていないと直ぐにでも寝てしまいそうだった。
《週刊ポケモントレーナー新養成書・その参(ポケモンバトル編)》
それが手に取った雑誌のタイトルだった。
……懐かしい。
私がシロガネ山で修行中、ポケモンセンターに有ったのを思い出す。
尤も“新”ではなかったが。
この部屋に昔から有るのだろうか、少しよれ、折れた、しかし材質は良いのか手触りの良い表紙をめくると、特集らしいカラーページに“バトルをするその前に”と大きく書いてある。
内容は、『その壱・タイプの相性を知ろう』や『その伍・状態変化技を知ろう』など、ポケモンバトルの基本的な知識が書き連ねてある。
……退屈だ。
私が読んだ“旧”は、内容的にもう少し難しかった気がしたが。
そう思うと急に、睡魔が襲い私の意識はそこで途切れた。


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頬辺りに何か湿った生暖かい感触を感じ、私の意識は深淵から呼び戻された。
「あぁ、……おはよう。フレア」
次第にはっきりしてくる視界に映ったのは、柔らかく波打った毛皮を纏った四足歩行のケモノ、フレア。
先程感じた生暖かい感触はコイツが私の頬を舐めたのだと理解する。
しかし、何故コイツが此処にいるのだろうか。
私の記憶は雑誌を読んでいた辺りで途切れている。勿論、ボールの回収などに行った覚えも無い。
部屋の中を見渡して見ると、パソコンの置かれた机には黒い球――ハイパーボール――が六個。中にはちゃんと私のポケモン達が居る。
床には、ステンレス製の深い皿が六枚(内、二枚は寸胴鍋のように大きい。)。餌を入れる為に使用している物だ。
その近くにポケモンフーズの空箱とミネラルウォーターの空き缶も有る。
この部屋は天井が高く奥行きもある為、四m程までならば部屋の中で餌を与える事も可能だ。無論、イワーク等の巨大なポケモンは地下に有るバトル場や屋外で餌を与える事になるが。
私の手持ちでそこまで巨大なポケモンは居ない。
私の中である考えが膨らむ。
もう一度、床の皿を数える。
……うむ、六枚。
私はしゃがみ、足下に居たフレアの顔を覗き込み、そして問う。
「貴様とルシアも食べたのか」
フレアの瞳の奥に明らかな動揺が視える。
私は考えが確信に変わる。
恐らく私が寝てしまった後に、アスタルテが私のトレーナーカードを持ってボールを受け取り、その後部屋で勝手に食べて飲んで……。

「他の者達は良いが貴様等は食べ過ぎだ」
……何時も自分で考えて行動しろとは言っているが、ここまでするとは考えていなかったな。まあ食える時に食うのは別に良いが
私が買っているポケモンフーズは栄養に偏りは無いがカロリーが高い。与える時間や量をしっかりと決めているわけではないが。
私が寝てしまった為、フレア・ルシア以外の四匹は仕方ないとして、直前に肉を食べた二匹には明らかに食べ過ぎだと思う。
どうするか考え、
……あぁ、そうしよう。
出された自分の考えに同意する。
目の前の少し震えるフレアから目を離し、床の皿を適当な紙で拭いどうぐあずかりシステムに預け、椅子に掛けていたコートを羽織る。
コートのポケットに入れている、黄色い箱に入ったブロック状の携帯食料(フルーツ味)を食べながら六個のハイパーボールを腰に着けると、
「行くぞ」
足下のフレアにそう言い、私は部屋を出る。
その言葉と同時、フレアは絨毯を踏みしめとトテトテと小走りで追ってきた。


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