《第一部 第序章 第九話『戦闘前』》 「使用ポケモンは二体、ルールは公式のリーグのシングルバトル用。戦闘中の入れ替えは無しで道具の使用は可。……あぁもちろんトレーナーはバトルフィールド内に入ってはいけない。これでいいかい?」 空調が効き、暑くも寒くもない適温の中、どこか軽い口調で男は言う。 なんだか莫迦(ばか)にされている気もするが、敵意が無いのは間違いない。 「ああ。構わない」 私は答えながら、この男が入って来た、一〇分前を思い返す。 ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠ 二つの巨体が発動させた『わざ』は同様のもの。発動させたタイミングは刹那のズレもない。 戦闘訓練開始からおよそ四〇分。 クールダウンの延長の訓練だった筈だが、やはりと言うか、途中から何時も通りのものとなってしまい、既に他の二体は戦闘不能。 私自身も多少の火傷や打撲等を負い。全身砂、土まみれ。 そんな中、二匹――メテオとルシア――が発動させた『わざ』。 それにより、周辺の大気が重くのしかかって来る様な錯覚を覚える。 息苦しい程に凝縮されながら膨れ上がる凶々(まがまが)しい殺気。 二匹が纏う色は蒼と橙。司るは竜。 ――わざ名『げきりん(逆鱗)』 あばれる(暴れる)に代表される領域内殲滅技の一。 視認した全てを『敵』とする、嵐の如き無差別攻撃。―― ……どうするか。 この『わざ』に『味方』という存在は勿論、『トレーナー』という存在も意味を成さない。 直撃を食らえば死。運が良くて重態だろうか。 ……ふふッ、面白い。 私の血が疼く。 恐らくは二匹も同じなのだろう。薄く笑っている。 或いは嘲(わら)い。己に打ち倒される者への嘲笑。 弱肉強食。野の真理。 それを思い出す、悠久とも思える濃密な一瞬。 その時、入り口である強化ガラス製(バトル場のガラスは全て、外した『わざ』対策に強度の高い物になっている。)の扉が開き、何者か(恐らく人間。)が入って来たのを背中越しに感じる。 が、特に敵意や殺気の類は感じない為、無視。興味が無い。 しかし、それがきっかけと成ったのかメテオの体勢が低くなる。まるで肉食獣が獲物を狙うかの如く。 瞬間。 メテオの足下の土が爆るように後方に飛び、巨体が此方に向かって来る。 具現化された圧倒的な暴力を、私は受け流す為に、ルシアは恐らくは打ち倒す為に身構える。 その時、 「あー! ダメだよそれじゃあッ!!」 後方からいきなり男の叫び声。 冷静に考えると、このまま続ける場合後ろの男が危ない気がする。 しかし、二つの巨体が止まる気配は微塵も無い。 『げきりん(逆鱗)』が発動している為、私の指示(こえ)も意味を成さない。 振り下ろされる豪腕を体を半回転させかわし、横薙ぎに来る丸太のような尾を伏せることでやり過ごしつつ、私は首元に掛けた六つの笛の内、『黄色』の物をくわえ……吹く。 響く音は穏やかで優しい。しかし力強い。 笛の音が響いた後、二つの暴風は段々とおとなしくなっていく。 この笛の効果は、リラックスさせることで冷静化させ『こんらん』状態と呼ばれる判断力異常を解除する。 ――同じ効果を持つ『きいろビードロ』というガラス製笛を参考に、携帯しやすさを高める為特注した物の一。―― 静まった二匹をボールに戻した後、振り返り、 「何だ」 聞いてみる。 「いや、今どきトレーナーもフィールドの中に入るのは、はやらないよ。危ないし」 タンバジムじゃないんだし、などと続けるこの男。若い。一〇代後半辺りだろうか。 「そうか」 面倒なので適当に返答する。 すると、 「どうせ、いつも一人寂しく練習してるんでしょ」 ……どうも苦手だな。こういう人間は。 「まあ、そうだな」 応えると、男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、私に提案した。 「じゃあ、バッチを三つも持ってるこの僕がバトルしてあげるよ。あっ僕はサトル、君は?」 「オニツカだ」 自慢気に話す男。 ジムバッチを持っている、という事はこの男アマチュアではなくプロという事になる。 ――それぞれの地方に存在する八つのジムの長『ジムリーダー』にポケモンバトルで認められた者が渡される証、ジムバッチ。 八つ集めるとポケモンリーグと言うトレーナーの祭典の決勝トーナメントに無条件で出場出来る。 どんなに圧倒的にジムリーダーに勝ったとしてもアマチュアにはバッチの授与は無い。―― ……それなりに強いのだろうか。 訓練していない者がまだ二匹居る。 「二匹のシングルバトルならば良いが」 「OKOK。じゃあさっそくルール確認ね」 即答した男は仰々しく、しかしどこか軽い口調で喋り出す。 ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠ バトルフィールドの両端に向かい合った、サトルと名乗った若い男が叫ぶ声が聞こえる。 「せいぜいガンバって僕を楽しませてね」 考え方がルオウに似ているな。ポケモンバトルのどこが楽しいのだろうか。 男。サトルは此方の様子を窺っているようでポケモンを出す様子は無い。 先にポケモンを招喚(だ)すとタイプ的に有利なポケモンを出される為、出来るだけ後に招喚す。それが基本、らしい。 私はやった事が無いが。 なので、 「戦闘だ。レイン」 招喚(しょうかん)。 ……さて、サトルだったか。貴様は何を招喚す。 |