第二話『案山子と魔女と子悪魔と勇者(バカ)』

「「ただいまぁ!! タオルッ!」」

自動ドアが開き、入ってきた二人の第一声がコレ。
一つは『私はとても元気です。』と言っているような元気よく聞こえる少女のもの。
もう一つは標準語の発音とはアクセントの違うジョウト訛りの男の声。
どちらも全身ずぶ濡れで、栗色の髪と真紅の髪の先や服の端からも水滴を滴らせながらズカズカ入ってくる。
小さくて栗色の髪の方がカスミモリ ハルネ(霞森 春音)、通称ハル。サナの娘で一二才の女の子。ちなみに血は繋がってない。学校帰りなのでブレザーとランドセル。
背の高い、紅く染められた髪の男はルオウ ケンタ(流皇 健太)。ジョウトのコガネ出身の二一歳。赤い皮ジャンにズボン。左手にはフルフェイスのメット。右手にはペット用のゲージ。
その後ろから同じくずぶ濡れの三つの影。
最初に入ってきたのは小さい、四〇cm程。頭にあたる部分に大きな花が二つ、首からは丸いペンダントを下げ、スカートのように葉が集まった下半身。キレイハナとか呼ばれるポケモン。ニックネームはアガレス、だったか。悪魔だか天使の名前。
その後ろには中くらいのと大きな影。
一つは金色の狼、グラエナ。ニックネームはミカエル、だっけか。これも天使の名だったか? 普通、毛並みは黒だがこいつは色違い。
もう一つはオレンジ色の毛並みに黒の縞模様。巨大な犬――ウィンディ。コイツはケンタのではなく俺のポケモンだ。

「あぁ、おか――」
「おっかえりー♪ ハルちゃん、寒かったでしょ? 風邪ひいちゃうからシャワー浴びてー、あ、その前にタオル。ムゥちゃん持ってきてー☆」

サナは天井知らずにテンションアップ。満面の笑みで、いつの間にか現れた濃紫の影、ムウマにタオルを持ってこさせ、そのタオルでワシャワシャワシャーっとハルの頭を拭き風呂場へと消えてしまう。
去り際には「ミカエルちゃん。君の鼻は優秀だねぇ」と一言。言われた金狼は一鳴きして答えている。
ポツン、と取り残される赤髪の大男。いつも思うが、なんで住人六人中規格外にでかいのが三人いるんだよ。いたって平均的な身長の俺が低く見えるんだよオイ。
まあいいか。ケンタにはリンドウとは違う仕事を任せた。それはすんだのかね?

「おかえり。見つかったか?」

聞いてみる。
すると右手に持ったゲージを上げ。

「おう。なんとか雨が降る前には見つけたんやけど、何? この雨。凍死するかと思た」
「んーそか、ごくろうさん。そいつが凍死する前に温めといてくれ」
「じゃあ、おっさんのウィンディまだ借りるで。俺、炎タイプのやつ手持ち居らんさかい」
「あいよ――ってコラッ。おいッ」

返事をした瞬間。ウィンディとグラエナが身体を揺すり水気をきり始めた。そこら中に水滴が飛ぶ。
それを見てなんとなく、

「しっかし。リンドウのシャワーズって化け物だよな。なみのり(波乗り)の応用だっつって雨粒を完全に掌握するっつーのは。俺のパルシェンにもできねえし、ケンタ、お前のミロカロスでも無理だろ」
「んーまぁそやなぁ。俺のエキドナもあないな操作は出来ひんなぁ」
でも、とケンタは続ける。
「操作しか出来ない、ちゅうのは結構致命的だと思うんやけど。そら、山ん中とか海ん中なら何とかなるけど――」
「だからリンちゃんはお水、持ち歩いてるんだよねー?」

いつの間に戻って来ていたサナが唐突に話に加わる。
濡れた服が気持ち悪いのか、ケンタはもぞもぞと脱ぎながら、
「それでも、水気の無いフィールドだとみずでっぽう(水鉄砲)が限界ちゃうん?」
「その弱い攻撃(みずでっぽう)の一撃がコンクリ抉(えぐ)るんだから良いんじゃねえか?」
それに、出来ないのは物質の具現だけだし。冷気に変化させるのも可能だかられいとうビーム(冷凍ビーム)とかも撃てるしそこまで苦労はないだろ。
まあ赤髪半裸の大男と、どこまでも白い女は「あぁ。なるほど」とか納得しているが。

「つかケンタ。そのチンチラ早く温めとけ」

折角見つけたのに、「見つけたことは見つけましたが衰弱死しました」とか報告すんのは嫌だぞ。ポケモンと違ってただのネコの生命力はあんま無いんだから。依頼人は派手な中年女性だし、この商売は信用第一だし。今月は例外だが普段は依頼なんてほとんど来ねえし。
ケンタは「おお、忘れてた」とかぬかしながらゲージを開けて中のずぶ濡れのネコを出そうとする。

「おわッ!」

……なんでネコは暴れまわってるのかね? 面倒くせえ。
泥だらけなまま走り回るから床とかすごいことになってるんだが。というか元気だなネコ。
ケンタとキレイハナ、それとグラエナが右往左往しながら追いたてる。元気だねー……あ、こけた。
サナはなんか笑ってるだけだし。
もうどうにでもなれ面倒くせえ。

「あーッもうッ! 何やってんの!!」

と、甲高い声が響いたと思うと影が宙を翔けその足でネコを掴む。
声がした方を見る。部屋の奥、扉の前でモンスターボール持った腕を組み、仁王立ちしているのはシャワーを浴び終え着替えた栗毛の少女、ハル。ミニスカートの下にジーンズという、スカートの意味がない格好。
フシャーッと暴れるネコを捕まえたのは大梟、ヨルノズク。
なんだかどうでもよくなったんで机のゴミに紛れていたタバコを手に取り火を点ける。

「ヨルル。エアスラッシュ。パチチはチャージビーム」
「ッ!?」

ハルはとてつもなく不穏な声色で羽ばたき飛んでいるヨルノズクと、いつの間に居たのか大きめの白と水色のリス、パチリスにとんでもなく物騒な言葉を紡ぐ。……真っ直ぐと俺を指差して。
大梟は大きく羽ばたき、白リスは黄色い、バチバチと静電気をもっと悪質にしたみたいな音をした光を俺に放つ。

「いやちょっと――」

待て。と言う時間はない。
当たっても死にはしないだろうがしなくていい怪我は軽傷だろうとしたくない。なので床に倒れこむように避ける。
ちょうどその背後を、ビュンッやら、バチバチッやらの音が通り過ぎていく。
……。少しの間の後。
俺は倒れこんだままの体勢で、

「ええと、なんですかハルさん。もしかして意味も無く人にあたりたくなるお年頃ですか。
それとも、だらけているおっさんは公害で生きてる価値なんか全く無いむしろ死ね。とかそんな感じですかおい」
とか聞いてみる。
すると、ハルはフーっと大きく溜め息を吐くと一言。

「タ・バ・コ」

んあ? たばこ? ああタバコ? 咥えてた煙草? そいやどこいったんだろ。何時の間にか無いな。

「あ」
というハルの声とその足が鳴らすダンッという鈍い音。踏みつけた足でグリグリと何かを潰している。
「どしたん? ハル」
「タバコ。火事になったら困るでしょ? なんかゴミ多いし」
と運動靴(スニーカー)の下を見せる。そこにはまだ長いタバコ、の残骸。
なんだか立つのが面倒くさいので床に倒れたままの俺を見下ろしながら、
「マヒロ。タバコ吸うなら換気扇の下で吸ってよね」
「んーああ。……それだけのために?」
「うん」と元気よく首肯。
あははははは。なんでこいつらこんなにデンジャーなんだ?
……まあいいや面倒くせえ。
「あぁそうだ。リンにぃ帰って来てないの? クロスのとこにそろそろポケモン図鑑届いてると思うんだけど」
「あと聞きたいこともあるんだけどなー」と呟いた後、「ナメクジみたいに床にへばりついてないで、とりあえず椅子に座りなさい」とか言われてしまったので俺はクッションのきかない椅子に座り直し、

「まだ帰って来てねえな。依頼の方は終わってるみたいだが。答えられる範囲ならケンタかサナが答えるぞ」
「ちょう待て。そこはおっさんも参加しろや」
ケンタが口を挟んでくるが無視。んな面倒くせえこと誰が参加するか。
「そっかー。んじゃ、リンにぃの手書き図鑑のデータ化してたら『気』とか『身体強化』とか変な言葉があるんだけど、意味わかる?」
「『気』って『魔力』と一緒かな?」
「ごめんママ。わからない単語をわからない単語で表さないでお願い」

……面倒くせえ。ケンタは頭に『?』が浮かんでるし。『気』がわからないで悩んでて『強化』の方は忘れてるだろ。
そしてリンドウ、わかりにくい物を書くな。面倒くさい。

「面倒くせえ。……『気』は多分『PP(パワーポイント)』と同じだ。わざとか発動させるために必要なポケモンの生命力のことだろ。容器に入った水を想像すると良い気がする」

サナの『魔力』って表現もあながち外れてるわけじゃないがまあ普通は『PP』とか言ってるのが多いな。
……全員が「おおッ!」とか言って俺を見る。

「じゃあ――」
「ケンタ。『強化』の説明は任せた」

先手必勝。絶対ハルの次の言葉は「じゃあ『強化』は?」だった。

「おっしゃ、任せとき!」

いまだに上半身裸のままケンタは「えっとな、『強化』っちゅうのは」と言ったところで口が止まる。……。ん?
動かない。
……一分。まだ動かない。
更に一分。まだ動かない。
……おい。

「がぁぁぁぁッ! 頭ん中でならわかってんのに言葉にならへんッ!!」

いきなり赤く染められた髪をかきむしりながら絶叫するケンタ。
その隣では、叫ぶ赤髪バカは気にせず真白い髪をかきあげ、「よしッ。ボクの出番だねー」と得意げに胸を張りニコニコと説明を始めるサナ。

「えっとね〜、『身体強化』は発動するとビュンッとかガチィッとかねー――」
「待て。俺が悪かった。説明するから黙れお前ら。そしてケンタ、服を着ろ」

お前ら、プロだよな? あのトレーナーカードは偽造じゃないよな?
サナは「えー」とか言いながらも黙ってくれた。ケンタは服を着ていないのを忘れていたらしく、ヨルノズクから受け取ったネコ(チンチラ)をキレイハナとグラエナに任せ奥に消える。
……はあ。面倒くせえが説明するかね。
あーその前にと、

「ハル。わからない単語とりあえず全部言え。なんか『強化』以外にもありそうで怖い」
「えっとね、『身体強化』『限定操作』『物質具現』『性質変化』『指向放出』の五つかな」
「りょーかい」

リンドウはこう呼んでるのか、『※』つけて脚注かなんかで説明しとけよ面倒くせえ。

「んじゃ『身体強化』からな。PPで身体を覆う感じで、簡単に言やあ力を強くしたり走るのが速くなったりするんだわ。
例を挙げんなら力を強くすんのは『かいりき(怪力)』とか『たいあたり(体当たり)』とかか。速くなるのだったら『でんこうせっか(電光石火)』や『マッハパンチ』とかが強化だけで発動してんな。
あぁ、身体全体を覆わずに攻撃に使用する部分だけ覆って強化するわざもあるな。『かみつく(噛み付く)』とか『シザークロス』とか」
「……待って。その、『PP』は『わざ』を出すために必要なガソリンみたいなもので、『強化』とかはタイプとは関係ないってことでいいの? あと、『強化だけで発動』ってどういうこと?」
「あー、前者はそれでOK。後者は、他のと合わせて発動すんのがあんだわ、『てっぺき(鉄壁)』とか」
「ふぅん。全体を覆うとか部分的に覆うっていうのは見てわかったりするの?」
「いっぺんに質問しろ面倒くせえ。……それは個人差がめちゃくちゃある。リンドウは濃くはっきり見えるみたいだが俺は薄くぼんやり見える。」
「ボクは見えないよー☆ それとねー、知らないと見えないらしいよ♪」

「だからハルちゃんも今度から見えるかもね★」といきなりサナが割って入ってくる。
知らないと見えないというか『知らないと見えないくらい』ぼんやりとして見えるのが大半なんだよ。……こいつはなんでいつもハイテンションなんだ。リンドウが拾ってきた当初は人形みたいに無表情だったのに。ああ、それを言うとハルもか。人間って一年で大分変わるな。
いや、でもケンタとソーニャは五年たっても変わんねえな。
リンドウなんざ九年たっても変わりゃしねえ。変わったのは身長と体重くらいか。
しっかし、口頭での説明ってこんなに面倒くさかったっけか。
方針変更。紙に書いてみる。

一、身体強化。身体的な能力(力、速度、硬度など。)の『強化』。攻撃に使用する場合『物理』的な攻撃になる場合が多い。PPは身体の延長と考える。
二、限定操作。何か(物質、精神など。)を『操作』する。操作するものの抵抗力(思考するものほど強い。)の強さによって精度が変動する。攻撃に使用する場合『特殊』と呼ばれる中・長距離攻撃になる場合が多い。
三、物質具現。何かしらの物質を『具現』化する。これのみで攻撃するのは少ない(骨を持っていない場合のボーンラッシュ、バトル場でのいわなだれ(岩雪崩)など。)。
四、性質変化。ポケモンが持つ生命力『PP』を炎・電気・刃・爪など、他の『性質に変える』。最も使用率が高い。
五、指向放出。PPを『飛ばす』。単体での使用は衝撃波のような攻撃(みずのはどう(水の波動)、だいばくはつ(大爆発)など。)になる。
六、上記五つは同時発動可。例・みがわり(身代わり)など。

書き終わった。まあ基本はこんな感じだろ。

「んで、PPってのはそのポケモンのタイプを基本にすっから同じタイプのわざを発動すると違うタイプのが発動するより『変化』させる無駄がないから威力が上がるんだわ。ただ最近はこんなんプロ試験にすら出ないんだがな」

補足説明も完了っと。
ハルは書き込んだ紙きれを見ながら、「マヒロもそういえばプロだったんだよねぇ」とか呟きやがった。

「ええ。一応プロでございますよ。てかよ、手書きの図鑑ってあれか? リンドウの部屋の本棚にあったスケッチブック。それデータ化して何すんだ?」
「あぁ。ポケモン図鑑って、出会わないと生態とかのデータの無い不燃ごみ状態じゃない? リンにぃの手書き図鑑ってポケモンのデッサンから使えるわざ、わざ・ひでんマシン、生息地とかがびっしり書いてあるから挿れちゃおうかと思って」

さらっと、結構とんでもないこと言う。まず図鑑を買うためのルートがないだろ。高いしアレ。……ああ、だからクロスか。どうでもいい。勝手にやれ。

「ふうん。まあどうせ、リンドウが金出すんだからすきにしろー」
「でも授業中にやるのは良くないなぁー」

と、サナがハルのパチリスを胸の位置で抱きながらそんなことを言う。
サナの言葉を聞いたハルはビクッっとわかりやすく動揺しながら、

「え、えぇと、なんで知ってるの?」

白い魔女はサングラスを外し、赤みを帯びた色彩の瞳でにっこりと笑いながら、

「ふふッ。ボクはなんでもお見通しなのさ☆ 例えばリンちゃんの本――」
「うわぁッ!? ごめんなさいごめんなさい明日からちゃんと授業聞きますからそれはダメーッ!!」

なんだ? まあいいか。
しかし、リンドウは何時になったら帰ってくるんだ。このメンバーで料理が出来んのはハルだけだぞ。その腕も六回に一回失敗(ロシアンルーレット)な感じだし、まだ帰ってこないもう一人の料理の出来るのは二回に一回失敗(コイントス)だし。何より材料がない。
……ケンタにでも買いに行かせるか。
などと考えているとまた自動ドアが開き平均よりも大きな人間が帰ってきた。

 


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