第三話『全員集合+2或いは77番(ダブル・セブン)と怠惰な案山子(駄目オヤジ)』

「ただいま帰りましたー」

帰ってきたのは長身な女子高生。リンドウ、お前は何時帰ってくる。

「あ、ソフィねぇおかえりー」

この場に居ないケンタを除いて俺を含めた全員が帰ってきた人物に「おかえり」と言って迎える。

「天気予報見事にハズレましたねー。あ、ありがとうね、みんな。風邪ひかないうちに乾かしましょうね」

傘など持っていないのに全く濡れていないそいつは、後ろに引き連れた三匹のポケモンを自動ドアの中へと招く。これを建てたときに面倒で設計士に任せっきりだったので異様に自動ドアが大きいが、まぁ今はこれくらいあって良かったと本気で思う。
入ってくる三匹、紫色の毒々しい軟体――ベトベトン、水色をした目つきの悪い大きな海月(くらげ)――ドククラゲ、四足の鉄塊――メタグロス。特にメタグロスが大きく、通常サイズの自動ドアだと入ってくるたびに破壊してくれそうだ。
よくここまで揃えたなと言いたくなる、なんとなく悪の組織の人間が持っていそうなポケモン達。……まぁ『悪人が持っていそう』てのは間違いではないか、過去形だが。
それをタオルで拭っている180cm近くある金髪碧眼、ミルクのように白い肌。手足も長く、モデルでもやればなかなか上までいくのではないのかと思える女子高生。何も知らない人間が見たらなかなかシュールな光景が展開されていると思う。
名前はソフィーア=ボリソヴナ=トルスタヤ、一七歳。愛称ソーニャもしくはソフィ。
当たり前だが、両親共にこの国出身ではない。が、ソーニャは生まれも育ちもこの国なので外国語は喋れない。
初対面の人間(主に若いカルそうな男。)がソーニャに「ハロー」と話しかけて「あ、こんにちは」と返されると実に面白い顔をするな、うん。で、その後にケンタとリンドウみるとさらに面白い顔になるな。
ホウエン出身だが、いろいろあって此処で暮らしている。
悪人面ポケモン三匹の身体を拭き終わったソーニャに向かいハルが、

「ソフィねぇ、リンにぃに会わなかった?」
「んー、会っていませんね。まだ帰ってきてないんですか?」
「仕事は終わってるらしいんだけどねー。なにしてるんだろ」
「ちょうど雨降ってますし、わたし達の時みたいに悪い人に追われてる人でも拾った、とか」

右手の人差し指を立ててそう言うソーニャ。
冗談のつもりか? アイツは確立を超越して何かに巻き込まれる人間だぞ。しかも何故か俺も巻き込まれる。非常に面倒くさい。
ああ、でも、ありうるな。拾ってきたのは決まって雨の日だし。
しかし、考えるのも面倒だ。このことは頭の中から排斥する。

「それは面倒だ。つかソーニャ、着替えなくて良いのか?」
「あ、忘れてました。じゃあハルちゃん後でね」

そう言って小走りに奥の扉に向かうソーニャ。扉を開けようとドアノブに手を伸ばすと、

「おぉ。おかえりぃーソーニャ」
「ッあ、はい、ただいまですッ」

着替え終わり、細身のシャツを着たケンタが扉を開け入ってきた。
ソーニャはケンタの前だとちょっとおかしくなる。サナならば「青春だねえ」とか言うのかね。

「あー、そだケンタ。冷蔵庫に何も無いから適当に買って来い。もちろん金はお前持ちで」
「ふざけんなやおっさん。あないな雨ん中誰が行くかいな。いくらなんでもそろそろリンドウのアホも帰ってくるやろ」

んー、まあそうだろうか。流石に帰ってくるか。
俺はケンタの言葉に適当に頷きながらゴミにまみれた机から紙片を探し出し、そこに書かれた番号に電話をかける。
かける先はケンタの探し出したネコの飼い主。まあ、無駄に派手だったが本気でうろたえていたから即行で来るだろ。


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んで、現在午後七時四〇分。
いまだ見た目殺し屋な隻腕隻眼の大男は帰ってこない。
派手な格好したネコの飼い主が来たのが二時間は前になったな。
雨も止む気配は無い模様。
結局事態に進展はなし。むしろ悪化している。主に空腹感が。

「うぅ゛ー。リンにぃまだー?」
「腹減ったー」

と、空腹感と正面から立ち向かっているのはハルとケンタ。
ちなみに俺とソーニャの「出前をとろう」という提案はサナの「誰が作ったものかわからないもの食べるのはイヤー」という言葉に一蹴された。

「うふふふふふふ。ミカエルちゃんって美味しそうだよねー……え? 俺は筋っぽいから不味いって? 大丈夫だよー。筋肉質でも美味しいよきっと★」

なんかもう独り言が危なくなってきたのは、俺らの提案を一蹴した真白い髪の魔女。ケンタのグラエナに向かいぶつぶつ言っている。
「……あの」
「あん? どうした? ソーニャ」
おずおずと、という表現がぴったりあう挙動でソーニャが誰にでもなく言う。
「リンドウさんのポケギアにかけてみたらどうでしょう?」
「……ああ、その手があったか」
「でも、リンにぃ電源切ってること多いよ?」
「ん、まあダメもとでかけてみるか。面倒くせえが」

俺は着ているダークグレイのスーツのポケットから二つ折りの小さめな携帯電話――ポケギア――を取り出してリンドウへと電話をかける。
しっかし、このポケギアも最初の頃とずいぶん変わったな。ストレートタイプが普通だったのに今じゃあ二つ折りにスライドタイプやら色んなのがショップに並んでいる。
機能も恐ろしく多機能だし。正直使いこなせねえ。
まあ電話がかけられればそれで良いが。
などと考えていると、コール音が聞こえてきた。
数回のコール音の後、
「何だ」
と、向こう側から、簡潔な言葉が低い声で紡がれた。
「何だ、はごあいさつだな。お前が遅いから電話してんだよ」
「ふむ、それはすまない」
謝ってる口調じゃあないがこれがコイツだ。実際謝ってるつもりのようだし。
しかし、何なのだろう。向こうから「ちょ、もうちょっと頭下げてください。届かないッ」とか聞こえるんだが。

「まあ良いや。んで今何処よ?」
リンドウが言った場所は此処の近くだった。
「んじゃあとっとと帰ってきて飯作れ。以上」
「ああ」
電話が切れる。そして確信する。
奴は絶対厄介事と一緒に帰ってくる。
面倒くせえ。


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「ただいま」

リンドウが帰ってきたのは電話から約一〇分後。
頭にはシャワーズ、左腕には買い物袋四つと大きな鳥――ムクホーク――を下げ一〇代前半ほどの髪の長い女の子を抱え。
その傍らにはエーフィと一〇代中盤ほどのショートカットの女の子。
「まあ聞こう。どうした」
リンドウは抱えた方の少女を来客用に置いているソファに寝かし、床に買い物袋を置くと、
「こっちは拾ったんだが、そっちは協会理事に預けられた」
と、よくわからないことを言う。
「ああ。それと、なんだか知らんがコイツが此処の目の前の路上に落ちていたぞ」

ムクホークの片足を持って放ってくる。
なんとかキャッチしたムクホークの左足には黒い金属製の筒がくくり付けてある。
……アイツのムクホークか? 思いつくのはあの常に微笑んでいるポケモン協会理事の顔。

「ん、ああ、ごくろうさん? ウィンディ、コイツ温めとけ」

黒い筒を足から外したあと、ムクホークを床に寝ていたウィンディのすぐ隣に置く。
できたら詳しく聞きだしたいところだが、まずは、

「よし、即飯作れ。俺以外全滅だ」

もう「おかえり」すら言えないほどの飢餓状態の四人。ここまでなるんだったら誰か何か買って来いよ。
リンドウは「わかった」とかなんとか言いながら買い物袋を持ち直し台所に向かって行く。
と、リンドウの腰に付けたハイパーボールから、閃光が奔りふかふかとした毛皮を纏った獣――ブースター――が現れる。
現れた刹那、その上にリンドウの頭に乗っていたシャワーズが乗った。
なんとかその重みに耐えたブースターはシャワーズを乗せたままヨタヨタとリンドウの後を追う。その隣には何時の間にかエーフィが居た。
残されたのは、飢餓状態の四人とよくわからない少女二人に俺。
……面倒くさくなりそうだ。
「あー。適当に座っていいぞ。床でも机でもコタツでもソファでも」
所在無さげに立っている、黒髪ショートの少女にそう言ってみる。
「あ、はい」

そう言って少女が座ったのは髪の長い方の少女が寝かされたソファ。
端の方に座った少女は、

「えと、ポケモン、出しても良いですか?」
「此処の広さを考えたうえの発言なら良いぞ」
「じゃあ」と取り出したのは青色の球体――スーパーボール。
閃光と共に現れたのはピンク色の楕円の身体――プクリン。
微かな笑みを浮かべながらプクリンの頭を撫でている少女。
つかコイツの名前はなんだよ。

「そーいや、お前の名前はなんていうんだ?」
「あ、と、名前は無いです。77(ダブルセブン)とは呼ばれてましたけど」
ダブルセブン? 記号のような感じだ。ただ区別するためだけの名、のような。

「ふうん。そっちの髪の長い方は?」
「その子は44(ダブルフォー)。それかヴァルキリー、と呼ばれてました」
これまた暗号か? と言いたくなるような名。数字にすると四四と七七。七七の方が年上に見えるが、年齢と数字に関係はないのだろうか。
とりあえず、面倒くさい事に巻き込まれたのは確実だと思うんだが。
まあ名前ネタで会話していたので、
「なんか苦労してんだな。……そのプクリンは名とかあんのか?」
「プクリンはプクリンですよ。名前は本人が【自分だ】って思えれば良いんですから」

「ねー」とプクリンと頷きあう少女。
あ、なんか親近感。俺の手持ちも種の名前そのままで呼んでるからな。三〇〜四〇年くらいそのままだから今更変えられないし。
しっかし名前は本人が【自分だ】って思えれば良い、か。

「んじゃあお前をなんて呼べば良いんだ?」
「名前は無いので付けてくれても良いです」
「俺が付けると奈々(ナナ)とかになっちまうぞ?」
「……ナナ。どんな字ですか?」
少女は思案顔で聞いてくる。
俺は適当な紙片に、漢字で書き渡す。
「普通な字ですね。七七だからナナですか?」
「あー、そうだけど?」
「ふふ。気に入りました。わたしは今から奈々(ナナ)でお願いします」
薄く微笑みながら少女、ナナはそう宣言する。
そして、「そういえば、あなたの名前はなんていうんですか?」と聞いてきた。
そういえば名乗ってなかったか。

「ああ、俺はな、天ヶ畑 真広(アマツガハタ マヒロ)だ。よろしく」
そう言って右手を差し出す。
「あ、よろしくお願いします」
少女も右手を差し出し握手。
……はあ。最終的に俺がこんな感じだから面倒ごとに巻き込まれるのかね。
リンドウの時も、ケンタとソーニャの時もサナとハルの時も……。
まあ退屈はしないから良いか。うん。

 


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