第四話『面倒くせえ。』 「そっちのちっこいのはお前が拾ってヒトトセんとこに連れてって、そこにちょうど連絡してきた理事の野郎にナナを預けられた、でいいのか?」 もう仕事場というより居住スペースと言ったほうが良い気がしてきたコンクリート打ちっぱなしの部屋の中、なんかもうずっと前から在ったんじゃないかと思え てきたコタツの隣に足の短いガラス製のテーブルを横に並べ総勢八人が座布団の上に座りリンドウが一五分かからずに作ってきたレタス炒飯(チャーハン)と、 それとは不釣合いに上品なお吸い物をがっつきながらどういった経緯でリンドウが少女二人を連れてきたのか聞いていた。 「ああ。よく知らんが致命傷を負った二〇代程の男がその女を匿ってくれ、と来たらしい。治療する間も無く男の方は死んだらしいが」 髪の長い方の少女用に作った卵粥(たまごがゆ)を皮手袋を付けたままレンゲで食べさせながらリンドウは俺の質問に返答する。 左腕しかないので、リンドウの薄墨色をしたゴーストが自分用のポケモンフーズを食べながらスプーンをリンドウの口へと運んでいる。 「物騒だねぇ。ナナちゃんは何したの? 組のお金でもちょろまかした?」 今度は白き魔女(サナ)が白い服の少女(ナナ)へ質問。 ナナは冗談はスルーし答える。 「いえ、ユウさんが01番(ファースト)を最終調整中に暴走させて、その騒動に紛れて施設から逃げたんです」 「あ、ユウさんは死んだ男性の名前です」とナナは補足する。 しかし、施設に最終調整、番号、……何なんだろうか。 「ちょう待って、施設とか暴走とか、何?」 と、ケンタが俺も聞きたかったことを聞いてくれた。 ナナは言っても良いか悩むように少し黙ると、少し声を震わせながら、 「それは、その、施設というのはわたしたちが造られて戦闘訓練などを受けていた施設で、暴走というのは生産数01番(ファースト)、成功体其の壱『アイアンメイデン』の最終調整中に脱走のためユウさんが意図的に暴走させたことを――」 「待って、作られて?」 今度は頬に米粒を付けたハルが聞く。お前は話の腰を折るのが得意だなオイ。 「あ、はい。わたしとそこの子は遺伝子レベルで人口的に造られた人間なんです。成長促進と学習装置での刷り込みによって肉体の年齢と知識はわたしは一六歳、そこの子は一二歳相当ですが、実年齢は三歳と五歳なんです。わたしの方が年下なんですよ」 「成長促進はあるところまでいったら止められるので、あっという間に老化する。ということは無いですけどね。理論上は普通の人間と同じ位の年齢まで生きるらしいです」と、聞いてもいないことも説明してくれた。 というか、なんだかもの凄く胡散臭い。サナが、自分はポケモンの言っていることが分かるとかほざいてるのと同じ位胡散臭い。 ふと、今まで一言も発していないソーニャの方を見ると、まだ少し朦朧としていながらもリンドウがレンゲで口に運ぶ粥をしっかりと食べている髪の長い方の少女を腹に赤いギザギザ模様のある二足歩行のカメレオン――カクレオンと一緒にジッと見ていた。 「美味しいですか?」 とソーニャがニコニコと聞くと、 「ん」 無表情にコクン、と小さく頷く黒衣の少女。 さっきの倍くらいにニコニコしながら「そうですかぁッ」とソーニャとカクレオンは破顔する。 「ところで、ナナちゃんはマーくんが名前決めちゃったけどそっちの娘(こ)の名前は誰が決めるのかなッ?☆」 「誰も決めないならボクが決めるーッ♪」と玩具を与えられた子供のように目をキラキラとさせながらサナが言う。 「あ゛ー、それでいいか?」 「ん」 小さく頷く。やはり無表情で。 ハイテンションモード突入中の白い魔女は少し考えるそぶりをした後、ビシッと右人差し指を少女に向け、 「決定ッ! 美しいに、いとへんに少ないって書いて『美紗(ミーシャ)』ちゃん★!」 「却下。どこのマタニティーハイの母親だ」 「ミーシャってミハイルの愛称ですよね?」 「ママ、もっと普通な名前にしよ?」 「漢字は良いんですけどね」 「良いやない? カッコいいし」 「……貴様はどう思う」 「……嫌」 順にサナ、俺、ソーニャ、ハル、ナナ、ケンタ、リンドウ、危うくミーシャと名づけられそうになった少女。 サナはむぅ、と眉間に皺を寄せ、さっきの倍ほど考えるそぶりをし、 「んー。じゃあリンちゃんから一文字とって瞳(ヒトミ)ちゃんは?」 ん。今度はまともな名前だ。 「まぁ良いんじゃね?」という空気が流れていた中、一人頷いていなかったリンドウがレンゲをテーブルの上の皿に戻し、 「すまない。ヒトミは私の母親の名なので止めて欲しい」 と、いつもと全く変わらない口調でそう言った。 父親と母親の名前を合わせて『竜瞳』なのかね? つか、当たり前だが母親居たんだな。……そういうこと言わない奴だからなぁ。 リンドウ自身の過去はそれなりに知っているが、家族のことなんて聞いたことなかったなそういえば。聞く気も無かったが。 まぁ、それを言ったらここに居る全員がそうか。深いところまでは知らないし。 「えー。じゃあ、読み方を変えて瞳(アキラ)ちゃんは?」 「読めねえよそれ」 俺が言うと、サナはあからさまな敵意の篭った眼で見てくる。 仕方ないだろ。名前ってのは第一印象なんだから。『夜露死苦』的な名前は良くねえ。名は体を表さないことも多いんだから大仰(おおぎょう)な名前も良くねえし。読めないなんてもってのほかだろ。 ……リンドウは名前的にはアウトか? まあなんか似合ってるから良いのか。 「じゃあ、ひらがなで『あきら』で良いんちゃう?」 レンゲを食べ終わった皿に戻しながらケンタが提案する。 なんとなく男っぽすぎるかとも思うが、こればかりは本人に聞くしかないか。 「あー、どうだ?」 「ん。オレはすき」 髪の長い小さな少女――アキラは澄んだ声で小さく頷く。そのあと「ん。……アキラ」と小さく呟いているのが聞こえた。 しかし、サナの『ボク』に続いて一人称『オレ』か。まあどうでもいいが。 「んじゃあ、俺はちょいと理事の野郎に電話してくら。面倒くせえが」 飯も食い終わったし、理事の野郎に詳細を聞かねえとな。俺は立ち上がりゴミの散乱した金属製の机に向かう。 ムクホークは完全に飛び損だな。いやホント面倒くせえ。電話するの止めようか……いや、しないともっと面倒なことになりそうだ。面倒くせえ。 なんだか俺が立った後にソーニャが「名前は決まりましたけど、苗字はどうします?」とか言っているのが聞こえたような気がする。まあ、面倒くさいので任せよう。 俺はクッションの効かない椅子に座るとムクホークの脚から外した黒い筒の中を読みつつ理事の野郎に電話する。……操作するのが面倒くせえ。 「やあ、アマツ。よろしく頼むよ。それじゃ」 「待て。せめて説明しろ。そして依頼料よこせ、面倒くせえ」 テレビ電話が繋がった直後にそう言って切ろうとした理事を制す。 「ああそうか。じゃあ月三〇万でどうだい?」 「六〇万」 「……三五」 「八〇」 「ちょッ、……五〇」 よし、二〇万アップ。今回は勝った。……というか月? 月々? あれ? ずっと此処で世話するのか? ……まあいいか、聞くのが面倒くせえ。 ポケモン達の餌代がばかにならないからな。金はあって困ることはない。うん。いくらリンドウとサナがどうやって手に入れたか聞きたくない(つか聞くのが面倒くさい。)ほどの金を持っていても、な。 「じゃあそれで。んで? なんなんだ? アイツ」 俺の言葉に、理事は「あー」と唸った後に苦虫を噛み潰したような笑顔で、 「詳しく話すと面倒事が増えるよ?」 「……んじゃあ適当に」 「はいはい」と苦笑いからいつもの微笑にシフトしながら、いつもどおり世間話でもするような口調で話し出す。 「まあ簡単に言うと、ある組織の実験体だね。ジジイ共に内緒で調べていたら偶然網にかかってね、保護したんだ。もう一体、成功体と呼ばれる方が居るらしいけどそっちは捜索中」 「……へえ。そうか」 それってアキラか? 頭ん中に浮かぶのは無表情な、顔の左側に包帯を巻いた小さな少女。てかなんでナナは見たところ無傷でアキラは傷だらけなんだ? つい でに気になるのはナナの服装は白いブラウスに群青色の長めのスカート、それに対してアキラの服装はリンドウの服装をミニサイズにして黒いジーンズを丈の短 いホットパンツに変えたような……寒いだろ。……まあいいか、なんかありとあらゆるものが面倒くさい。なにかあったら誰かがどうにかするだろ。 ……何の話だったっけ? 「ああ、そうだ。ムクホークは無事に着いたかい?」 思い出す前に理事の野郎に話題を変えられた。 「ん。ああ、まあ、無事っちゃ無事だな」 多分。生きてるし。ウィンディが温めてるし。 「そうか。なら届けた書類の追伸、どう思う?」 「あ? 追伸?」 流し読んで机の上に放ってしまっていたA4の用紙をもう一度手に取る。 右端にふられた番号が一番最後の紙の下の方、小さく『PS,防火兼、進入者を閉じ込めるためのシャッターをカッターナイフで切り裂くのは可能かな? ちな みにこのシャッター安全面に全く配慮がなくて何か挟まれてもそのまま押し潰してしまうんだよ。まったく、ジジイ共が進入者対策しか考えないもんだから』と 整った手書きの文字で記されていた。 蛇足多いな。しかしなんだこりゃ。まあ、普通に考えれば無理、だな。……だが、ねえ? 「あ゛ー、なんつうか、普通だったら『無理だろ』で終わるんだろうが、リフレクターとてっぺき(鉄壁)発動させたメタグロスを素手で砕き殺した男を知ってるからなあ。ありえなくは無い、って感じで」 まあ、殴った方の左拳も粉砕骨折して全治二ヶ月だったが。此処の家事機能が完全に麻痺したな、うん。死ぬかと思った。 「苗字は『キリュウ』に決定ーッ☆ みんな拍手ー♪」 いきなり響くのは、結構離れてるのにとてつもなくよく響くサナの声。その後に続く「いぇー!!」とか「おー!!」とかいうリンドウとアキラ以外の混声。 それを聞いた理事は、「あはは」と破顔すると、 「なんだか楽しそうだねえ。……あれ? もしかして保護した子の名前とか決めてるのかい?」 「あーそうだわ。何か問題でもあるか?」 「いや? 全く問題ない。戸籍もそっちで何とかしてくれるともっと問題ない」 「電話で言うことじゃねえなそれ。まあハルががんばるだろ。なんか気に入ってるみたいだし」 俺の言葉に理事の野郎は一瞬「?」と首を傾げる。が、直ぐに思い当たったらしく「ああ」と頷く。 「アマツの所はいろんな人材が居て良いねえ。ホウエンのポケモンリーグ六位とか小さなハッカーとか。ああ、あとダークポケモンを引き取った娘(こ)のその後の経過はどうだい?」 「ああ? なんか知らないうちに心開いて、今じゃ突然の雨から身を挺して庇われてるみてえだよ。ドククラゲにベトベトン、しまいにゃメタグロス、全部まとめて『かわいい』だそうだ」 頭ん中に浮かぶのは金髪碧眼丁寧語娘。その手持ちの内のゴツイ三体。ドククラゲとベトベトンは五年前の冬、メタグロスは去年の夏あたりに保護というか奪ったというか、まあ思い出すのも面倒くせえ事があったときに手持ちに加わったんだっけか。 んで、そのダークポケモン。遠い海の向こうにあるオーレ地方、そこの『シャド−』とかいう組織が意思を封じ、機械のように命令に忠実な兵器としてのポケモンを作り出した。そんでなんだか知らんがその組織は壊滅。だがその技術はアンダーグラウンドな世界に広まった。 個人的には、命令に忠実なポケモンを使うならば機関銃でも買った方が手っ取り早いと思うんだが。命令という面倒くせえプロセスが要らねえし。メンテナンス も生き物は面倒くせえだろ。炎が要るなら火炎放射器や火炎瓶、ガソリンや灯油でもいい。電気はスタンガンとか。凍らせたいなら液体窒素でもぶっかけろ。 ……じゃあなんで面倒くせえのに俺はポケモントレーナーなのかってなりそうな考えになってるな。 信頼さえできればこいつら以上に頼りになるやつらは居ない。ああ、リンドウとかも頼りにするが。じゃあ、以上ってのは言いすぎか。まあいいや面倒くせえ。 ダークポケモンを使うやつらが『武器』として扱っているのなら、俺は『戦友』、か? ……なんでこんな思考をしてるんだ? ……ああ。理事のバカがダークポケモンのことを言ったからか。 つか、ポケモンを『道具』だ『武器』だとか言ってるやつらはまともに『体調管理(メンテナンス)』しないのが多いよなー。俺が知ってるので寒さすら覚えた体調管理をしてたのが一人、居るには居るが。 などと考えていると、画面の向こうの理事が手を上下に振りながら「おーい。帰ってこーい」とかほざいている。 「なんだよ」 「いや、なんだか違う世界に旅立ちそうだったからね」 「あーそうかい。旅立つのが面倒くせえから戻ってきたぞ」 会話しながら理事は何がおかしいのか、フフッと笑う。昔からよく笑ってるよなあ。眼は笑ってないことが多いが今日の会話だと本気で笑ってるな。 「いやー、アマツ。充実してそうだねえ。昔の君とは別人みたいだ」 充実、ねえ。仕事の依頼は来ねえけど面倒くせえことが面倒くせえくらい転がり込んでくるが、これって充実か? ……ああ、 「まあ、充実してるかはわからねえが退屈はしないな。良い意味でも悪い意味でも。というかマジメに働いてたら嫁が子供連れて出て行って離婚届け送りつけてきたっつーのに、不マジメにいたらなんでこんなに人が増えんだよ」 俺は多分苦笑いで言ってやった。 つか何の為に電話したんだっけか? ……ああ。雑談? |