第六話『獣達の夜』


「そろそろ良いのではないのでしょうか? ねぇみなさん?」

軽く嘆息しながら私(わたくし)は広く、明るい、石色の地面の部屋の中にひしめく方々にそう問いかけます。

「うっさい黙っとれボケ化け猫ッ! このアホ共、いっぺんシメんと気ぃ治まらんわ!」
「ほぅ? 妾(わらわ)たちをシメるとな?」
「身の程知ってからそーいうこと言え、バカが」

なんだか一触即発を体現したような空気が充満しています。普段はまったりとした雰囲気の心地よい空間なのですが今はあまり心地よくありません。
その発生源は、先程私(わたくし)を怒鳴りつけた雄(だんせい)。ピンッと立った耳、鋭利な爪。意外なことにサラサラの尾。雪色の体毛に映える片耳や前脚 (りょううで)の先は血色。ヒトにはポケモン――ザングースと呼ばれる方。名前はマステマさん。普段は中心になって騒いでいる楽しい方なのですが、ちょっ と熱い所がありまして、その熱さがマステマさんの目の前の二匹(ふたり)の雌(じょせい)に向けられています。
一匹(ひとり)は高速で羽ばたく背にある四枚の薄い羽で宙に浮かぶ、大きく開いた足下が特徴の、ビークインと呼ばれる方。お名前はまだ教えていただいてないので不明。
もう一匹(ひとり)は逞しい四肢で立つ艶めく黒毛をなびかせる、鋭い視線を飛ばす、レントラーと呼ばれる方。やはりお名前は不明。
できることなら他の四匹(よにん)のお名前も教えていただきたいのですが。ちょっと無理なようですね。私(わたくし)は正方形に造られた部屋の一つの角に陣取った、四匹(よにん)に視線を向けます。
まず視界に入ったのは小さな島かと見間違える、立派な背中をお持ちのドダイトスさん。
次いで、その背に生えた一本の樹木の上にうつ伏せに乗りかかって鋭利なカギ爪の生えた前脚(りょううで)で頬杖をついて飾り毛の付いた耳をパタパタ動かし ながらニヤニヤと笑っているニューラさん。その隣、同じく背にある鋭く尖った岩にペタリ、と張り付いた桃色の軟体、トリトドンさん。
最後に、なんだか疲れきって熟睡してしまっている、大きな口に四枚の翼膜の張った大きな翼を持つ大きな蝙蝠。クロバットさん。
マステマさんと睨みあっている二匹(ふたり)を含め、私(わたくし)のトレーナー――適切な言葉が思いつかないのでこう呼びましょう。――リンドウがソノオタウンからの帰り道に拾ったヒトの雌(しょうじょ)の周りに居た方たちでございます。
さて、このピリピリと刺すような空気。事の原因はよくわかりませんが、些細なことだったと思います。それが何故か悪化しマステマさんとあのお二方が険悪なムードを作り出すことになってしまっています。
困ったことに今にも暴れだしそうな雰囲気の三匹(さんにん)。マステマさんはその鋭利な爪を振りかざし、レントラーさんは唸りながら牙を剥き、ビークイン さんの周囲には光が浮かぶ、……マステマさんはそうですが、他のお二人もかなりの強さを感じます。私(わたくし)の経験がそう告げています。まぁ、悲しい ことにあまり当てにはならないのですが。

「マステマ。尻尾の先踏まれたくらいで熱くなるなや。みっともない」
「落ち着きましょう? マステマ?」

トレーナーであるルオウさん同様、少々訛りのかかった口調で今にも斬りつけそうなマステマさんにそんな二つの声がかけられました。……というか、本当に些細なことでした。
呆れた口調で言ったのは陽光のように輝く毛皮を纏った金狼――グラエナのミカエルさん。
可愛らしいボーイソプラノで宥めたのは、頭にある夕日色の二つのお花がチャームポイントの小さな雄(おとこのこ)――キレイハナのアガレスくん。

「ああ!? コイツが俺の尻尾踏んだ後何て言うたかわかるか!? 『邪魔だ』やぞッ! あの無愛想なリンドウでも踏んだら『すまん』くらいは言うで!!」

前脚(りょううで)を振り回し、最後にレントラーさんにビシッと影色に鈍く光るその爪を指すマステマさん。……事実は事実ですが、酷い言われようですねリ ンドウ。もう、かれこれ二〇年程一緒に居ますが、確かに無愛想すぎますね。ルオウさんのように馬鹿笑いしろとは言いませんがもっと皆さんに分かるように笑 うと良いと思います。
なんとなくですがマステマさんが怒っている理由は理解りました。何故ビークインさんが参加しているのかは不明ですが。
無言の時が過ぎていく程に、険悪な空気はさらに密度を上げ、この場を離れリンドウの部屋へでも駆け込んでまったりしたいという思いに駆られます。

「う、ふ、ふ〜ッ。楽しかったのですよ〜」

そんな空間の空気を全く意に介さずに心の底から楽しそうな弾んだ声で此処、地下二階の、壁は四方を囲うものだけ、という開けた部屋に踊るようにクルクルと 宙を回りながら入ってきたのは、裂けるように大きく開かれた口を笑みの形に歪めた、薄影色の身体に淡い空色の光を纏った、影――ゴーストのアスタルテ。呼 びにくいので私(わたくし)たちはアス、と呼んでいます。
ミカエルさん同様、色違い、とヒトに呼ばれる個性を持った雌(こ)。リンドウとの付き 合いは私(わたくし)よりも短く、一〇年程。リンドウや私(わたくし)たちと付き合いは一〇年ですが、ヒトとの付き合いは長かったので、私(わたくし)た ちと同じくらいまでにヒトの話している言葉の意味や書いた文字などを理解しています。……もっとも、此処に居る方々であまり理解できていないのは、パチリ ス――パチチちゃんくらいですか。でもそれも幼いのが原因ですし、もう少し時間を経たらもっと理解るようになるでしょう。
このことをハルちゃんに聞かれていたアマツガハタさんは何と答えていましたでしょうか。……確か、『他の動物とは違う、人間よりの高度な学習能力』、でしたでしょうか。
まぁ、三毛猫さんや柴犬さんたちよりも長く生きるのですから、当たり前、といえば当たり前ですね。
……伝説や幻と呼ばれる方や一部の方はヒトとの接点が無くともその言葉や文字を理解したりもしますが。

「トルスタヤちゃんのは大きくて、でも張りがあって触り心地が良いですね〜。あぁ、でもハルちゃんのいかにも成長途中、っていうのも良いですしカスミモリさんのトルスタヤちゃんよりも白い肌でおっとなーな感じのも、ナナちゃんの控えめなのも――」

ハイテンションに何かを語る満面の笑顔。お風呂にでも乱入したのでしょうか、カスミモリさんと一緒に。
その宙に浮かんだ両手には、それぞれ何かを持っています。
右手には何か、絵の描かれた箱。左手には鈍く光る、金属製のネックレス、でしょうか?

「――リンドウのがっちりとしたのも良いけど、ルオウの引き締まったのも……あぁアマツガハタも意外と良い感じなのですよね〜」
「アス。何持ってる?」
「痛いッ! 歩きますから尻尾で叩かないでくださいよレイン。重いんですから」
「当たり前。アタシの方がフレアより大きい」

「あぁッ。アキラちゃんはどんな感じなのでしょう〜」と、くねるアスに話しかけたハスキーで平坦な雌(じょせい)の声。それに続く、少々高めの声色の雄(おとこ)の声。
ズリズリと背に自分よりも大きいモノを背負って、もこもこの炎色の毛皮を纏った、クリッとしたつぶらな瞳の愛らしい雄(おとこのこ)は歩み寄って来ました。……弟に愛らしいなどと言わない方がよろしいでしょうか。でも事実なので良いでしょう。
私(わたくし)の弟、ブースターのフレアの背には私(わたくし)やフレアと同じ、イーブイと呼ばれる種族からの進化系、アジサイ色の身体に魚のような尾、シャワーズのレイン。

「フレアくん? 雌(おんなのこ)ぉに『重い』は禁句やでぇ。リエルにそれ言ったケムエルがどうなったか教えよか?」
「エキドナッ。あれは事故やから。うん、とても不幸な事故やからッ」
「ケムエルッ!! そないなこと言うたんですか!?」

フレアに話しかけた雌(じょせい)は、エキドナさん。ミロカロス、そう呼ばれる、煌びやかな美しいしなやかで長い身体を持つ方。
それに反応したのは、まるでカスミモリさんのよく着るヒラヒラとした一繋ぎの服を着たヒトの雌(じょせい)のような姿、サーナイトのガブリエルさん。同じ、ラルトスからの進化系であるエルレイドさん居るので『エル』ではなく『リエル』と呼ばれています。
マステマくんに問い詰められているのは、「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」となんだか思い出したくないことを思い出したのでしょ うか、若草色の身体と背に生えた翼を丸めガクガクと震えながら呟いている、フライゴンのケムエルくん。朝日色の瞳を覆うモノのせいでよく見えませんが、目 は虚ろな気がいたします。

「で? その手に持ったものは何なのじゃ? 地球……連邦? などと書いてあるが」

ビークインさんが興味を持ったのは右手の箱。マステマさんへの興味は失ったのか、宙に浮かぶアスに向かい飛び、箱を覗き込みながらそう言います。好奇心が旺盛な方なのでしょうか。だからマステマさんとレントラーさんの言い争いにも参加していたのでしょうか。

「ハルちゃんに貰ったプラモデルなのですよ〜。ネット通販で個数間違えて注文しちゃったらしくて、一個貰っちゃいましたッ」

えへへへ〜となんだか嬉しそうに笑うアス。あの雌(こ)はこういうのが好きですねぇ。「ワンオフのも良いですけど、量産型は渋くて良いものなのですよー」とビークインさんに語っていますが、理解してもらってはいないようです。私(わたくし)もよくわかりませんし。

「おい、色違いゴースト。そっちの手で持ってるのは何だ?」

と、聞くのはレントラーさん。此方もマステマさんへの興味は失われているようです。
怒りの限界に達したマステマさんは、レントラーさんに飛びかかろうとしましたが、リエルさんの桃色のチカラ――ヒトの呼ぶ“サイコキネシス”で石色の地面へと押し付けられています。私(わたくし)と違い、中距離でも高威力を維持できるなんて、羨ましい限りでございます。

「ぼくはアスタルテという名前なので今度からそう呼んでくださいね〜。昔は『クレメンティーナ』とか『シャドウ』とか呼ばれたのですが今は『アスタルテ』なのですので。よろしくお願いします〜」
「……フン。じゃあアスタルテ、その手に持っているのは何だ? プラモデル、とかいうのじゃない方だ」

意外と素直な方だったレントラーさん。マステマさんの時はいきなり怒った彼に反感でも湧いたのでございましょうか。

「あ、これはですね〜、スーナさんが服と一緒に届けてくれたんですけどナナちゃんとアキラちゃんが「要らない」って言ってたので貰ったドッグタグです〜」

と、レントラーさんの目線の高さまで降下し、左手に持った細長い鎖のついた二つの金属のプレートを見せています。
スーナさん――ヒトトセさんの所のキルリアさん――ですか。リンドウが持てなかった衣類を持ってきてくださったのでしょうか。少々興味があるので私(わたくし)も覗いてみましょう。
あ……ちょっと高くて見えない。この小さな身体を恨めしく思っていると、

「あの若作りがどうしたってぇ?」

雷のように響く声で私(わたくし)の隣にトテトテと来たのは、タンポポ色の身体に長い尾の先の林檎色の珠――デンリュウさん。この部屋の中、比較的若い方 々がたむろっている此処とは別のスペースにたむろしている方々の一匹(ひとり)で、そちらでは私(わたくし)より年上の方たちが落ち着いた雰囲気でお話し しています。

「なんだかスーナさんが服と一緒に、今アスの持っているドッグタグを持ってきてくださったらしいですよ」

 私(わたくし)が返すと、

「へぇ。あたしにも見せてくれるかい?」
「はいなのですよ〜」

笑顔を絶やさずにアスがデンリュウさんの目の前までドッグタグを持った手を飛ばします。ちょうど私(わたくし)も見える位置なので、後ろ足で立つようにアスの手によりかかり覗き込んでみます。
アスが戦闘モードに入っていなかったおかげで前足をチカラで纏わなくてすみました。戦闘モードに入ってしまうと灰色や土色のチカラや、何のチカラも纏っていないモノを透過してしまい、触れられなくなってしまいますから。
除き込んだ影色の手の中、二枚の角の取れた四角形をした金属板が擦れ、チャリという音を鳴らします。その表面には何か、文字が刻まれています。
片面には、『NAME:Valkyrie』『BLOOD TYPE:O』などが刻まれ、もう一方の面にはデザイン化した『G』の文字、それを覆うように刻まれた、翼をデザインした『W・R』の文字。何らかの意味が込められているのでしょうか。

「ほぉ、で? これはどうするんだい?」
「ぼくが貰ったものなのでぼくの宝箱に行く運命(さだめ)なのです」
「妾たちはそんなもの欲しくもない故、勝手にせい」
「ワタシも要らないですよん」

デンリュウさんが言外に込めた「確かこの仔たちのトレーナーの持ち物だろう?」という問いかけにビークインさんと、何時の間にか此方に来ていた桃色の毛並みの楕円な身体――プクリンさんが答えます。

「う、ふ、ふ〜。じゃあぼくはこれ仕舞ってくるのです〜」

晴れてアスのものとなったドッグタグを振り回しながらプラモデルの箱も桃色のチカラで浮かべながらヒューっと飛んで行――

「あ。そういえば、呼び名とかあるのですか? プクリンさんやビークインさんたちには」

――かず、そんな疑問を口にする薄影色(アス)。私(わたくし)も聞きたかったことですので、どう返ってくるのか気になります。

「ワタシはプクリンと申します。よろしくです」
「呼び名とな? ……そのようなこと、考えたこともなかったわ。のう?」

プクリンさんはプクリンさんで良いようです。
しかし、ビークインさんを含め、あの人間の雌(しょうじょ)と一緒に居た方々は一様に首を傾げるばかりでございます。
私(わたくし)はルシアやメテオと違いヒトの元で生まれたので詳しくはありませんが、野生、と人間たちに呼ばれている方(ポケモン)たちにも呼び名は存在 するはずです。山に居た頃に聞いたことがございますし。それすらも無い、となると、一体どういった環境に居たのでしょうか。

「まぁ君たちはワタシなんかと違ってエリートですからねぇ。個体の能力の高い、という理由で産まれてすぐ選ばれたんですよねぃ?」

プクリンさんはそのつぶらな瞳を細め、冷たく笑いながらビークインさんたちに声をかけます。この部屋の空気を凍らせるような冷たい言葉。しかし、

「おお、そうじゃな。あの雌(むすめご)のため集められたモノ共の内、最終的に残ったのが妾たちじゃ」

全く意に介さず両手を横に広げ、仲間である五匹(にん)を指し示す女王(ビークインさん)。しかしその声には自信も誇りもなく、ただ、そこに宿るのは、痛み。

「だが、エリートかどうかはわからんぞ」

それに続く、低く、渋い、雄(だんせい)の声。仲間内での内緒話にも沈黙を守っていた森色の巨体――ドダイトスさん。

「はぁん? どういうことですか?」

軽く、何を言ってるんだコイツは、という雰囲気で少々嫌味な声で聞き返すプクリンさん。……この方、嫌いな方にはとことん冷たい方な気がいたします。

「我らはあの雌(むすめ)の爪に外殻となる為だけに生まれ、そしてそう求められた」
「えぇ。良いじゃないですか。トレーナーが一人だけなら、一緒に居た人間が死ぬのは経験してないでしょう?」
「ああ。その経験は幸いにも無い」
「じゃあ十分じゃないですか。ランクは高いんですから上のランクのヤツラから理不尽なこと言われたことないでしょう?」

なんだかとても込み入ったお話をされている、というかプクリンさんが止まらなくなってきています。全く興味の無いお話なので聞き流してしまいしょう。私(わたくし)の耳がパタパタと自由に閉じられるようになれば便利ですねぇ。などと思っていると、

「アワワワワワワワワワ。なんなんですかこのギザギザはッ!?」

いきなり、そんな甲高い叫び声。声を上げたのはドダイトスさんの上に居たトリトドンさん。そのすぐ隣に浮かぶ血色のギザギザ模様。と、いうかあれは……。

「ラードゥガぁ。その雌(おじょうさん)驚いてるからそれくらいにしといた方が良いと思うぞぉ」
「え? あ。ごめんなさい。ずっと上にいたからチラッとしか見れなくて、しっかりと見とこうかと思って」

年上スペースからの間延びした、低い声。その発生源は菫色の粘体(だんせい)。その柔らかな、粘性の身体の上に白黒の毛皮の獣――アブソルのジーズニくん と、山吹色の小さな身体に、頭に大きな触覚を持つ――クチートのパドールガちゃんが気持ちよさそうに寝ている、ベトベトンのパビェーダさん。彼の種族の方 には何度か会ったことがあり、その経験からいえばあまり好ましくない臭いが漂うはずなのですが、何故か彼からはミントのような爽やかな香りがするんですよ ね。落ち着く良い匂いでございます。
その声を受けてトリトドンさんの隣に、彼女を覗き込むように前傾姿勢で姿を現したのは、若草色の身体、その お腹に血色のギザギザ模様のある、カクレオンのラードゥガくん。姿を周りの景色と同化させることのできる雄(おとこのこ)でございます。お腹のギザギザ模 様以外は、ですが。
彼は上の階でリンドウたちと一緒にいたはずです。解散したのでしょうか。

「ラードゥガー? あんた、お腹からダイブしたんだから大人しくしときなさいな」

少々ハスキーな雌(じょせい)の声。アスと同じように宙に浮かぶ闇色の影。その首元には血色の球体――ムウマのムゥさん。その小さな身体の周りには桃色のチカラで浮かんでいる白い球体。私(わたくし)の記憶が確かならばあれは、プレミアボール。それが六つ。

「はーい。そうしますー。じゃ、明日にでもお話ししましょうねー」
「ニャハハ。面白いやつだニャ?」

ピョンっとドダイトスさんの背から飛び降りるラードゥガくん。そのままサササーっと部屋の奥へと消えてしまいます。
その姿を見ながらニタリ、と笑うニューラさん。耳の飾り毛が短いので雌(じょせい)なのは確かなのですが少し雄っぽい(ぼーいっしゅ)な感じがいたします。

「あー。そだ。あなたたちのボールのロック機能外し終わったんで返しとくわよ?」

「なんで洗脳機能は無いのにロックは付いてんのよ」と呟きながら白球をプクリンさんを含めた七匹(にん)に向かって桃色のチカラで飛ばすムゥさん。ちなみに、ロック機能を外したのはハルちゃんかカスミモリさんで、ムゥさんではないはずなのですが。
私(わたくし)たちが入るボール。詳しいことはよく存じませんが、私(わたくし)たちポケモンと呼ばれる生き物が持つチカラを封じてしまう、キャプチャー ネットと呼ばれる糸状の物質と球状の外装、それが一〇年ほど前まででのボールの基本なのですが、最近生産されている物には内側から(私(わたくし)たちの 意思で。)外に出ることを出来なくするロック機能や、人間に対する不信感を軽減し余程のことが無い限り敵意を抱かせなくする洗脳機能などが付加されたボー ルも多くなってきているそうでございます。

「はん? みなさんも洗脳されてないんですか?」
「ニャ? あの雌(こ)を守る為だけに生まれて育ったのニャからそんなもの要らないのニャ。でもありがとなのニャ、あの雌(こ)が危ない時のロック機能は邪魔だったからニャ」
「ケンタはそういうの嫌いやからねぇ」
「ソーニャもそうらしいなぁ。なぁ? バリバーぁ? グロザーぁ? ……あぁ、私以外全員寝たかぁ」
「アマツもなんか面倒くさいって言ってロックすらないボール使い続けてるからねえ」
「サナもなんか嫌いらしいわよ。ツマラナイとか言ってたし」
「私(わたくし)達もただ丈夫なだけの古いボールでございますからねぇ」

此処ではなく一緒の部屋で寝ている為この場には居ませんが、ハルちゃんがトレーナーの方たちも洗脳されていません。

「そろそろ私も寝るのでぇ。また明日ぁ」

パビェーダさんがその身体をズルズルと動かしお仲間が寝ているスペースへ移動し始めると、

「あ、あたしもッ」

少しだけ慌て、若干顔を赤くしながらその後を追って行くエキドナさん。その姿が可愛らしくて、微笑ましい限りです。

「あたしも寝ようかねえ。年取ってきたから夜更かしできないんだよ。アーボックとかエルレイドも最近寝るの早いしねぇ。ケッキングのバカは年中寝てるけどさ」
「じゃあワタシも寝ますかね」

デンリュウさんとプクリンさんも、何か通じ合うものがあったのか、なにやら話ながら同じスペースに向かいトテトテと歩きだし始めます。

「相変わらず、多すぎて会話が成立しない」
「それは仕方ないですよレイン。さ、僕たちもそろそろ寝ましょうか」
「じゃあわたしたちも、行きましょう? アガレスさん?」
「そうですねー。リエルさん」

「うむ。さあ行こうフレア。ワタシたちの愛の巣へ」「ちょッレイン! 恥ずかしいですし、巣でもなんでもないでしょあそこは。――ッ。痛いから尻尾は止め てくださいってば」とイチャイチャと自分たちのスペースへと移動する二匹(ふたり)。それに続く、アガレスくんをヒトでいう胸の辺りに抱えたガブリエルさ ん。
ミカエルさんは無言で離れましたが、マステマさんとケムエルさんはギャーギャー、ブツブツと動こうともしません。それを見たガブリエルさん が微笑を浮かべたまま発動させた桃色のチカラで、ブゥンッと部屋の壁まで叩きつけられてようやく静かになりました。普段はおしとやかな方ですが、ルオウさ んのパーティで彼女が一番権限を持っているのではないでしょうか。

「ニャ。あの雌(こ)も寝たようだニャ。あちしたちも寝るニャ」
「ん? なんでそんなことがわかるのかしら?」
「そういう風に改造されたのニャ。六〇匹(にん)居た仲間があちしを入れて六匹(にん)にまで減るような成功率の手術だったのニャ」
「わぁー。大変だったのですね〜」

「まぁ受信機能のみだがニャ。おやすみニャ」とニューラさんの言葉が終わると、ドダイトスさんがクロバットさんやビークインさんたちが居る角へと歩き始めます。ニューラさんは意外とおしゃべりな方のようです。詳しいことは明日にでも聞くことにいたしましょう。
二つの影(おふたかた)は寝る気は無い様で、何処かへ飛んでいってしまいました。

「サン。何をしているんだ? ボーっとして」
「あら、ルシア。いえ、寝床へ向かう皆さんを見送っていただけですよ」

現れたのは若草色の巨大な身体――バンギラスのルシア。目元を太い腕で擦っているのは今まで寝ていたからでしょうか。

「ふぁ。またよくわからんことを、――いや、狩りの後、血溜まりの中で月が綺麗とか言うようなやつだからな貴様は」
「ふふふ。そんな私(わたくし)が好きなくせに」
「あーはいはい。頭の中が蕩ける前に寝た方が良いぞ」
「あら、つれない」

トンっと地を蹴り、金属のように堅い身体に脚をかけ一気にルシアの頭の上まで駆け上がると、リンドウより少し高い視点で、まるで自分自身が大きくなったような錯覚に浸ることができます。
二又の尾をその背にある棘の一本に絡めながらうつ伏せに寝転がり、ぺロリ、と眉間の辺りを舐めると、

「俺は食い物ではないぞ。まだ死んでない」
「これは食欲ではなく愛情表現でしてよ」
「……莫迦者が。ほれサン、貴様は今日は何処で寝るんだ」

少し顔を赤らめながら言ってくるルシア。あぅ、なんて愛おしいんでしょう。

「あなたと一緒でしたら何処でも構いませんわ」
「……。じゃあ此処でいいか」

そういって、此処――部屋の中心に座り込むルシア。横にはならず、座り込んだまま瞬く間に寝息を立て始めます。
私(わたくし)はルシアの頭の上で瞳を閉じます。

「おやすみなさい。大好きですよ、ルシア」

一日の最後に、そう呟くのは最早日課でございます。

 


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