第九話『朝』


「……まだ掴んでいるのか貴様は」
目が覚めて、私の第一声はそれだった。
窓など無い地下にあることに加え照明は全て消えている為、この部屋のほとんどを濃密な闇が覆っているが、髪を掴まれた違和感は未だ残っていた。
「……ん、ん。……おはよう? リンド」
「おはよう。その手を離してくれるとありがたいのだが」
「ん」
返事なのかは不明だが、その一言の後、頭の違和感が消える。そしてのそり、と起き上がる気配。
「まだ寝ていて構わないが」
立ち上がりつつ私がそう言うと、
「いっしょに行く」
「そうか」
壁際のスイッチを押し照明を点ける。黒かった世界が暖色に塗り変わる。
背後で軽くも重くもない、トンッという音。それと同時にペタリ、という柔らかい音が響く。
振り返る。そこには、その長い髪は寝癖でうねり、眠そうに右目を擦る少女が居た。左の包帯は外してあり、縦にはしる切傷が見える。先ほどの音はベッドから降りた際の音だったか。
ハルの黄色い寝巻きを纏った少女――アキラは、軽く首を傾げながら、
「どうした?」
私を見上げ、そう聞いてきた。そしてそのまま私の服の、通る腕が無いために垂れ下がった右袖を掴みそのまま歩き出そうとする。
「待て、アキラ。これに着替えろ。朝は暖房が効くまでは寒い」
昨夜畳み、机の上に置いておいた黒衣を掴み放る。
「ん」
受け取ったアキラはもぞもぞと着替え始めた。
私も着替えよう。クローゼットから黒いシャツを取り出す。と言ってもこのシャツしか種類は無いのだが。……ジーンズはそのままでいいか。
左手でボタンを閉め、終了。やはり片腕が無いのは不便だな。右腕も有ったのは生きてきた三分の一も無いが、やはり有った方が良い。もちろん右眼も。視界が狭い。
現在の時間は〇五〇〇時。ハルやトルスタヤたちの起きる時間よりも一時間半程早いのだが、本当に寝ていなくて良いのだろうか。
そう思い、着替え終え、猫のような伸びた声で欠伸をしているアキラを見る。やはり眠いのではないだろうか。

「行かないのか? リンド」
ふむ。行く、ということは彼女の中で確定しているらしい。
「ああ、すまん。行こう」
ならば仕方ない。行くとしよう。部屋を出る前に本棚にある薄いが大判の本を三冊抜き、薄紅色の鎖を手首に巻いたアキラの左手に引かれながらこの部屋を後にした。しかし、幼い頃の自分の服を着られるというのも不思議な感じがする。
……照明を消すのを忘れたのに気が付いたのは随分と後、台所で朝食が完成した頃だった。


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わたしは走っていた。何故だかはわからない。木々の繁る、その中を息を切らし汗まみれで走っていた。ずぶ濡れで。
「大丈夫か?」
息も絶え絶え、ゼーゼーという呼吸音をさせながら、わたしの前を走る男が振り返りそう聞いてくる。
「ええ。まだ平気です。……あなたの方が大丈夫に見えないんですけど」
自分も呼吸が乱れているくせに強がるわたし。戦闘技術は並だけれども、こういう思考は得意だ。造られた身体に刷り込まれた知識、それに宿った心は多分歪んでいる。
「ははッ。舐めるな、俺はまだ二二だッ」
まだまだ若いぜー! と疲労で歪んだ笑顔で返してくる。
それを見て、なんだか無性に可笑しくなった。この切羽詰った状況で、尚も笑えるのか。
……そうだ、今の状況は最低で最悪なんだった。
背後からの人間の怒声と殺意を纏ったポケモンの鳴き声がそれを実感させる。
「というか、ユウ。あなたのマンタインが致命傷受けて、そのおかげで濡れ鼠の状態で森の中を逃走中なんですけど?」
「仕方ないだろッ。逃走用に最近捕まえたやつなんだからよ」
「指示くらい聞くようにしといてくださいよ……きゃッ」
右足を擦(かす)った何かが皮膚一枚切り裂いた。微かな痛みに悲鳴を上げるわたし。この程度で。情けない。
背後の声が近くなる。数は人間が二にポケモンが二、人間はどちらも男。
ユウの「大丈夫か!?」という言葉に、大声で返しながら振り返る。確認できるのは男二人と細長い、鼬のようなポケモン。確か――マッスグマ。それと空を飛ぶ、鋭利なシルエットをした鉄色の鳥――エアームド。さっきの『何か』はエアスラッシュか何かか。
どちらもかなりの速度を出せるポケモンのはずだけれど、木々の乱立する此処では思うように速度を上げることができないようだ。
地の利は此方にある。でも――

「ユウ。この森って後どれくらいあります?」
「ええ!? えっとな、今三分の二は来たから……後少しで二一八番道路に出るはず!」
――つまりは地の利が無くなる。
それ以前に、想像以上に濡れた衣服は身体に張り付き体力を奪う。体力がそれまで続くかもわからない。
でも打開策なんて浮かぶはずも無く、結局、変わらず死力を尽くしての逃走は続く。

「なあ、木登り得意か?」
二匹との距離が縮まり射程に入ったのか、不可視の刃と冷気を宿した光線が雨のように降り注ぐ中で併走していると、唐突に男――ユウは聞いてきた。
「え? まぁ出来なくもないですけど」
「そっか。じゃあ、俺の手持ちであいつらの視界一回覆うからその間に登って、奇襲頼むわ。逃げ切れねぇ」
「はぁッ!?」
わたしの驚愕は彼には伝わらなかったようで、「んじゃ行くぞ。三、二、一!」などとカウントダウンし始める。
そして〇(ぜろ)のカウントと同時、彼はクルリと振り返り赤白の珠――モンスターボールを放り投げた。わたしもそれに刹那遅れてボールからプクリンを出す。
「がんせきふうじ(岩石封じ)!」
閃光と共に現れたのは、背中に火山を持つ赤褐色の毛並み、四肢は短く、ラクダと牛を足して二で割ったようなポケモン――バクーダ。それと桃色の毛並みに大きな瞳――プクリン。
ユウの指示の下、バクーダは後ろ脚で立ち、前脚を地面へと叩き付けた。その足下から薄茶色の光が地面へと伝わる。
嘶きと共に震える大地。
ゴォン、という轟音と共に、わたし達と追手を遮るような形で、岩を積み上げた壁が出現した。飛んでいるエアームドまで届くようなかなり高いところまで存在している。横幅もかなりあり、迂回するのも難しそうだ。
「早く登れ! 俺のポケモン、そんな強くないから破られる!」
ああもう、成るように成れ。近くにあった一際太い巨木へとプクリンの手を借りてよじ登る。その後プクリンはボールへ。
常緑樹なのか、まだまだ葉の残った枝へと身を隠す。直後、わたしに向かい何かが投げられた。
「なんですかッ?」
「持ってろ! んで、お前が狙うのはトレーナーの方な。ポケモンは俺らがやる!」
それはモンスターボール。これってバクーダの? 何故? という問いをわたしがすることは出来なかった。
その直ぐ後には、男の声で「ずつき(頭突き)!」という叫び、というか指示が聞こえ、白色の光を頭頂部に纏った細長いシルエットが石壁を突き破ってくる。その直ぐ後ろに続く鋭角な影。
濛々(もうもう)と立ち込める粉塵の中、殺意と言うしかないものを孕んだ瞳の二匹。
崩れた箇所を抜けながら、「とりあえず殺せ!」というドスのきいた男の声に反応するマッスグマ。前脚の爪が白光を帯びる。
最後に抜けてきた男の、「切り刻め!」という若干裏返った声に反応するのはエアームド。刃のように鋭い両の翼が黒の光を帯びる。
まず動いたのはマッスグマ。ユウに向かい四肢の爪で抉るように地面を蹴る。
次にエアームド。バクーダに向かい翼を広げ風を斬り裂きながら飛びかかる。
ものの数秒でユウとマッスグマの距離は肉薄し、白光を纏う右の爪が彼に振るわれる。あれは、多分――きりさく(切り裂く)。
ユウもバクーダも動かない。バカ、せめて避ける動作くらいはしてよ。そんなことを思う。
刹那。ユウが動いた。わたしは息を殺し見守る。
マッスグマの迫る瞬時のうちに彼が取り出したプラスチックの外装の玩具のような自動拳銃。
マッスグマの爪は彼の胸辺りを抉り鮮血が咲く。それとほぼ同時、彼の右腕の自動拳銃の銃口は、目の前の獣の頭へと突きつけられていた。
乾いた音が二つ響く。いくら強靭な生命力を持つポケモンとは言え、至近距離で頭を打ち抜かれては生きてはいまい。重力に引かれ、地面へと転がり落ちる。
そして、どさり、と地面へと倒れこむ彼。
その直後、白色の閃光が弾けた。
それに続く、音を消し去るほどの轟音。

「ッ!?」

全てを巻き込む破壊の衝撃。わたしの居た巨木も大きく揺れ、爆風は細い木々をへし折りや枝を揺らす、大地の草は地面ごと抉り取られる。何が起きたのか考える。追手の二人が何かした、ということは無い筈だ。二人とも巻き込まれている。
恐らくは……バクーダの――だいばくはつ(大爆発)。
全エネルギーを一気に放出する最後の一撃。使ったポケモンは死にはしないが、しばらくは戦闘不能になる荒技。
弾き飛ばされたのか、つじぎり(辻斬り)によって斬りかかり、バクーダに最も近かったエアームドは見当たらない。生きていたとしても戦闘続行は不可能だろう。
ユウも相当吹き飛んで意識もないみたいだけれど、追手の二人は距離が遠かったこともあってか地面に転がり呻いている程度。
……さあ、ここからはわたしが頑張る番だ。ユウのことも心配だけれども、彼が死力を尽くして作り出したこのチャンス、逃してしまったら申し訳ない。
だんだんと、音が戻ってきた。時間を無駄にはできない。そろそろ行こう。
震える身体に力を込め、右手に安っぽい自動拳銃を握り巨木の枝から飛び降りる。だいばくはつ(大爆発)の直前に、わたしを向いたユウの顔に浮かんだ笑みはどういう意味だったのか考えながら。

※※※※※※※※※※※※※※※※

空間が変わったような違和感。あそこまでリアルな夢を見るのは初めてだ。それにしても、何故わたしはあのまま逃げなかったのか。ユウを置いて逃げてしまえば二人殺すこともなかったのに。
目は開いているけれど視界の中は真っ暗だった。灯りは消えていて、窓もカーテンで遮られているのだろうか。少し汗をかいている。どうやらわたしは横になっているようだ。
というかわたしは何処に居るんだろうか?
確か、ユウと逃げ、追われ、殺し、目指していた場所に辿り着き、彼が死に、……ああ。そうだ、よくわからない、スケアクロウとかいう便利屋だという場所に保護、というか匿われているんだった。
……色々思い出してきたけれど、昨夜のことも含めて思い出したくないことも思い出してしまったような。
「うぅん」
寝言でもないそんな声。でもそれを聞いたわたしはビクリ、とする。とりあえず、この部屋から一秒でも早く離れたい。なんとなく、身の危険、いや……貞操の危機? を感じる。
うん。逃げよう。
こそこそと、手探りで出口へ向かう。
「痛(つ)。……何これ?」
四つん這いで扉に向かう途中、膝で何かを踏んだ。固い何かは、結構痛い。
持ち上げてみようとしたが重い。持ち上がらない。なんなんだろう、石のようだけれど。
形は、三角形に近い。手触りから、頂点にヒビが入っているのが分かる。
……まぁ、どうでもいいか。
どうにか扉に辿り着き、昨夜この部屋に来る時に通ったリビングに向かう。今が何時かは知らないが誰かしら居るだろうし。
「ああ、起きたのか」
「あぁはい。起きました。おはようございます」
廊下に出るとマヒロに会った。何故かウインドブレーカー姿。
「あーおはよう」
「何処か行ってたんですか?」
「ん? ああ……散歩?」
いや、わたしに聞かれても。
何て返そうか迷っているうちに、「ああ、シャワー面倒くせえ」などと呟きながら奥へと歩いていってしまう。
「……なあ、ナナ」
何歩か歩いた後、ふと振り返る白髪混じりの頭。
「なんですか?」
「……ああ、いいや。面倒くせえ」
結局何も言わずに歩いていってしまった。なんだったのだろう一体。


リビングに着くと、なんだか良い匂い。
併設されているキッチンには水色の魚猫――シャワーズを頭に乗せた隻腕の大男が一人。その周りをフライパンや鍋が宙に浮かび、とぐろを巻いた炎にかけられている。
……何かキッチンの使い方がおかしい気が。
「キリュウか。おはよう」
「ん。ナナ。おはよう」
「あ、おはようございます」
大男――リンドウはちらりと此方を見てそう言い、大きな木製のテーブルに着いている髪のボサボサな少女、ヴァルキリー――アキラは開いた大判の薄い本から眼をこちらに移しそう言ってきた。
……ナナ、という名前はまだ七七番などと呼ばれることもあったので違和感はあまり無いが、キリュウという苗字はまだ自分のことを呼ばれている気がしないな。
アキラは何を読んでいるのだろう。ちょっと気になる。
「後一五分ほど待て。それぐらいで完成する」
「あ、はい。わかりました」
テーブルに着こうと入っていくと、キッチンの中が少し見えた。リンドウの足下に二匹のポケモンが居る。
炎を出しているのはモコモコとした毛皮のブースター。桃色のチカラ、多分サイコキネシスでフライパンや鍋を浮かべているのは紫猫――エーフィ。
リンドウは片手で器用に弁当箱に色々とつめている。
「おっはよー。……あれ? 珍しいね。まだできてないんだ朝ごはん」
朗らかに、元気いっぱいな感じで来たのは栗色の髪の少女――ハル。昨日見た服装ではなく、なんだか寒そう姿。なんと言うのだろう、一度だけ見たことのあるバーサーカーVの私服に似ている。
「ああ。何故か洗濯機が壊れていてな、アスタルテが修理している」
「なーる。アスちゃんが居ないからか。まぁ学校には二〇分あれば着くから後一時間は待てるよ。今六時半前だし」
からからと笑いながらこちらに来て席へと着いた。
「おはよッ。ナナさんにアキラちゃんッ」
「おはよう」
「おはようございます」
「あれ、何読んでるの?」
リモコンでテレビを点けた後、テーブルに乗り出しながらアキラへと聞くハル。
「ん。……灰被り?」
「……あぁ。ガラスの靴の?」
「そう。あとはかぼちゃの馬車。……馬車って何だ?」
「えっと……車みたいなものかな?」
「あれ。でも全部同じじゃないですか? これ」
「あ、ホントだ」
アキラの今読んでいるものも含めてテーブルの上には三冊あるけれど、その全てが同じ題名――カタカナだったりするけれど同じ意味――だ。
「ん。絵がちがうから平気」
「ふぅん。リンにぃも同(おんな)じこと言うんだよねー」
ふむふむ、と頷きながら椅子へと座り直すハル。テレビを眺めながら「最近よく出るなー」などと呟く。
何が? とりあえずそちらを向いてみる。
画面に映っていたのは、一人の女性。二〇代前半くらいだろうか。長い黒髪で右目に眼帯を着けている。
なんだかよくわからないが、その女性の紹介としての映像が二、三分流れ、その中で彼女が三大会前――約一〇年前のカントーのポケモンリーグ二位で、決勝で反則負けしたとかどうとかが、悪びれることなく説明されている。

「あの人が何か?」
「ん、まぁ、あまり好きじゃないなーってだけなんだけどね」
「そうなんですか」
「たははー」と苦笑いするハル。まあ、好き嫌いはそれぞれだし別に気にしないけれど。
「あーまだ飯出来てねえのか。もっとゆっくり着替えりゃ良かった。面倒くせえ」
現れたのはよれよれのスーツ姿のマヒロ。バスタオルで頭を拭きながら席へと着く。
「おっはよ。マヒロ」
「あーおはよう。毎朝思うが何で挨拶とかあるのかね? 面倒くせえことこの上ねえ」
なんだかこの中年の思考がおかしいのは気のせい?
「あ、そだ。戸籍作っちゃったよー。歳はナナさんが一五歳でアキラちゃんが一二歳でよかったよね?」
「え? あ、はい。それで大丈夫です」

いや、早過ぎない? 昨日の今日でって。……あぁ、これがサイバーデビルチルドレンとかいう計画の試作体としてのチカラというわけなのだろうか。ま、これは心の中に留めておいた方が無難かな。触らぬ神に祟りなし、という言葉があった気もするし。
「早いですね。驚きました」
「えへへー。ちょっと早く起きてがんばっちゃった」
「それでまたリンドウの払う電気代が嵩(かさ)むわけだな」
「いや、ここってマヒロのでしょ」
「正直、毎月の養育費で金が無え」
沈黙が生まれた。
ちなみに、アキラは絵本に没頭中。両の手首に巻かれた薄紅色の鎖に付いた、紅葉のような形のチャームが揺れる。
「ところで、ナナさん」
「なんですか?」
ハルの可愛らしい顔が此方に向きそう切り出す。その瞳が下から上へと動き、
「着替えないの?」
「え?」

……。とりあえず視線を足あたりに。写るのは全体的にもこもことした黒い生地……。
……あ。寝巻きと言って渡された着ぐるみを着たままだ。

「あ、ちょ、え? ……すいませんッ、わたしの着替えってどこにありますかッ?」
「んな面倒くせえこと知らねえ」
「ヒトトセさんとこのスーナちゃんが持ってきてくれたよね確か。リンにぃ! ナナさんの着替えってどこにあるッ?」
「カナコのキルリアの持ってきた服だったら脱衣所に置いたままだった気がするが」
「ありがとうございますッ!」
昨夜、お風呂に行ったのを思い出しダッシュ。一直線に向かう。廊下であった時にマヒロが言おうとしたのはこのことか!? などと考えながら。


「……あ、おはようございます」
「おはようございます」
脱衣所の洗面台に金髪碧眼の女性――で、いいのだろうか。見た目的にもわたしよりも年上なので『少女』はおかしい気がするけど。まぁいいや。
とにかく、ソーニャ、と呼ばれてる人がとてつもなく暗い顔で居た。昨夜はピンとしていた背筋も心なし丸くなってる。
「どうしたんですか?」
「ああ、いえ、昨日のことでちょっと……」
「昨日?」
「……はい。ハルちゃんの友達が大変なことになっていたのにわたしはケンタさん誘うことしか考えて無くて……。今朝それに気が付いて自己嫌悪してるんです」
あぁ、そんなことで。むちゃくちゃ善人だなこの人。他人のことなんてどうでもいいじゃない。言わないけど。
この人、視界が狭くなりやすいのかな。
「まぁ、それをハルちゃんに言ってみれば良いんじゃないですか? どういう反応するかは知りませんけど」
「そう、ですね。そうします。ありがとうございますッ」
一転、パァっと明るくなり慌てて出て行った。わたしは何もしてないから、ありがとうはいらないんだけどな。
しっかし、手足が長いから動きが大きくみえるなぁ。彼女もハルと同じような服装だった。なんなんだろうアレ。
……何しに来たんだっけ?
……あぁ、着替えだ。どこにあるのか。あ、これかな?
きちんと畳まれ籠の中へと仕舞われた衣服を見つけた。多分これだろう。

「きゃッ」

籠へと手を伸ばした瞬間、右手にドライバー、左手にタオルを持ったゴーストが出てきた。ぬぅっという擬音が似合う感じで。
ええと、洗濯機を直してるアスタルテ、だっけ? 色違いだ。
両手を合わせ、申し訳ない、という表情をしていたのでとりあえず大丈夫と伝えておく。笑顔を作って。
それを見て薄紫のゴーストは笑顔に変わり、洗濯機のあるらしき部屋へと飛んでいった。
さて、着替え着替え。適当に手にとって着替えてしまう。
白のブラウスにチェックの長いスカートに着替え終わる。
「ん?」
何だろう。籠の中に何かある。服以外で。
手に取る。
……。
手に取ったソレは……、紅白の珠――モンスターボール。それと、安っぽい玩具のような自動拳銃二丁。
ボールの中にはバクーダ。あれ、持ってきたつもりだったんだけど忘れてきてたんだ。結構動転してたんだな……。
「ごめんなさいね。ユウじゃなくてわたしが生き残って」
何か返事が返ってくるわけないんだけれども、言いたくなった。そのままボールはスカートのポケットの中へ。
次に拳銃。無造作すぎでしょ。厳重に隠しておく物でしょコレ。というか届けちゃ駄目でしょヒトトセさん。
なんか、ずれてる。歪んでいる。でも普通に暮らしているようでもある。
もうわけがわからない。とりあえず、残りの弾の数を確認。一応逃走中の身であるし。マガジンからバラバラと出てくる弾丸。……あれ、わたしの拳銃の弾が減ってない。これで撃ったはずなんだけどな。
ユウのは減ってる。ユウの拳銃拾って使ったんだっけ。記憶が曖昧で思い出せない。
まぁいいか。行こう。
マガジンに弾丸を入れなおし、これもポケットに入れ、戻る。……着ぐるみは置いてけば良いか。



 


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