第一〇話『胡散臭い神父さん』

「「行ってきまーす」」

と、金と栗の髪の二人が出かけていった。黒の男の作った弁当を持って。『学校』という所に。あの寒そうな服にコートを羽織って。
残った方が「行ってらっしゃい」などと口々に言うのを聞きながら、わたしはテレビの右上に映ったデジタル表示の時計を見ようとそちらに向く。けれどその途 中、テーブルの上に置いた長方形のカードに視線が止まる。そのカード――保険証。もちろん偽造。でも寒気がするほどに精巧、だと思う。本物を見た事が無い から断言は出来ないけれど。
もちろんアキラの分もある。内容を見たけど、わたしが姉ってことになっていた。まぁ見た目はそうなんだけどアキラの方が年上なんだけどねー。実年齢三歳と五歳だけどさ。
それ、の製作者、栗色の髪の少女――ハルの言う限りでは「とりあえずバレることは無いと思うよー。ママのもバレてないし」だそうだ。というかサナも偽造な のか。ちらり、と薄く笑みを浮かべて座る病的に白い女を伺い見る。……。目が合いそうだったのですぐさま視線を逸らす。そうしたら、視線はテレビに向いて いた。
今の時刻は七時三〇分、ちょっと過ぎ。朝食を食べた後はテレビを見たりしながら談笑していた。その中で度々出てきた学校という単語。意味 は知っているけれど、理解しているわけではない。何か一〇代の人間が沢山そこに居る、ということくらいしか知らない。そして、どうやらあの二人はそこに 通っているらしい。基本的に毎日。
まぁ、そんなことはわたしには関係ないか。さぁ、このカオスな空間での生活のスタートだ。とりあえず、何が起きてもいい覚悟をしておこう。そしていつでも逃げ出せる準備も。ポケットの中の拳銃とボールの感触を確かめる。
そういえば、あの森のことは何も報道されてない。点きっ放しのテレビから派手で話題性のあるらしい事件がいっぱい流れてくる。うん。良い事だ。

「おっさん。今日は仕事入ってるん?」
「今日、も、入ってねえ。害獣駆除の仕事もイレギュラーだったしな」
「じゃ、ボクはリンちゃんの本棚にある背表紙なくて薄っすい、半裸の男の子が絡み合ってる本でも読んでるねー☆」
「待て、何だそれは。私は知らんぞ」

「だってリンちゃんの本じゃないもーん♪」という言葉を残しヒラヒラと白い長手袋を嵌めた手を振りながら奥へと消えていくサナ。空を滑るように舞うムウマを連れて。
台所で洗い物をしながら、よくわからない、といった表情で首を傾げるリンドウ。その頭の上にはまだシャワーズが。朝食を作っているときから居たけど重くは無いの? リンドウと共に無表情のシャワーズ。時々、くぁ、と欠伸するのが何となく可愛いかも。
ああ、なんか面倒くせえ、と呟きながら飲み終えたビールの空き缶を握りつぶしているマヒロ。
「ちゅうか、リンドウ。なんかハルに頼まれてた気ぃするんやけど」と真紅の髪を弄りながら言うのはケンタ。昨夜のサナの話ではこの中で一番ポケモンバトルが強いらしい。出来る限りくっついていよう。

「ああ。ポケモンずかん(図鑑)とやらを頼まれたのでクロスに注文したのを受け取りに行く」
「あ、それか。俺も付いてくわ。髪染め頼んでたの忘れてた」
クロス、というのは店の名前か何かだろうか? とりあえず、近辺の地理は知っておきたい。なので、
「あの、わたしも付いて行っていいですか?」
駄目だ、とは言われないだろう。多分。
「ん。オレも行く」
ポツリ、と宣言したのは、ボサボサだった髪を色違いのゴーストに梳られてツインテールにまとめられているアキラ。左眼の上もはしる深く長い切り傷が剥き出 しになっている。気にしないのかこの子は。そんな事を思っていたら薄紫色をした手が手際よく包帯を巻いていった。器用なゴーストだなぁ。

「別段構わん。来るなら勝手に来い」
うわ。許可されたけどなんだか複雑な思いが。アキラは「ん」とか言って頷くだけだし。
「よろしくお願いします」
でもまぁ、一応言っておく。何をよろしくなのかは、わたしにもわからない。
「あー。一応匿ってんだからそこんとこ忘れねーようにー。面倒くせえけど」
テーブルに突っ伏して、いかにもダルそうにマヒロが言う。面倒くさいってどういうことだ。
「んじゃ、とっとと行こうや。……って、まだ八時前やけど平気なん?」
「起きてはいるはずだが」
「んじゃ、良いか。上着取ってくるわー」、と奥へと行ってしまうケンタ。というか上着か。わたしもこのままじゃ寒いかも。

「あの、何か上に着れる物ってありますか?」
「ふむ。アスタルテ、適当に上着を持って来てくれるか」
アスタルテ、と呼ばれた色違いのゴーストは右手で敬礼のような仕草をして飛んでいった。
「オレは?」
「貴様は今着ている物で充分だと思うが」
アキラの質問に平坦に返すリンドウ。そして「そっか」と納得するアキラ。……何なんだこのコンビ。
そうこうしているとゴーストは戻ってきた。手には……何だろう、黒地に赤のラインの入った、布? それと、長めの紐の下がったニット帽。
口の中の青が見えるくらいにニッコリ笑い、わたしに渡してくれる。
とりあえず受け取る。でも――

「ありがとうございます。でもコレ、どうすれば?」

――着かたがわからないんだけど。
……。しばしの沈黙。

「きゃッ」
バサリ、と頭からその布を被された。あ、なんか穴が開いてる。これから頭を出せば、いいのかな?
もぞもぞと身体を動かし頭を出す。なんとなく、どんな感じになっているのか、見下ろしてみる。上半身は布で全て覆われている。というか下半身もほとんどか。結構、暖かいかも。
両手を軽く広げ、広がった布に目を落とす。赤と黒の布地の模様が結構細かいなぁ、と思っていると頭に帽子を被せられた。ちょ、下げすぎッ! 目、見えないんだけど。帽子を少し上げる。……。目の前に紫色の顔があったのは驚いた。
「おー、てるてる坊主がおる」
わたしの事だろうか。ゴーストとごちゃごちゃとやっていたら戻ってきたケンタが笑いながらそう呟いた。
「準備が出来たのなら行くが」
と、言いながらリンドウは恐らく昨日わたしが入ってきたのとは違う出入り口があるのだろう、あのコンクーリートの床の部屋でない方向へ歩きだしている。魚 猫を頭に乗せた黒の大男の傍らには、男の、通る腕の無い右袖を掴んでいる同じく黒尽くめでツインテールの少女。っていつの間にあそこへ。

「ああ、そうだ。アマツガハタ、貴様のデンリュウは一体何をした。洗濯機がショートしていたんだが」
「ん? ああ。説明が面倒くせえ」
「直ってん? アスが何かチョコマカやってたけど。ってか何でデンリュウ?」
「ん、ああ、直った。何故かは知らん。アスタルテがよくわからんジェスチャーをしていたのをカスミモリが翻訳するとデンリュウがやった、となるそうだ」
サナが翻訳? まぁ、なんか出来そうだけど。脳裏に浮かぶのは光の加減で赤みがかる不思議な虹彩の瞳を細めながら笑う白い女。
「つーか行かねーのか? 会話するのも聞くのも面倒くさくなってきたんだが」

あ、忘れてた。わたしも付いていくんだった。「ふむ。そうだった」とか「おー詰まってるでー」とか言っている最後尾に着く。一応あの保険証はアキラの分も持って。
「あー。ナナ、ポケットん中の物騒なモン出すなよー。面倒くせえから」
気だるそうなマヒロの言葉は聞こえなかったことにする。何故バレたんだろう。
……って当たり前か。脱衣所に剥き出しで置いてあったし。
玄関で妙に重そうな革製ブーツを履いたリンドウが「昼は冷蔵庫にあるから適当に温めろ」と少し大きめの声で中に向かって言っているのを聞きながら、その大きな身体をすり抜けるようにわたしは外へと出る。






「着いたぞ」
「ん」
「此処、ですか?」
「おー、相ッ変わらず地味な教会やなあ。妙にデカイし」

わたしを含めた四人が辿り着いたのは、街の外れにひっそり、とは言い難い存在感で存在していた建物。何故か裏道ばかり通ってきたのであの『スケアクロウ』のある周辺の地理は全くわからなかった。
いや、裏道を通らなければ辿り着けない、のかな? それぐらい人気のない、閑散とした場所だ。
もう一度その建物を眺める。傾斜の急な屋根の頂点には十字の飾りが付いている、無機質な印象を放つ石造りの建築物。教会。神などという胡散臭いモノを信じる人々が礼拝とか結婚式、そういった事をするという以外の知識が無い。けれど、何故こんな場所に来たのだろう?
そんな事を思っているうちに、これまでずっと頭にシャワーズを乗せっぱなしのリンドウがその教会の大きな扉の横に設置されているインターフォンを無造作に押した。
僅かな沈黙の後、生気を感じない男の声で「主は現在、外出中ですが」とスピーカーから返答が来た。どういう意味だろう。今日は休みだとかそんな感じ?
「貴様に用がある。クロス」
……。……この声の男が件(くだん)のクロス? 人の名前だったのか。
再びスピーカーから「それなら勝手にどうぞ。鍵は開いているので」と、男が淡々と言い、ブツッという音を残して沈黙した。

「毎回こんな会話してへん? 俺そんな来ぃへんから全部かは知らんけど」
「そういえばそうだな」
そんな会話を交わしながら赤と黒の大男二人は硬く重そうな扉を開ける。ギギィというあまり心地よくない音を響かせながらその扉は開き、わたしを含めた四人は中へと入る。
「……綺麗」
思わず呟いていた。窓硝子に色が付いていて何か人の絵になっている。それに朝日が透けてキラキラと輝いている。薄暗い空間に射し込む色とりどりの光。なんというか、神秘的。
リンドウの傍らに口数少なく佇むアキラも包帯に覆われていない右の瞳をそれに負けないくらいにキラキラとさせている。無表情だけど。
「いらっしゃい。何用で?」
気配も無く現れ、生気のない声でそう問いかけてきた黒衣の男。左右に長椅子の並ぶ中央の道の奥、十字架の飾られた下に立っている。
「届いているだろうか」
「おー、クロス! 相ッ変わらず顔色悪いなぁ。飯食ってるかー?」
「体調は何時もどおり最高に最悪ですよ。それで? 何か注文してましたっけあなた方」

そんな、リンドウの端折りすぎて訳の分からない言葉とケンタの無駄に明るい声を聞きながら、佇む男の方へと向かう。
あまり明るくないからかと思っていたけど、近づいて見てみると本当に顔色が悪いらしい。青白い顔、目元には薄ら隈(くま)も見える。そして意外と背が高い。ケンタと同じ位かな?
「髪染め頼んだはずやん。後、ハルのポケモンずかん(図鑑)!」
ケンタの言葉に顔色の悪い男――クロスは首にかかった十字架の首飾りを弄りながら「はて」と呟き目を閉じる。
しばしの沈黙。

「ああ、あれですか。少し待っていてください」
目を開けたクロスは唐突にそう言うと、奥にある扉へと歩き出した。
よくわからない。此処はどういった場所なのだろう。わからない。なら、
「あの、此処って何なんですか?」
聞いてみればいい。
答えてくれたのはケンタだった。赤い髪を弄りながら、
「んーああ、何つーか基本教会やねんけど、あの不健康そうな兄(あん)ちゃんが頼んだモン何でも仕入れてくんねや」
「へぇ。そうなんですか。……何でも?」

これに答えたのは――
「ええ。何でもです。ポンチョのお嬢さん」
――青白い顔に薄い笑みを湛えたクロス。戻ってきたその手には片手で持つには少し大きな紙箱。その箱の上に小さな四角い紙の箱が乗っている。
「どうぞ。赤色の髪染めとポケモンずかん(図鑑)二つで計一二〇万七八〇円になります」
「ほい。八〇〇円」
ケンタが硬貨三枚をクロスへと渡す。そうして受け取ったのは小さな小箱と硬貨が二枚。
「ほな、外出てるわ。ここ、あんま落ち着かないし」
「ああ」
そう言っていそいそとケンタは出て行ってしまった。落ち着ける場所だと思うんだけどなぁ。
「ああそだ。ナナとアキラは気ぃつけい。その顔色悪い兄(あん)ちゃんロリコンやから」
「失敬な。未成年の未成熟さが美しいと思っているだけです」

……何だ、この応酬。……触らぬ神に祟りなし。だっけ? そんな言葉を実践する。
一方、リンドウは何も聞かなかったかのように坦々と着ているコートの内ポケットから黒光りするカードを渡す。無言で。
「ああ、そうでした。あなたは現金払いじゃないんですよねぇ。チェルタミニス、読み取り機持ってきてください」
やはり生気のないかすれた声で何かにそう言った。チェルタミニス?
何だそれは? と思ったのと同時、赤い絨毯の敷かれた床から黒い腕が飛び出した。
「ッ!?」
思わず飛びのく。視界の端でアキラも同じ反応をしているのが見えた。何? 敵? もしかしてもう見つかった!?

「ああ、すいません。驚かせてしまいましたか。彼はヨノワールのチェルタミニスです」
淡々と、そう説明された。ということはこの男の手持ち? ……心臓に悪い。
クロスの傍らに浮かぶように立つ、リンドウよりも更に大きい黒の巨体。赤い単眼で腹部には顔のような模様。ゴーストポケモン――ヨノワール。その大きな手には何かの機械。読み取り機とか言ってたやつ?
「チェルタミニス?」
小さく呟いたのはアキラ。澄んだ声が響く。
「ああ、ニックネームです包帯のお嬢さん。真なる十字、という意味の。聖歌から拝借しました」
「ニックネーム?」
「おや? そのポケモンだけの呼び名ですが」

知りません? と、アキラの目線まで身を屈め首を傾げる、サナとは別の意味で青白い顔をした男。首にかけた十字架が揺れる。
アキラも無表情のまま首を傾げる。
首を傾け固まる二人。ああもう、じれったい。リンドウも何も言わないし。
「ニックネームとか知らないで過ごしてきたんですよその子。というか、必要ないから教えられてないって感じですか」
わたしの言葉にクロスは、「ほう、なるほど」と頷いてくれた。わたしの言葉が理解された、ということではないだろうけど。
「何はともあれ、絶対に付けない、という信念が無いのなら付けてみることをおススメしますよ。愛着湧きますし」
「ん。考えてみる」
「そうですか。ではこれはプレゼントです」

ニタリ、というしかない笑みを浮かべたクロスは懐から、薄い、機械じみた物をアキラに手渡す。なんだろう?
「何だ?」
「電子辞書です。参考にでもしてください。そこの悪鬼のような男も付けたニックネームは単語が多いですしね」
ねえ? とグルリ、と首を捻り無言で佇むリンドウへと話が振られる。
「まあそうだが。……ルシアとアスタルテは違うが。ところで、早く支払いを終えてくれないか。まだ貴様に用があるのだが」
「ああスイマセン、愛らしいお嬢さんが二人もいらっしゃるなんてそうそう無いので少々昂ってしまいました」
そう淡々と言う。どういう風に見ればこの男が昂って見えるようになるだろうか。
クロスはゆったりとした動作でヨノワールから機械を受け取り、黒いカードを挿し込む。特に何か音や光が出るわけでもないようだ。ちょっとががっかり。少しの間、なにやら機械を操作するとカードをリンドウへと返し機械はヨノワールへ持たせた。

「毎度、ありがとうございます」
「ああ。そういえば、私が頼んだ物はあるか」
「まだ何かありましたっけ?」
「五〇口径の拳銃を頼んだはずだが」
「……。ああ、M500ですか。正確に言うと四九口径なんですけどね、アレ。実用的じゃないんですけどねぇ。M29で充分だと思うんですけど」
「大型のポケモンには威力が足りん」
「威力ならツェリスカの方が高いですよ。象撃ち用の弾丸ですし」
「重過ぎる」
「装弾数も少ないですし。隻腕なんですから装弾数のあるデザートイーグルとかどうです?」
「以前トカレフを使っていた時にジャムッて以来オートはどうにも好かん」
「ああ、黒星ですかね。それか使い古しか再生品か。トカレフって作動の確実性は高いですから」

……なんだ、この会話。とりあえず、世間話のような口調だけれど違う、よね。わたしが学習させ(おしえ)られた常識、ではこの国の人間は一般的に『銃』などを実際に見る機会は皆無に等しいらしい。でも、わたしやアキラの『戦闘訓練』では普通に使用されていた矛盾。
殺人も、悪。でもわたしがやらされていたのはその技術の向上。
刷り込ま(おしえられ)れた常識と実際にしていることの矛盾。他の子たちはわたしのような知識は刷り込まれ(おしえられ)ていないようで、何故わたしだ け、という思いが日に日に積もった。……だから、なのかな、身体の調整を担当していた研究員だった彼――ユウとの『普通』の会話に心が和んだ。作り物の心 だけど。
……何時の間にか、わたしはポケットに入れていたバクーダのボールを握り締めていた。

「それで、あるのか無いのか、どちらだ」
「ありますよ。弾丸は一〇〇くらいでよかったですよね?」
「ああ」
「それじゃあ、持ってきますね。ちょっと待っててください」
「オレも欲しい」
唐突に、声を上げ、話に割り込んだのはアキラ。その場に居たわたしを含めた三人と、リンドウの頭上の魚猫とクロスの傍らの巨影も一言も上げずにただ立ち尽くす。いきなり『欲しい』って子供か! ……あ、子供か。
「欲しい、とは銃ですか? 小さなお嬢さん」
「ん」
薄い笑みを浮かべ訊くクロスに、小さく頷くアキラ。
あー、まぁ、そうなるとわたしも欲しい物が。
「あー、すいません。わたしも弾が欲しいです」
おずおず、といった感じで言ってみる。小さく手を上げて。ダメもとだ。
「私は頼まれたモノを仕入れてくるだけなので基本的に在庫は無いんですが……」
「無いのか?」
「あぁ、無いなら無いで構いません。ダメもとで言ってみただけなので」
「いや、幸運にもグロックの26二挺と九ミリパラならありますよ」
「注文された方が逮捕されたらしく、困っていたところです」などと続ける。確か、わたしの持っている銃はその弾丸だったはず。
あ、でも、……よく考えたら――
「すいません。お金、持ってなかったです」
――無一文だ、わたし。なんだかリンドウは持ってそうだけれど、あまり借りたくない。なんとなく。
「ああ、代金は前払いでその逮捕された方に頂いているので構わないのですが……」
「ですが?」
わたしが訊くと、意地の悪い笑みを浮かべながらクロスはこう言った。
「いくら愛らしいお嬢さん方の頼みとはいえ、すんなりと渡してしまってはつまらないではないですか。なので」
「なので?」

今度はアキラが首を傾げ訊く。ニタリ、とわたし達を見るクロス。
「その男に一発芸でもして頂きましょう」
……は? 男。クロスを除けばリンドウただ一人。指名された彼は憮然とした無表情でただ一言、
「断る」
断言しました。即答で。……ケチ。
「まあまあ、そう言わず、ほら、頭のシャワーズさんにも手伝っていただいて。ねぇ? チェルタミニス?」
そう言ってヨノワールに目配せした刹那、何時の間にかその手には銀色に光る自動拳銃が。銃口が向く先にはアキラ。
あれ? そしてヨノワールの大きな掌には紫の球状のエネルギー。向くのは、わたし?
反応する暇も無く、パンっと乾いた音。それと同時にわたしへと放たれた紫球に思わず腕を前に出し目を瞑る。悲鳴も何も上げる暇すらなかった。
でも――

「あ、れ?」
「……ん」

――衝撃もなく、血の臭いもしない。するのは微かな硝煙の臭い。

「ふざけるな、クロス」
「ふふふ、やっぱり最高の一発芸ですよ。銃弾を掴むなんて、神代の化け物か何かですか? あなたは」
微かな怒りの混じった声とクツクツという笑い声。それと機嫌の悪そうな獣の鳴き声。
目を開ける。まず視界に入ったのは幾重にも重なった水のベール。これって、アクアリング? これがヨノワールのシャドーボールを防いでくれたの? 恐ら く、これを出したであろうポケモン、リンドウの頭上に乗ったシャワーズに視線を向ける。……欠伸しているのはどういうことか。
視線を下へと移動しアキラへと移す。目を大きく広げたまま固まっている。無傷だけれど、自分で何かした、というわけではなさそう。ポケモン達もボールから出てくるタイミングを逃したようで沈黙している。
呆然、といった風に立ち尽くすアキラの顔辺りの高さで黒い革手袋を嵌めた拳を握っているリンドウ。
無言でその拳を開くと、小さな鉄片が絨毯へと落ちた。……え、ホントに銃弾掴んだの?
「何だ? お前。撃つ気配が無いのに撃ってきた」
思考の回復したらしいアキラがいきなり発砲してきた男――クロスに問う。
「ある武器商人曰く、今時、聖人も神の愛を説きながらアサルトライフルをぶっ放す。だそうです。まあ、少々言い過ぎですが、そういう人間もいる、ということではないでしょうか。ようするに獣のようなお嬢さん、殺意や殺気などが無い人も居るんですよ」
「ふぅ、ん」
ぎゅ、とリンドウのコートを握るアキラ。まるでこの胡散臭い男から隠れるように。
「一体、何なんですか? あなた」
特に考えずに口に出ていた。とても抽象的な質問だな、と頭の隅で思う。
「私はこの教会の神父、伊武 十字架(イブ クロス)です。それ以下でもそれ以上でもないですよお嬢さん。主が留守の時は趣味で『仕入れ屋』なんてやってますけどね」

主、知識を総動員して相応しい言葉を捜す。――ああ、そうか。ここは教会だ。だから、神? ……そんなモノは居ない、と思う。それが、留守?
「へぇ。どこへ行っているんですか?」
インターフォンで「主は留守」だと最初に言っていたのを思い出す。自分でも意地の悪い声で質問している。
「カントーのナナシマの温泉へ行っています」
冗談とも、本気とも取れる口調で淀みなく返された。……ちょっと悔しいかも。
「では、持ってきますね。行きますよチェルタミニス」
そう言い残し、影の濃い奥へと消えていく。傍らに巨影を引き連れて。
扉に手をかけ、踏み出した途中、こちらに向かいこんな言葉をかけてきた。
「ああ、そうだ。26と弾の方のお代は要らないのでお嬢さん方の写真とサインと交換ということでよろしいですか? 服は着たままで構いませんので」

……とてもイキイキとした声だった。



 


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