第一五話『春夏秋冬(ひととせ)医院にて』 「で? 何処から掻っ攫って来たんだ? なあ、年中喪服男?」 目の前の椅子に気だるそうに腰掛け、そう私が連れて来た少女の事を聞いてくるのは白髪の混じった長めの髪を後ろで一つに纏めた初老の男。少し広めの額や、目じりなどに年相応の皺を刻んだ顔の、眉間に一際深く皺を寄せ私に言う。 この男の名はヒトトセ。今私が居る、春夏秋冬(ひととせ)医院の院長。尤も夫婦で営業している小規模なものだが。因みに夫婦共に白衣を着ないのが特徴。 現在、私と頭の上のレイン(サンはこの部屋に入る前に何処かへ行った。)が居るのは白を基調とした部屋の中。私が運んできた少女は別室にて診察されている。私は少女の状態の説明を聞く為に消毒液等のニオイのするこの部屋で椅子に腰掛けている。 翼を背に持つ竜、メテオの気流及び気圧を操作しての安定飛翔『そらをとぶ(空を飛ぶ)』により、短時間で此処に到着することが出来たので死んだりはしないと思うが、それでもまぁ、なんというか心配、だ。 そういえばこの『そらをとぶ』。非常に便利なのだが、発動させるポケモンに肉体的・精神的疲労が溜まりやすく、長時間の飛行は危険な行為になる。特定のジ ムバッチを持っているか(バッチの素材の特殊な金属から特定のわざを安定させる何かが出ているらしい。)ポケモンのレベルが高ければあまり問題ないのだ が、レベルの低いポケモンで発動させ、墜落する。という事が年に数回から一〇数回起きる。 ……今は関係無いか。 とりあえず、聞いてきたことには答えよう。……攫って来た覚えは無いが。 「帰る途中で拾った」 私が簡潔に説明すると、 「犬や猫じゃねえんだから、ほいほい拾うなオイ。……つーか一年くらい前にもこんなこと言った気がすんだが?」 「そうだな。言われた覚えが有る」 「五年程前にも聞いた覚えが有る」とも言うと、ヒトトセは引き伸ばしたような乾いた笑い声を上げる。続いて溜め息を一つ吐くと、机に置いてあった少女のものと思われるカルテを手に取り先程と似てはいるが、真剣な口調で私に言う。 「と りあえず命にかかわる外傷は無い。無いんだが、なんなんだ? お前みたいに一年中シロガネやま(山)で獣みたいな生活してました、とかそんなんか? 左眼 が義眼だし。顔の左側に結構深い切り傷が縦にあったり全身傷だらけってのは。……まぁ整形で消せなくも無いが。あぁ、体調の方は点滴をしたら落ち着いてき てるからそこは安心しろ」 少女のことは全く知らないのでそう伝え、少女は何処に居るかを聞くと、現在はベッドで寝ている。とのことだった。しかし義眼か、私と同じだな。私は右眼だが。 サンも其処に居るらしいので其処へ向かう為廊下へと出る。 この医院内で唯一入院用のベッドのある一部屋。入り口のベッドの使用状況を示す小さなホワイトボードが目に入る。合計で四つあるベッドのその内、三つが使用中らしい。 珍しい。私が出血多量で来た時は、輸血した直後に「うっとうしいから帰れ」と言われたものなのだが。と思いつつ白い引き戸を開け、あまり広いとは言えないその部屋に足を踏み入れる。 「きゃッ」 入った途端、僅かだが研ぎ澄まされた獣のような殺気を感じた。それと同時に右足に何か当たった感触と共にそんな声が足下で聞こえてきた。 足下を見てみると、一〇代前半程の少女が白い床に尻餅をついている。どうやら感じた殺気とは関係ないらしく、尻餅をついたままの姿勢で私を見上げている。 「すまん。大丈夫か」 私は屈み込み少女に手を貸し引き起こす。 「あ、はい。だいじょぶです。……あッ」 何故か少女は私を見上げ固まる。まだ何かしただろうか。 「えと……リンドウさん?」 少女は微かにだがそう言った。全く覚えていないが恐らく会った事はあるようだ。少女を記憶と照合する。 肩にかかる程度の長さの髪をカチューシャ(だったか?)で纏め、薄手の長袖とカーディガン。それに長めのスカート。なんだか頼りなさげに私を見上げてくる。怪我でもしたのか、その顔にはガーゼと絆創膏が貼ってある。 ……なんだか、見たような記憶が微かに。……ああ。ハルの友人の、 「確か、カンザキ……ナツキ。だったか」 「っハイッ。そうで――」 「う〜い。入り口にその巨大な体があると邪魔よ〜っと」 少女――カンザキ――が先程より若干大きな声で返答している最中、それをかき消す声が背後からし、私を押し退けるように現れたのはラフな格好をした、ヒトトセと同じか少し下くらいの年齢の女。名はヒトトセ カナコ。ヒトトセの妻。 私が横にずれると入り口に別の女。 憔悴しきった感じでおぼつかない足取りで入ってくる。三〇代後半辺りだろうか。この女も包帯やガーゼをしている。 少女(カンザキ)が「おかあさん」と言ってその女に小走りで近づいて行ったので母、なのだろう。 三人の女(成人二人と未成年一人)は三つ在る使用中のベッドの内、ニューラの雌が縁に乗って看病しているらしい点滴の装置の横に置かれたベッドでも、頭の 先まで布団を被っている人間が寝ているベッドでもなく、一番奥。ギプスで足の吊られている人間の寝ているベッドに向かい歩く。何故かサンがそのベッドの縁 に丸くなり寝ている。 ベッドの横に移動した後、カンザキが口を開きヒトトセに聞く。 「先生。おねえちゃん、だいじょぶなんですか?」 「安心しなさいな。手術は成功したし、なによりこの娘はまだ死にたくないみたいだし?」 「にひひー」とヒトトセは笑う。それを聞き安心したのか瞳に薄らと涙を浮かべ「よかったぁ」と傍に在った椅子へと崩れ落ちる。母と見える女は「ありがとうございます」と震える声でそう言っている。 とりあえず私にわかるのはカンザキの姉が重傷で一命を取り留めた、ということくらいか。流石に死人と自殺者以外の九割は治せる等と言うだけはある。 「あーそだリンドウくん。あんたのストックほとんど使っちゃった。」 「……ああ。別に構わん」 いきなり私に話が振られた。 話のわからない二人は「ストック?」と首を傾げている。 それを見てヒトトセが軽く説明し始める。 「えーっ とね。このリンドウくん血液型がABのRHマイナスで中途半端に珍しくて、よく出血多量で此処に来るからそれなら怪我してない時に血液をストックしとこ う、となってね。保存期間が切れる度に献血してたのよ。で、ハルカちゃんの血液型が同じなんで手術の時に使っちゃった、というわけなのですよ」 説明に二人は納得したように頷き、次いで私に向かい「ありがとうございます」と言ってきた。何故だ。 私は適当に返事をし、視界を動かす。その先には二足歩行の黒猫――ニューラ――がハンカチを持ち、拾ってきた少女の汗を拭っているのが見える。だがそれほど苦しそうでない。ヒトトセの言う通り大分落ち着いたようだ。 「その娘連れてくのはもうちょっと落ち着いてからにしてね。点滴終わってないし。スーナにその娘の服とか買ってきてもらってるから」 「わかった。……その服代は私持ちか?」 「何をいまさら。当たり前でしょ」 「お金持ってるんだからそれくらい出しなさいな」と清々しい笑顔でそう告げるヒトトセ。 その笑顔に背を向け私は出口へと歩き出す。 「ん? 何処行くの?」 「よく考えたら冷蔵庫に食材が三日分残っていない。適当に買い出して来る」 |