間章『捜索報告――その壱』


「ふぅ」

雪のように白い部屋の中、金属製の机に向かい座っていたあたしは思わず溜め息を吐(つ)く。吐いた息が窓の外の雲のように白い。外は明るいがあたしの心は暗い。
その理由である手元の紙の束、一〇数枚。あたしは椅子の背にもたれかかった状態からしっかりと背筋を伸ばし直し、その内容を確認する。
先日起きたアイアン・メイデン(成功体・其の一)の最終調整中の暴走。その余波を受け階級(ランク)Cのポケモンが一七匹、階級B三匹が暴走。成功体・其 の一はなんとか止(とど)めることに成功し、現在は安定。幸い人員にも死亡者は出なかったが、階級C八匹に階級Bの三匹、計一一匹がシンオウの大陸地に 渡ってしまった。が、それはまだ良い。問題はその騒動の中、非成功体・其の七七と研究員一人さらにはヴァルキリー(成功体・其の二)が逃走してしまったこ とだ。この紙の束の大半はその三人の捜索報告となっている。

報告を要約すると以下のようになる。
[ミオシティ・発見できず。/A班]
[フタバ、マサゴタウン・捜索終了。発見できず。/B班]
[コトブキシティ・捜索範囲が広いため不十分だが、発見できず。/C、D班]
[クロガネシティ・炭鉱内も捜索。発見できず。/F班]
[キッサキシティ・現在捜索中。/G班]
[ハクタイシティ・発見できず。/H班]
[カンナギタウン・発見できず。住民に怪しまれる。/I班]
[ソノオタウン・居なかった。/能登 玲月(ノト リョウゲツ)]

ここまではまあいい。一つ、名で報告するなと言っているにも関わらず本名晒して報告しているが捜索報告には違いない。
しかし、
[ソノオタウン・レベル一〇〇を六匹連れてる人が居たのだ。/和泉 千里(イズミ チサト)]
[ソノオタウン・頼むからあのボケ師弟コンビをどうにかしてくれ。/高位戦士・其の弐]
……あたしにどうしろと。というかどっちも捜索報告でないし。
バーサーカーU(高位戦士・其の弐)でないとあのマイペース二人組は何処に行くかわからない。通常のソルジャー(戦士)だと従ってしまうしなぁ。あたしたちは忙しかったし。
しかし他の報告はレポートに一〜二枚だというのに四枚。裏までびっしりと書き込まれ紙の白よりもインクの黒の量が圧倒的に多い。そろそろ限界だろうか? ……一旦こいつらは呼び戻すか。

「冬空(ふゆそら)」

そう告げると机に置いた青色の球――スーパーボール――の一つから閃光。光は少し大きな鳥のシルエットとなり、あたしの肩に止(とま)る。
ピンと鋭い二つの尾。体は黒紅色と白。喉元などは猩々緋(しょうじょうひ)――ポケモン、オオスバメ――。
本来ならホウエンのような暖かい土地に生息するポケモンだが、コイツがまだ進化前、半分以下の体長のスバメだった頃に群れから逸(はぐ)れていたところを あたしが捕まえた。色々な地方を転々としたので気温差にも慣れてしまったらしく、炎天だろうが吹雪いていようがなんだろうが構わず飛ぶようになった。
あたしは机の上に転がっていた万年筆を持ち、机の引き出しに入っているレポートを取り出そうと開ける。が、無い。しかたないので私用の花びらの模様が描かれた便箋――ブルームメール――に[一旦帰って来い。/四幹部の壱]と書き殴り、

「あの三馬鹿まで頼む。まだソノオに居るはずだ」

それを艶消しの黒色をした金属製の筒に入れ冬空に渡す。
短く一つ啼き、筒をその鋭い爪のある足で受けとった冬空は嘴で器用に窓の鍵を開け飛び立っていく。
あたしはそれを見送り開いた窓から入ってくる心地よい冷たさの風をしばし楽しむ。

「お姉ぇさま〜……ふにゅ、寒い」

そんな中、真後ろに位置していた扉が開き、眠気を誘う間延びした声と共に純白の服を着た少女が現れる。眼鏡をかけた、小動物のような雰囲気の少女。両手で 抱くように白色をした筒を二つ持っている。その全ての指には、まるで西洋甲冑の籠手(こて)のようなナックルリングをはめている。

「あぁ、プリンセス。どしたの?」
「あ、はい〜。ジェネラルさんのプテラとミラージュさんのジバコイルが来ましてですね〜、これを」

そう言って手に持った白い筒を差し出してくる。受け取り上部を捻り中身を出し、読む。

「なんて書いてあるんですか?」
「ん? あーっと要約するとね、[例の件、報道規制をかけた為最小限の情報しか世間には流れないと思われる。トレーナーの死はそれほど珍しくはないので時間が経てば風化されるだろう。/四幹部の肆]と、[ホウエンでの任務完了。そろそろ帰れます。/四幹部の参]って感じ」
「そうですか〜ありがとうございます。あれ? その便箋は?」

あたしの手に握られた白色のレポートとは違う桃色の便箋。筒の一つに一緒に入っていた。大きくハートマークが描かれた『ラブラブメール』と呼ばれる物。もっとも、まだ開封してないのでハートマークは見えないが。

「これはあたし宛」

そういうと、「あぁ。ジェネラルさんからですねぇ」と少女は花がほころぶようににっこり微笑み、

「じゃあ戻りますね〜ヒカルちゃんと遊んでた途中なのでぇ」

と、三つ編みで二つにまとめた髪を揺らしながらとてとて部屋を出て行ってしまった。
少女が出て行った後あたしは窓を閉め、内線を使い指示を出す。
内容は、[捜索範囲を西部から東部へ変更。ただし、A班・B班は引き続き西部を捜索、その際は街以外を重点的に。]
これが各班へと、盗聴される可能性のある通信ではなくポケモンによる配送によって伝達される。
さて、見つかるだろうか……
そう思いながら便箋を開ける。自分でも顔がにやけてるのがわかる。まったく。二八にもなってもまだ恋する乙女かっつーの。
まぁいつの間にか、暗い気分も吹き飛んでいた。
 


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