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鳴り響くベルの音が眠りの世界から現実へと誘う。
アルドは布団を被ったまま手だけ伸ばして、手加減なくバシッと目覚まし時計の頭を叩いた。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、聞こえてくるのは朝を告げる鳥ポケモンの鳴き声くらいだ。
もう少し寝ていたいと思うのは毎日のこと。しかしそれでは間違いなく仕事に遅れてしまう。
緩慢な動きで布団から這い出すと、途端に朝の冷気が襲い掛かってくる。肌寒さに身を震わせながら、アルドは部屋のストーブのスイッチを入れた。
時計はちょうど六時を指している。七時までに出勤していればいいから十分間に合う。今日は余裕をもって朝食の準備ができそうだ。
大きく伸びをしてアルドはふと、自分の手持ちのポケモンのガーディ、ディンが見当たらないことに気がついた。
彼は寒さに強いから別に布団がなくとも眠れるようだが。どこで寝ているんだろう。
「……ん?」
よく見ると布団がゆっくりと上下している。捲ってみると案の定、すやすやと寝息を立てているディンの姿があった。
基本的にディンは目覚ましでは起きない。かなりの寝つきのよさ、もとい寝起きの悪さを兼ね備えている。
それよりもディンが布団にもぐりこんでいたのに気付かなかったとは、アルド自身も結構寝ぼけていたようだ。
ディンは気まぐれで、自分が寝たいと思った場所で寝る。いつも布団で寝てくれれば温かくて快適なのだが、なかなかそうもいかないのだ。
さて、仕事にはディンも連れて行くわけだからそろそろ起きてもらわないと困る。しかしアルドが直接彼を揺すったりして起こす必要はない。
鼻が利くディンのことだ。アルドが朝食の準備を始めれば自然と匂いで目を覚ます。これが彼を目覚めさせるもっとも効率の良い方法なのである。

「おはよう、ディン」
軽めの朝食は既に出来上がっていた。机にパンや野菜の乗った皿を並べながら、アルドはディンに挨拶をする。
もちろんおはようと返事ができるわけもなく、大きな欠伸で彼は反応を示した。
そしてきちんと座った姿勢になると、上目づかいでじっと熱い視線を送ってくる。
ディンは言葉は喋れないが、目は口ほどに物を言うのだ。彼が何を伝えたいかは嫌でも分かる。
「分かってるよ」
やさしく頭を撫でたあと、机の上に用意していたディンの食事と水を床に置く。
そして椅子に腰かけると手を合わせ、アルドいただきますと言った。その直後、ディンはもぐもぐと食事を頬張り始める。
朝食は一緒に食べ始めるということがいつの間にか暗黙の了解になっている。これは別にアルドがディンに教え込んだりしたわけではない。
食べたい気持ちはたくさんあるだろうけど、アルドが椅子に座るまでじっと待っている。きっと、ディンなりの気遣いなのだろう。
なんにしても、一緒に食事をとる相手がいるのは嬉しいことだ。たとえそれが言葉を交わすことのできないポケモンであろうと。
自分の足元で夢中で食べているディンを見ていると、なんだかほっとするのだ。彼の存在は一人暮らしの心のオアシスと言ったところか。
おっと。あんまりディンに和んでいると間に合わなくなってしまう。アルドは皿の上のパンを手に取り齧った。

朝食も済ませ、顔も洗って着替えた。準備は万端だ。
玄関で靴を履くと、アルドはコートを羽織る。この季節は朝夕は防寒対策をしていないと厳しい。
ドアの隙間からの風がもう冷たいのだ。きっと外では吐く息がまっ白に染まることだろう。
「さて、それじゃ行こうか」
アルドの呼びかけにディンはがう、と一声吠える。相槌を打ったつもりなのだ。
ドアを開くとまるでこの家に向かい風が吹いているかのような勢いで冷え切った風が流れ込んでくる。
肩を竦めるアルドとは対照的に、ディンは何でそんなに震えてるの、とでも言いたげなくらい涼しい顔だ。
そんなに余裕が保てるのも冬の間だけだぞ、と心の中で呟いてから、アルドは仕事場へと向かったのだった。


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