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冬場は太陽が昇るのが遅いためか、まだ薄暗さがあった。道の脇に設置された街灯が仄かな明かりを放っている。
誰もいない石畳の道。確認できるのは自分と、ディンの足音だけ。まるでこの街には二人だけしか存在していないかのような静けさだ。
静寂に加えて、うっすらと漂う霧もこの道に幻想感を纏わせている。アルドにとって朝のこの道は、綺麗という表現が安易で似つかわしくないくらいの良さがある。
かつて彼が子どもだったころは、霧の中をずっと進んで行けば自分の知らない世界に繋がっていると信じていたほど。
もちろん今はそんなことはないが、静けさと霧の二つが重なると、アルドの心の中には自然と昔の記憶が浮かび上がってくるのだ。

この街は冬になると時折霧に包まれる。霧の発生するメカニズムについてはアルドは詳しく知らないものの、住み慣れたこの街だ。
今の霧がどの程度のものなのかは簡単に察しが付く。彼のすぐ隣にある街頭から数えて四本目の明かりぼんやりと霞んで見えないくらいだから、さほど濃いものではなさそうだ。
等間隔に並んだ街灯の幅はおよそ七メートルと言ったところ。霧が酷いときには一つ先の街灯さえ見えない時もあるのだ。
まあ、初めてこの街に訪れた人ならばともかく、長年住んでいる人々にとってはこんな霧など恐るるに足りない存在だろう。
霧に振り回されるようでは、ここでの冬の生活は成り立たない。これはアルドが仕事をする上でも同じことが言える。
「ちょうどいい時間だな」
とある一つの建物の前で立ち止まり、アルドはふうと大きく息をつく。吐き出された息が白い塊となって、やがて消えた。
その建物は何の装飾もない白い壁で質素な造りだ。まるで、特徴がないということが特徴だ、と言えそうなくらいに地味だった。
この通りの他の家々は主に煉瓦を主としていて、独特の趣がある。壁や窓枠、ドアの枠などいたるところにそういった趣向がなされており、目を見張るものがあった。
だからこそ余計に、白一色で塗りたくられたこの建物が小ぢんまりとして見えるのかもしれない。そんなことを考えながら、アルドは扉を開き中に入った。

入ってすぐにある小部屋には椅子が三つ、中央のストーブを囲むようにして並べられていた。
その中の一つに腰かけていた男がアルドを見るや否や、椅子に座ったままくるりと向きを変え、にこやかな笑みとともに話しかけてきた。
「おはよう、アルド。それからディンもな」
「おはようございます、フィズ先輩」
アルドも笑顔で挨拶を返す。ディンは返せないので、ちらりとフィズの顔を見て目を合わせただけだ。挨拶という意図は伝わっているのだろう、たぶん。
ふいに羽根の音が聞こえた。どこからともなく現れたヤミカラスが椅子の上に乗っかり、アルドの顔を見て一声鳴く。忘れないで、とでも言うかのように。
「クーロもおはよう。今日も寒いね」
うんうんと嬉しそうに頷きながら、クーロと呼ばれたヤミカラスはアルドの肩の上に止まる。これが彼女なりの挨拶の仕方らしい。
そしてひょいと肩から椅子の上に降りると、ストーブの前で翼を広げた。きっと温めているのだろう。飛行タイプであるクーロにはこの寒さはなかなか応えるのかもしれない。
アルドは寒さに関してはディンと共感できないため、同じように寒いと感じているクーロに何となく嬉しさを覚えるのだ。
クーロはフィズの手持ちだ。アルドはフィズとの付き合いも長いため、クーロのこともよく知っている。
どういうわけかアルドはクーロに主人であるフィズと同じくらい、あるいはそれ以上に懐かれており、今朝のようにアルドが顔を見せるとクーロは喜んで迎えてくれるのだ。
「お前も座って温まれよ。霧も出てたし、結構寒かっただろ?」
「そうですね。少し温まるとしますか」
フィズとアルド、そしてクーロでストーブを囲む。
暖をとる必要のないディンは部屋の隅で蹲ってあくびをしていた。寒さに強いのは炎ポケモンの特権とも言えよう。
しかし、余裕綽々な彼を見ていると何だか悔しくなってくるのでストーブに当たっている間はあまり見ないようにしているのだ。
ストーブの内部ではそれほど強くない炎がチロチロと燃えている。あまり温かくしすぎると、外に出るとき寒くなるので炎は控えめに設定されている。
それでも、寒い外を歩いてきた後のこの温もりは身に染み入る。家から外に出るときはもちろん寒いが、こうやって部屋に入った時の温もりを味わうことができる。
それを考えれば、寒さを感じられるのはそこまで悪いことじゃないかなとアルドはふと思ったのだ。


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