―3―

やはり寒い朝のストーブの暖気は心地よい。このまま当たっていたらうたた寝をしてしまいそうだ。
クーロは十分温まったのか、翼を畳んで椅子の上でくつろいでいる。ディンは相変わらず部屋の隅で蹲ったままだ。
「先輩、時間的にもそろそろ所長が……」
「待てアルド。今その話はいい」
腕時計は丁度午前七時を指すか指さないかといったところだ。時間を確認しながら言いかけたアルドの言葉をフィズが制する。
「所長が来るまでは仕事のことは考えずに、ただひたむきにこの温もりを味わっておきたい。お前もそうだろ?」
真顔で言うフィズ。きっと仕事前はここまで真剣な彼を見ることはないだろう。
アルドは朝のストーブにそこまで拘りはない。確かにこの温かさはほっとするが、仕事のことは常に頭に置いている。
だが、この時間を堪能したいという彼に水を差すのも悪い気がしたので、それもそうですね、と相づちを打っておいたのだ。
「ですが、噂をすれば影みたいですよ」
扉の向こうに人影が見えた。こんな朝早くからここを訪ねてくる人はまずいない。時間的にも所長に間違いないだろう。
きい、と扉が開くと中年の女性が部屋に入ってくる。その姿を見るなり、アルドとフィズは椅子から立ち上がり軽く一礼した。
「ああ、二人とももう来ていたか」
「おはようございます、所長」
二人は声をそろえて挨拶をする。フィズの声がどことなく落胆したように聞こえたのは気のせいではないだろう、きっと。
アルドにフィズ、そして所長であるリトの三人がそろうと、彼らの一日が始まるのだ。

彼らはこの街を警備する仕事をしていた。自らの足で街に出向き、見回りを行う。
警備とは言ってもこの街は基本的に平和で、ほとんどの場合は街を何周かして一日が終わる。
たまに何かあったとしても、住民同士の口論の仲裁や、行方不明になったポケモンの捜索などの類であった。
どこかの家に泥棒でも入ろうものなら、きっと街中がその話題で溢れかえるほどの大事件となるだろう。
こんな街であるから、警備隊に志願する者も少ない。一年ほど前にアルドが入るまでは数年間志願がなかった。
そのためアルドはその先輩に当たるフィズとそれなりに年が離れている。差を表すならば、年の離れた兄弟という表現がもっとも適切だろう。
「今日も特に注意することはないが、気を抜くことのないように」
いつものリトの忠告だ。特に注意することがない、というのがこの街の何たるかを物語っている。
「分かりました。今日は俺からでしたね」
街の巡回は三人が交代で行っている。一巡りして戻ってくるのに、一時間半と言ったところか。
そこまで大きな街ではないため、何も事件がなければ一周するのにそこまで時間は掛からない。
小さくため息をついた後、フィズは壁にかけてあったコートを羽織ると、腰のベルトに拳銃を刺す。
弾丸は入っていない。一刻を争うような緊急事態を周辺の住民に知らせるためだ。とはいえ、アルドがここに勤め始めてからそれが使われた事例は記憶になかったが。
「それじゃ、行って来ますわ。行くぞ、クーロ」
ストーブの前にいたクーロは一瞬顔を顰めたが、自分のトレーナーの仕事が何たるかを彼女も理解しているのだろう。
さっと椅子の上から飛び立つと、フィズの肩に留まる。彼はそれを確認した後、扉を開けた。
「うおっ、寒……」
外の冷気に肩を竦めるフィズとクーロの動きはシンクロしている。さすがはトレーナーとポケモン、と言ったところか。
やはり外に出る瞬間が一番辛い。戻ったときの温もりを期待しながら、フィズは朝の街へと足を踏み出すのであった。

何となく気怠そうな、お世辞にもやる気があるとは言えない態度のフィズ。毎日ではないが、本人の気分次第でたまにそういうときがある。
アルドも勤め始めた頃はこんな人物が自分の先輩なのかと驚いていたが、今ではフィズのことを信頼していた。
詰め所での振る舞いとは裏腹に、見回り中の彼は至って真面目に仕事をこなしているのだ。街の人々のフィズに対する評判の高さがその事実を裏付けている。
だから所長であるリトも勤務態度に関してあれこれ口出しはしない。多少熱意は感じられなくとも、ちゃんと仕事の成果を残してくれるフィズを彼女も部下として頼りにしているのだろう。
いい加減なように見えて、やるべきことはしっかりとやる。フィズはそう言う男なのだ。


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