NO.7

 『おろ? また迷ったかな?』

それが彼の第一声。時折地図を睨みながら、辺りをキョロキョロと見回す。
どうやら暗い森の中で迷っていたらしい。
森で野宿するわけにも行かず、途方に暮れていたのだろうか。

『おーい、待ってくれー』

彼は、追いかけてくる。その声は、どこか頼りない。
ならば何故、追いかけたのか。そもそも、あれは本当に捕獲目的で追いかけたものなのか。
黄色い体毛を、人間の持つ光源か何かと勘違いしてしまっただけなのではないか。
そういえば彼は、明かりを持っていなかった。

『冗談じゃない。死んでたまるか』

この時点で彼は、自身の期待がはずれ、追いかけていた相手が役立たずのポケモンであると知っている。
それなら、この台詞を吐いた後は自分が飛び降りるだけで良いはずだ。
うまくすれば、役立たずを囮にして逃げることもできた。しかし、彼はそれをしなかった。

『だあ! こら、暴れんな!
せっかく助けてやったんだから、もう少しその命を大事にしろ!』

乱暴な言葉遣い。だが、それに殺意は欠片も感じられない。
彼は、脇に抱えた足手まといを離そうとしなかった。
あの状態で離されたとして、果たして逃げ切れることが出来ただろうか。
否、出来るはずがない。現に崖の上で既に限界を感じ、立ち止まってしまったではないか。


彼が、私を殺す? 錯乱していたとは言え、稚拙な発想に反吐が出る。
そもそも殺すつもりなら、わざわざ自分を連れて逃げる必要などない。
それなのに私は本気で思い込み、彼を死の間際まで追い詰めていたのだ。

束縛は断ち切れば良い? 笑わせる。
あの少年の暖かな腕の、いったいどこが束縛であると言うのだ。
あんなに泥だらけになっても、決して私を放すことはなかった。
その救いを、私が勝手に突き放しただけのこと!
そしてその腕は、救いを差し伸べた相手に突き放されて尚、自らの命を、明日を掴み取ろうとしているではないか!

そんな気高く尊い腕を、どうして束縛などと、醜い魔物などと言えようか!
突き放されただけで世界にすら絶望した私に、どうして彼の強く暖かな腕を貶すことが出来ようか!!


とうとう、枝が衝撃に耐え切れなくなった。
ちょうど真ん中で折れた先は、回転しながら彼の左後方に勢いよく飛ぶ。
なんとかリーチの差で有利な体勢を維持していた彼も、これでは奴に太刀打ちできない。
当然、奴はその隙を逃さない。

先ほどの天災で開けた森を、まだ蒼い月が照らす。
月は、彼の額に滲んだ汗も、彼の命を刈り取らんとする死神の刃も平等に照らした。

防戦一方。短い枝でなんとか銀の刃を弾き、後方に下がることで直撃を免れる。
追い詰められるのは時間の問題だった。
それでも、彼は果敢に戦い続けた。隙あらば敵の胴を突き、間合いを取ろうとする。


熱い。彼の生きようとする意志が、声も無しに語りかけてくる。だから、熱い。
奴が動き始めたのを見た途端、私は考える前に走り出していた。


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