NO.9
願った途端に、全てが暗転した。
夢は、それが夢であると理解した途端に消える。
全て、暗闇に没した。少年の笑顔も、くすぐったい汗の匂いも、暖かな腕も。
私の弱々しい明かりでは照らせない、深い闇に堕ちた。
しばらく、私は眩しくて目を開けることが出来なかった。
外界の強烈な白光が、私を闇から引きずり出したのだ。
夢の余韻に浸ることすら許されないらしい。
ようやく見えた光景は、無機質な白い天井。
人間達の匂いが強い空間。強烈な薬品の匂いが、鼻に応える。
私の体は小さな寝台に横たえられ、更に首から下までは白い布がかぶせられていた。
生暖かい空気を取り込むことによって、私は夢が醒めたのだと悟った。
ありえない夢。でも、もしかしたら、などという甘い期待。
それすらも、無機質な空気の中に霧散した。夢は、終わったのだ。
淡い願いは、きっと砕かれる。
不思議なことに、私の心は落ち着いていた。
受け入れたときの落胆が怖いから。希望を失ったときの絶望が怖いから。
自分の中にある期待を、願いと言う名の甘えを、排除する。
ここから起き上がれば、私はまた森へ帰されるのだろうか。
今度こそは、安全な場所で木の実を手に入れなければいけない。
考えても考えても、ダメだった。
あの笑顔が、あの温もりが思考を遮る。
気がつけば彼の匂いまでしてきて、悲しくなった。
ふと、小さな空気の振動が耳をくすぐった。
「よう、お目覚めかい」
――あれ……?
まず、聴覚を疑った。運の良いことに、耳には傷ひとつ無い。
次に、視覚を疑った。ゴシゴシこすっても、やはり同じ光景が見える。
それから、脳味噌を疑った。頬をつねったが、しっかりと痛い。
無骨だけど優しい声も、飾り気の無い眩しい笑顔も
いたのだ。ずっと、すぐ隣に。
目が覚めず、返事をしない私を相手に、ずっと話しかけてくれたのだ。
『最近、寝苦しい夜が続くな』
『ぐっすり眠ってられるお前がうらやましいよ』
夢などでは、なかったのだ。
彼と私は、確かに楽しい気分で話していたのだ。
『早く、良くなれよ』
ずっとすぐ隣に、いてくれたのだ。
眠りもしないで。ただ夢の中にいる私と、他愛の無い話を繰り返して。
彼の額や腕には、白い包帯が巻かれている。
本当はもっと全身ズタボロで、でもそれは白い服に隠れて見えないだけで
それでも、彼の顔は眩しい太陽のようだった。
熱い雫が、頬を伝った。
「おいおい、泣くなよ。俺達助かったんだ。
どうせなら盛大に喜ぼうぜ」
泣いた。生まれて、初めて。
自分は声が無いから泣くことなど出来ないのだと思っていた。
ただ、わけもわからずに、泣いた。
けれどそれは、嫌な気持ちじゃなかった。
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