Page 3 : 追跡


「すいません」

そう言ってからラーナーはヒョイと少年とポニータの横をあっさりと通り抜け、また普通に歩きはじめた。


変な人。こんなに暑いのに長袖に長ズボン。
しかもポケモンを出してる。


一瞬だけそう思いはしたラーナーだったが、すぐに脳から忘れ去られる。
道端で出会っただけの全くの赤の他人同士で、そんなに干渉し合うわけがないのだから。
彼女の乾いた地面を歩いていく軽い音が、消えては出てきて、消えては出てくる。足元から飛び出すリズム。

だんだんと少年から遠ざかっていく。行き先はとうの昔に決まっているし、そこに何度も彼女は行ったことがあるから道に迷うこともない。



対する少年は、立ち止まっていた。動こうとせずに、ラーナーの向かっていった方を呆然と見つめていた。
息を呑み、深緑の目は先程までの眠気を忘れたように見開いていた。
もちろん彼の瞳には、もうラーナーの姿は映っていない。彼女は角の向こうに姿を消した。

太陽を反射して、彼の帽子の上にある大きめの黒いゴーグルが太陽の眩さを受け光る。



「…………今の…………」

思わず喉から飛び出してきた呟き。
彼女はただすれ違っただけの赤の他人。
それは彼にとって何一つ間違いのないことだ。


けれど。





「………………チッ」

軽い舌打ち。ポニータはそれを見て、不思議そうに首を傾げる。
少年はそっと白いポニータの首の毛並みを撫でて、下から視線を真正面から合わせる。
何かを語るかのようにじっと。ただ、じっと。

数秒、ずっとその状態のまま固まっていた。そのうちに、ポニータはさっきの少年と同じようにラーナーの消えていった方を見つめた。元々大きな瞳が、更に開かれている。
風がそっと通り過ぎて、少年の髪を撫でるように揺らす。


「……行くか」
少々諦めたような声に、ポニータは溜息をつき、続けざまに欠伸をした。
それにつられ眠気が戻ってくる少年の瞳。瞼が半分閉じているが、覗いている瞳は何か決意したように、一種の獣のように光っていた。


歩きはじめる。方向はラーナーの向かった方。
本来の彼等の行き先は、それとは全く逆の方向にある、静かに寝ることができそうな宿なのに。

“赤の他人”を追いかけるように、少年とポニータは元来た道を辿っていくことにしたのだ。


角を曲がる。が、ラーナーはもう既に見当たらない。
一瞬不意に立ち止まる少年だったが、目を閉じ、耳を立てる。その瞬間、凄まじい集中が辺りを呑みこむ。彼の周りの空気が急速に冷えていく。
ポニータは何も気にしていないのか、気づいていないのか、穏やかな目で少年を見つめていた。


と、また瞼をそっと開ける少年。途端に、彼の周りの気温が何もなかったように正常に戻る。糸をピンと張ったような刹那の緊張感が消えた。
突然また歩き出し、ポニータは慌てて少し遅れて追う。



川のせせらぎが彼方で流れている。
独特の石の道路には人が誰もいない。
青々しい木の葉が風に揺れ擦れ合い、音を立てる。


荒々しい足取りは速い。
そのうちに二つの右と左の分かれ道に出会う。正面には少し深そうな広葉樹の林。
しかし彼は一瞬も少しも迷う素振りを見せず、左には目も暮れずさっさと右の方へ歩みを進める。右は少しなだらかな上り坂。


彼は正にラーナーの歩いていた道を辿っていた。

彼女の行き先を知らないのに。彼女の足跡が残っているわけでもないのに。
その道は、確かにラーナーの目的地への道だった。



「……くそっ」

彼は苛立ちを露わに、少し歩くスピードを進めた。額から落ちるのは暑さに対する汗かそれとも冷や汗か。
空は眩しいほどに青く、雲一つない日本晴れ。


 


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