Page 5 : 忠告 砂利の音を出したのはポニータの方。そっと気配を消し、音を立てないようにラーナーに近づいていたのだった。 一瞬息を詰まらせるラーナー。見覚えのある人だった。少し間が空いて目を見開く。思い出したのだ。数分前にすれ違った人がどうしてここにいるのか、彼女には理解できなかった。 濃い緑の帽子に大きなゴーグルが付けられ、その下から除くのは少し長めの深緑の髪とそれと同じ色の瞳。 淡い白と緑の中間の柔らかな色のフードの付いた長袖の上着の下には、灰色の無地のTシャツ。そして下に伸びる黒い長ズボン。 肌がほとんど見えない。手と顔、それ以外には見当たらない。顔だって帽子と髪のせいでよく分からない。 夏のこの暑い時に着る服装ではなかった。見ていても暑苦しい。そんな服装であるために体格を知るのは困難だった。 上着こそまだ白い方だが全体には黒い。そして緑の配色が多かった。 「こんにちは……」 彼女の喉から出た言葉は誰が聞いても明らかなくらい、不信感に満たされた低いトーンだった。 少年は上着のポケットに両手を入れたまま、ラーナーの前にある二つの墓を見やる。ゆっくりと墓に刻まれた文字を読む。 そして眼を細め、軽く唇を噛んだ。軽く眉間にしわを寄せたその顔は、悔しそうに少し歪んでいた。 その様子を見たラーナーは更に怪しく思い、思わず口を開いた。 「あの……」 「……あんた、もしかしてニノ・クレアライトの娘?」 彼女の言葉が全て出てくるのを突然制し、彼は先に自分から質問を彼女に叩きつける。 唐突な質問に怯むラーナー。動揺して、目が泳いでいる。 同時に身体の奥底からぐるりと溢れ出してくるのは苛立ちと憤怒。歯を強く噛み、突然立ち上がって少年と正面から向き合った。 あくまで強気な姿勢だった。 「なんですか……あなた。初対面の人に対して……。ていうか! さっきすれ違った人ですよね!? なんでここにいるんですか! ストーカー!?」 ひく、と少年の眉間に少し皺が寄る。 「……先に質問したの俺なんだけど……」 少年は氷のように冷たい声だった。機嫌が悪いのか元々なのか、又は両方とも考えられる。 ちらりとその深緑の瞳がラーナーの右の手首を見る。 「その手首にあるブレスレット」 「……はい?」 「それ、ニノ・クレアライトのだろ。彼女がすごく大切にしていたものだ」 「……………………」 息が詰まる。思わず左手で右の手首を隠すように覆う。包まれたのは白い小さな石がワイヤーで繋がれているブレスレット。 太陽の光を反射すると星のように可愛らしく光る。 少年の言う通りだった。それはラーナーの母親であるニノが生前とても大切にし、いつも身につけていた。ニノが死んでからは、ラーナーが形見として毎日右の手首につけている。 ラーナーは何も言うことができなかった。何も言葉が出てこなかったのだ。 目の前にいる赤の他人として記憶から忘れられるはずだった少年が、ラーナーの内面に突然切りかかってきたのだ。その攻撃をラーナーは防ぐことができなかった。 敬語を知らないかのように偉そうに話すその口調と態度は、ラーナーを黙らせるのを手助けしている。 先ほどの強気の威勢はどこへやら。形勢は完全に少年の方が有利だった。 見た目は二人とも同年代と思われるのに、余りにも少年は冷静沈着である。一種の慣れさえも伺える。 瞳は真っ直ぐに、刃物のように鋭くラーナーを見つめている。 どうして、と細々と小さな線香の煙のような声が、彼女の口元から漏れた。 「どうして……知ってるんですか……お母さんの……知り合い……?」 その言葉を聞いた途端に、少年とポニータはちらりと目を合わせ、やっぱり、と少年は呟いた。 あまりにも小さな声だったから、ラーナーの耳には届かなかったけれど。ラーナーは少し首をかしげ、眉をひそめる。 その様子を見て、はぁ、とあからさまな溜息を彼はついた。 「まあそんなところ。それより」 ブルン、とポニータは鼻に葉が付いたのを取ろうと頭を振った。 音をたてて強い風が過ぎ去っていった。ポニーテールの長いラーナーの髪が風の吹くままに踊る。ポニータの体で舞う淡い炎。 「…………なんですか」 何か嫌な予感がラーナーの脳裏をよぎった。空気が濁っているように息苦しい。 少年は何かをためらう様に一瞬目線を落とす。唇を噛んでまたラーナーの目を見た。 深緑の瞳と栗色の瞳の視線が再び絡み合う。 「忠告しとく」 決心した少年の目は、とてもその外見からは想像できないほど冷徹な光を帯びていた。冷たく鋭い氷の刃が深緑の奥に潜んでいた。 金縛りにあったように、ラーナーはその視線から目を逸らすことができなかった。 冷たい生き物が背中を這いつくばって走るような感覚がラーナーを襲った。一瞬、けれど確かに、彼女の体が震えた。 けれど対照的に太陽は高熱の光を地に浴びせている。それなのにどうしてこんなに寒いのか。ラーナーの半袖から伸びる白い肌に、今にも鳥肌が立ってしまいそうだった。 「あんた……このままじゃいつか、殺されるよ」 |