第4話 もう一つのそれ


ヒュエナの家の中にあるテーブルの前にレイル、そしてその隣にはリーフが座っている。
彼女がお茶を出してくれると言うので、待つことになったのだが。
「ねえ、レイル。どうやってこの状況を切り抜けるの?」
リーフが小声で囁いた。
まるで自分らが戦場の最中にいるような言い方だったが、謝りづらくなってしまったのは確かである。
「まさか僕もこんなことになるなんて、思ってもなかった。どうすればいいかな?」
まいったような声でリーフに案を求めるレイル。
「とりあえずさ、ここは言葉に甘えてお茶をもらっておこうよ、ね」
「ね……って、それはまあそうだろうけど……」
彼の言ってることも間違ってはいないが、あまり参考にはならなかった。
レイルは自分で考えることにする。

「おまちどおさま」
お茶の用意ができたらしく、ラインが手に盆を抱えて部屋の奥から出てきた。
盆を運ぶ彼の姿を見ていると、本当に一人の家族だとしても違和感がない。
彼がテーブルの上に盆を置くと、ほんのりとお茶の香りが漂った。
「レイル、どうしたの? そんな引きつった顔して」
向かい側のいすに腰掛けながらヒュエナが言った。些か心配そうな顔をしている。

さすがにこれ以上相手に気を使わせては悪い。
レイルはごくりと唾を飲み込むと、心を決めた。
「あの、ヒュエナさん。借りてた龍の鱗なんだけど……」
なんとも言いにくそうにしながら、レイルはポケットから例の物を取り出し、テーブルの上に置いた。

もともと白い鱗が、いまやすっかり黒くなってしまっている。
貸した当人ならば、元がどんな状態だったのか知っていて当然だろう。
だが、黒ずんだそれを見た瞬間も、ヒュエナはそんなに驚いたようには見えなかった。
ただ黙って、鱗を見つめている。その顔には表情がなかった。
「あ、あの、姉さんが勝手に実験に使って、こんなにしてしまって……すいません!」
無表情とはいえ、心の中では怒っている可能性も十分にありうる。
椅子から立ち上がり、レイルは慌てて頭を下げた。

申し訳なさそうに頭を下げる彼を見て、ヒュエナは小さく息をつくと、
「顔を上げて、レイル。あなたがそんなに謝る必要はないわ」
優しさを含んだ声で言った。
「え……だけど」
「実はね、なんとなく予想はしてたのよ。セリアさんのことだから、何かやらかすんじゃないかなって」
妙に落ち着いたヒュエナの反応に戸惑うレイル。
予想していたってことは、あらかじめこうなることが分かっていたのだろうか。
「セリアさんには悪いけど、僕も龍の鱗がきれいなままで戻ってくるなんて思ってなかったんだ……」
ラインは苦笑気味で、一言加えるように言った。
要するに、セリアは完全には信用されてなかったということになる。
彼女がよく分からない実験をしているのは、村の人ほとんどが知っている事実だ。
貸した龍の鱗が元のまま返ってくるとは思えなくても、仕方のないことなのかもしれない。

「でも、これって大事な物じゃないんですか?」
龍の鱗がそう簡単に手に入るような物には思えない。ドラゴンポケモンに持たせるとその力を引き出すとも言われている。
「それはね、こういうこと」
ヒュエナはテーブルの上に何かをそっと置いた。
「あ、どうして?!」
リーフが思わず声を上げる。
声には出さなかったが、レイルもかなり驚いていた。
そこには黒ずんでいない、表面の白い龍の鱗が置かれていたのだから。

「こっちは、私がお守りとしていつも持ってる方。セリアさんに貸したのは、使ってない方だったの」
白い方を指差して言うヒュエナ。
並べてみると、黒ずんだほうがなおさら無惨に思えてくる。
「でも、いくら使ってなかったからって、どうしてこれを姉さんなんかに?」
二つあったとはいえ、龍の鱗が貴重なものであることに変わりはない。
ちゃんと返ってこないと予想も出来たのに、何でわざわざ貸してくれたのか。
疑問に思い、レイルは訊ねた。
「セリアさん、いつも色々実験してるでしょう。物質に変化を加える実験だったかな?」
「姉さんがいうには、そうらしいけど……」
「少し前に、龍の鱗を私の家に借りに来たのよ。きっとめずらしい物だから、実験に使ってみたかったんでしょうね」
借りに来たときから自分の行動を読まれていたとは、本人は知る由もないだろう。
(そこまで分かっていたのにどうして貸してくれたんだ……?)
レイルの疑問は深まる。

「実験しているときのセリアさん、とても真剣じゃない?」
「そう言えば……いつもと表情が違うかもしれない」
実験室へ自分からはあまり行かないレイルだが、付き合わされたことは何度もある。
そのときのセリアは、とても真剣な表情で実験に取り組んでいたのを覚えている。
「何か一つのことに真剣になれるって凄いことだと思わない?」
「そう……なのかな?」
今までセリアの実験をよく分からない、何のためにやっているのか、などと低く見ていたレイルだが、ヒュエナにそう言われると、本当にそうだったのか自信がなくなる気がした。
「私はね、セリアさんの熱心さを見込んで龍の鱗を貸したのよ」
レイルはなるほど、と思いながらも、それだけの理由で貸してくれるヒュエナの心の広さにあらためて感心していた。
彼女のこの寛大さも、人々から慕われる理由の一つなのだろう。
「ヒュエナさんにそう言われると、セリアさんがなんだか凄い人のように思えてきたなあ……」
リーフもレイルと同じく、セリアの実験をあまり良く思っていなかったのだが、ヒュエナの話を聞くことで考え方が変わったのかもしれない。

「レイルもリーフも、鱗のことなんて気にしないで、ゆっくりしていってね」
「ちょうどお茶もいい温度になったみたいだよ。はい」
ラインがカップを手に取り、レイルとリーフの前に置く。
淹れたてのお茶は、話している間にちょうどいい飲み頃になったようだ。
レイルはほっとした気持ちで、目の前のカップを手に取った。


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