第5話  記事は示す


レイル達がヒュエナの家に来てからだいぶ時間が経った。
お茶を飲んだり、会話をしている間に、いつの間にか太陽も紅くなりはじめている。
(結構のんびりしちゃったな。さて、そろそろ……)
椅子から立ち上がろうとしたレイルは、足元に何か落ちていることに気づく。
来たときは鱗のことで頭がいっぱいで気がつかなかったようだ。
何だろうと思い、レイルはそれを拾い上げる。
「レイル、何それ?」
「足元に落ちてた。何かの記事みたいだけど……」
だいぶ色あせていることから、かなり昔の記事なのだろう。
「ヒュエナさん、これ」
レイルにそれを見せられて、彼女は一瞬顔色を変えた。
だが、その変化は微々たるものだったので、レイルやリーフは気がつかなかっただろう。
横目でヒュエナを見ていたラインは気づいていたようだったが。

「ああ、ありがとう。探してたのよ、それ」
その言葉に、どこかぎこちなさを感じる。動揺を隠しているようにも思える。
「どうしたの、ヒュエナさん?」
「……え、何でもないの。気にしないで、リーフ」
首を横に振るヒュエナ。無理やり笑顔を作ろうとしているのが、レイルにも分かった。
「何の記事なんですか?」
彼の質問に、ヒュエナは暫し黙り込む。
隣にいるラインも、彼女と同じように顔を曇らせているように見えた。
「何しろ、喜べるような内容じゃないから……。それでも聞く?」
「え……」
いつになく真剣なヒュエナの表情に、一瞬戸惑ったレイルだったが、そんな言い方をされるとかえって聞きたくなってしまうものだ。
レイルは頷いた。リーフも聞かせて、と答える。

「何年も前にね、大陸全土を荒らしまわっていた……いわゆる盗賊達がいたのよ。さっきの記事はそれについて書かれたものなんだけど……」
神妙な面持ちで話し始めるヒュエナ。レイルもリーフも黙ってそれに聞き入る。
「そいつら、ずいぶん酷い連中でね。何の罪のない人達から金品を奪ったり……。それだけじゃなくて……殺したりすることも全然珍しいことじゃなかったの」
「そんな! ひどすぎるよ!」
リーフが思わず声を上げる。
「喜べるような話じゃないって、さっき言ったよね? こういうことだよ、リーフ」
ラインがリーフをなだめるように呼びかける。
静かに言う彼の様子から、ラインはこの記事のことを知っていたのだろう。

「人々は皮肉を込めて、その集団をキラーと呼んだわ。殺人集団、とね。
ニュースとか新聞とかで取り上げられたこともあったんだけど、聞いたことなかった……?」
レイルは首を横に振る。もともと自分は新聞やニュースにはあまり興味がない。何年も前のことならなおさらだった。
「知らなかった……。でも、そんなひどい奴ら……誰も止めようとしなかったの?」
「もちろん、やられっぱなしで黙っている人もいなかったわ。そんな人たちが集まって、討伐団が結成されたのよ」
そんな団体が結成されるほど、キラーは猛威を振るっていたのだろう。
自分が知らなかったとは言え、過去にそんな組織の対立があったとは、レイルに取って思いも寄らないことだった。

「でも、キラーのリーダーの使うポケモンはとても強力でね……討伐団もかなり困らされたらしいわ」
「それって、どんなポケモンだったの?」
なんだか落ち着かない様子で、リーフが尋ねた。
話を聞き始めてからと言うもの、彼はずっとそわそわしている。
「……確か、『蒼の殺人鬼』って呼ばれていたわ」
ヒュエナが口にしたその言葉には、どこか重みを含んでいた。
それが何を意味しているのかレイルには分からなかったが。
「そのキラーってどうなったんです?」
「キラーが活動していた期間はそんなに長くはなかったの。せいぜい半年ってところね。
先回りして待ち伏せしていた討伐団と、背後から攻めた方とで挟み撃ちにして、ようやくリーダーを捕らえることが出来たって聞いてるわ。
けど……そのリーダーは最後に自分のポケモンを逃がし、追っ手を振り切ってそいつは逃げたらしいの」

「ちょ、ちょっと待ってよ、じゃあ……」
聞かされた事実に堪らなくなったのか、リーフが口を開く。心なしか声が震えていた。
無理もないだろう。ヒュエナの言ったことが本当ならば、その『蒼の殺人鬼』はまだどこかで生きている可能性もある。
「心配しないで、リーフ。あれから何年も経つけど、その間『蒼の殺人鬼』の仕業と思えるであろう事件は一度も起こらなかったわ。
キラーのリーダーは逮捕。その後、討伐団による捜査が行われたんだけど、結局見つけることが出来ずに、討伐団は解散、そして今に至るというわけなの。
だから今となってはね、『蒼の殺人鬼』がどこにいるのか、生きているのか死んでいるのかも分からないのよ」

ヒュエナがリーフをなだめるかのように、落ち着いた声で言う。丁寧な説明は説得力があり、レイルもリーフも納得がいった。
もし、『蒼の殺人鬼』が生きているとすれば、どこかでけが人や死者が出ていてもおかしくはない。
ヒュエナが言うように、全く事件が起こっていないのならば、『蒼の殺人鬼』が生きている可能性は薄い。
「……そうか。それなら、大丈夫ですよね」
レイルは自分自身に言い聞かせるように言った。リーフも少し、安心したようだ。

「心配することはないよ。もう、昔の話だからね」
「あなた達を不安にさせて、ごめんね……」
暗い表情で謝るヒュエナに、レイルはあわてて首を横に振る。
「僕らが聞きたいって言ったんです。ヒュエナさんが謝ることないですよ!」
なんだか自分達が彼女にとても悪いことをしてしまったような気がした。
ただ、記事が何なのかを知りたかっただけ。まさか、あんな話を聞かされるとは少しも思っていなかった。
「……じゃあ、暗くなってきたしそろそろ帰ります。今日は、お茶、ありがとうございました、おいしかったですよ」
「そう、それじゃ、気をつけてね」
レイルはヒュエナの顔を見る。さっきまでの暗い表情はなく、いつもの優しい笑顔がそこにあった。

「はい、お邪魔しました。行こう、リーフ」
「うん……」
席を立ち、レイルはドアに向かって歩き出す。
そのときはヒュエナの家にいることに居づらさを感じて仕方なかった。
逃げるような感じになってしまったことが、自分に罪悪感を残した。




レイルが出て行った後、ヒュエナはぼんやりとさっきの記事を見つめていた。
彼女の背中に、ラインが呼びかける。
「ねえ、ヒュエナ。よかったの?」
「……分からない。どうしてレイル達に言う必要があったのか、自分でも分からないのよ」
どこか迷いを含んだ彼女の声に、ラインは黙って俯く。
「それより、ライン……」
「分かってる」
「頼りにしてるからね」
真剣味のこもった声でヒュエナが言った。
「……うん」
ラインも、短くも重みのある声で答えた。


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