第6話 影差す夕暮れ



ヒュエナの家で話し込んでいる間に、すっかり時間が経ってしまったらしい。
薄暗くなり始めた道を、レイルとリーフは無言で歩いていた。
話す気分にならないのは、さっきヒュエナから聞いたことがまだ頭に残っているからだろう。


『キラー』


何年も前にポケモンを使い、各地の村を襲っていた盗賊団。
ヒュエナから聞かされるまでレイルはその組織を知らなかった。
奴らがどんな酷い行いをしてきたのか、襲われた村々がどうなったのかレイルは知らない。
ただ、それを話すヒュエナから、ただならぬ雰囲気を感じずにはいられなかったのだ。
彼女があそこまで暗い表情をしているのを、レイルは今までに見たことがなかった。
「なあ、リーフ。キラーのこと……聞かなかった方がよかったかな?」
沈黙を破り、レイルがリーフに訊く。
「……分からない。でも、話してるときのヒュエナさん、とても辛そうだったよ」
レイルの方を振り向き、リーフは言った。

どうやらリーフも同じように感じていたらしい。
もともと明るい話ではないにしろ、ヒュエナの表情は、ただその記事に対して悲しんでいるものとは思えなかった。
もしかすると、過去にキラーと何かあったのかもしれない。
「でも、ヒュエナさんもラインも心配することはないって言ってたし、そこまで気にすることないよ」
これ以上この話題について話したくなかったのか、レイルが無難な考えを言う。
本来ならここでリーフが相槌を打ってくるのだが、そのときは返事がなかった。

リーフは立ち止まったまま、自分の目を見開いている。まるで何かを感じているかのように。
「どうした、リーフ?」
「……なんか、変じゃない?」
「何が?」
「周りの森だよ。静かすぎる……」
不安そうに、リーフは自分の右側にある森を見やった。

レイル達の歩いている道の左右は森が広がっている。
「静かすぎるって……」
別に違和感を感じることもなく、今まで歩いてきたレイル。目を閉じ、耳を澄ましてみた。
風が木の葉を揺らすザワザワという音、風が流れる音が耳に入ってきた。
だが、それ以外の音は全くと言っていいほど聞こえてこなかった。
普段なら森に住むポケモンたちの鳴き声や、草を掻き分ける音が聞こえてもおかしくはないのだが。
「……たしかに変だ。なんて言うか……」
「森が、死んでるみたいな感じがする」
「ああ、それだ。今の雰囲気はまさしくそれだよ。……いったい何があったんだ?」
リーフがさっき立ち止まっていたのは、この異変に気がついていたからだろう。
草ポケモンである彼は、レイルには分からなかった微妙な変化を敏感に感じ取っていたのだ。

森の異変に戸惑っていると、なにやら自分達の側にある茂みがガサガサと動いていることに気がついた。風ではなく、明らかに何かがいることを思わせる。
「……何だ?」
レイルはおそるおそるそこへ近づく。それとは反対に、リーフは一歩後ろに下がる。何が出てくるか分からないから離れているのだろう。
「ねえ、レイル。だ、大丈夫なの?」
「心配するなって、多分野生のポケモンだ。森で何があったか聞け……うわっ!」
その茂みから飛び出してきた何かから、レイルは顔面に直撃を受けた。
頭に強い衝撃を受け、一瞬気が遠くなりかけたが、すぐに我に変えると、飛び出してきたのが何だったのかを見る。

その本人はぶつかったショックで気絶してしまったらしい。
そこに倒れていたのは茶色っぽい毛並みに、前足と後ろ足に尖った爪をもつポケモン、マッスグマだった。
「だ、大丈夫!?」
レイルかマッスグマか、どちらに向けた言葉なのか分からないが、リーフ自身はマッスグマの方を心配しているようだ。
「しっかりして、ねえ!」
リーフの呼びかけに、マッスグマが気がついたのか、ゆっくりと目を開く。
突然の衝撃で、軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしていただけだろう。

「う……うわっ!!」
マッスグマが目を開いた瞬間、顔が引きつるのを見た。それは間違いなく、何かにおびえているような感じだった。
「どうしたんだよ、何があった?」
「あ、も、森にあいつが……」
何とか搾り出すような声。まだ震えは止まっていない。
「あいつって……誰?」
「あ、『蒼の殺人鬼』だ」

その言葉にハッと息を呑むレイル達。
ついさっき、ヒュエナの言っていたことが頭をよぎる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そいつはもう生きていないって……」
「俺に言われても困るよ! でも、あいつが生きていたか死んでいたかははっきりとは分かってなかったんだ。
どうやら生きてたみたいで……今、この森にいるんだよ!」
必死になって話すマッスグマ。どうやらこの森に『蒼の殺人鬼』がいるのは本当なのだろう。
「こっちの森には近づかないほうがいいよ……。それじゃ!」
マッスグマはそう言い残すと向かって反対側、レイルから見ると左側の森へと消えてしまった。

レイル達は身動きせず、そこに立ち尽くしていた。
まだ今の状況がよく飲み込めていないような気がする。
自分達のすぐ近くに『蒼の殺人鬼』がいるなどと聞かされても、実感が湧くものではなかった。
だが、その事実を暗示するかのように、森はしんと静まり返っている。
静かだったのは、他のポケモンがおびえて普段のように活動できなかったからなのだろう。



だんだんと増してくる森の闇に、レイルは不気味さを感じた。


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