第13話 影追い


予想通り、ヴィムが振り返った先には二つの姿が見えた。
一人は女性。刺すような視線といい、少なからず取っている間合いといい、明らかにヴィムに対して警戒心を抱いていることが分かる。
そしてその女性の隣には、彼女を守るかのようにして立っている緑の姿――フライゴンが見えた。
「……私に何か用か?」
「ふん、よくもぬけぬけと言ったものだ。用もなしにこんな森の奥までわざわざ会いにくると思うか?」
さっきと変わらず、強い口調で女性は言う。ヴィムに対して恐れを成しているとは全く思えない。
「私はヒュエナ。この周辺の村、リスタの村長だ。ここの森に『蒼の殺人鬼』がいると知ってな。……村の安全を守るのは私の役目だ」
ヒュエナに、普段の優しそうな面影は見えない。今の彼女を、レイルやリーフが見たら驚くこと間違いないだろう。

「いつから気づいていたのだ?」
ヴィムは探るようにヒュエナを見る。この森に入ってからは、目立つような行動は取っていない。
自分の立場は十分理解しているつもりだったし、余計な行動は出来る限り避けている。
もともと体を休めるために、立ち寄ったこともあってほとんどこの場所で眠って過ごしていた。
強いて言うならば、レイルとリーフと話したことが思い当たるが、彼らが自分のことを話したとも考えにくかった。
それならばなぜ、感づかれてしまったのだろうか。
「二日ぐらい前か……なんとなくだが、森の様子がおかしいと感じていた。妙に静かで、ポケモンが行動している気配が見られなかったからな。そして、ラインのおかげでもある」
ヒュエナは隣に立っているフライゴンに目をやる。ラインは身動きせずに、ただ黙ってヴィムの方を見つめていた。
視線に鋭さは感じなかったが、じっと見つめるその瞳には真剣さが垣間見えた。
「ラインが気配を感じ取ってくれたおかげで、お前の存在を確信できたよ。私には分からないが、同じドラゴンタイプ同士、何か感じる物があるらしい」
ヴィムはラインの存在に気がついていなかったが、ラインはヴィムに気がついていた。
同じドラゴンタイプとは言ったものの、その能力に差はある。育つ環境が違えば、その能力にも違いが出てくる。
おそらく、ラインはここの森に来る前は、砂漠という厳しい環境で暮らしてきたのだろう。その砂漠の厳しい環境が、彼の他の生物を感じ取る能力を強くさせていたのだ。

「なるほどな……で、お前達は私を殺しに来たのか?」
「……!」
単刀直入な質問に、ヒュエナもラインも少し戸惑った様子を見せたが、
「そういうことになるね」
ラインは静かに答える。その静けさの中にも、彼の決意のようなものが見て取れた。
もうここに来る前から決めていたのだろうか。ヴィムを殺すということを。
「村の人々はまだ気がついていないようだが、お前がいると安心して生活を送れないからな。……死んでもらうぞ」
ヒュエナは、これまでにないほど鋭い視線でヴィムを睨み付ける。それには明らかに殺意が込められているのを、ヴィムは感じた。
「もし、私がお前達の生活にとって障害となるのなら、今すぐにでも出ていく。それではだめなのか?」
「そういうわけにもいかないよ。君が『蒼の殺人鬼』って呼ばれてるのは、僕もヒュエナも当然知ってる。この森を出ていった先で、君が何をするか分かったもんじゃない」

あらかじめ予想はしていたことだった。彼らに何を言っても信じてもらえないのではないかと。
殺人鬼として見られているヴィムのイメージはどう考えても、良いものではない。平気で他人を傷つけ、殺してしまうような存在だと見られているのかもしれない。
確かに、昔のヴィムならばそうであっただろう。だが、今の彼なら胸を張ってそうではないと言い切ることが出来た。
たとえ信じてもらえなくとも、ヴィムは自分の正直な気持ちを伝えようと口を開く。
「私は……他のポケモンや人間を傷つけるつもりはない。確かに『蒼の殺人鬼』と呼ばれているが……それはもう昔の話だ」
「そんな言葉を信じるとでも? 甘く見られたものだな」
ヒュエナはヴィムを蔑むような冷たい笑みを見せた。
「私は知っている。お前がどんな力を持っているか、そしてその力でどんなに残忍なことをしてきたかを。私はキラーと敵対する……討伐団の一人だったからな」

刹那、彼らの間に風が吹いた――――。

強い風だった――――。

木の葉、木々が揺れ、ざわめく音で森の静寂が破られる。
まるで、突然突きつけられた事実に、森が驚いているかのようだった。
「そうか、だからそこまで執拗に私を殺そうとしているのだな……」
それほど驚いた様子は見せないヴィム。
ある程度予想はしていたのだ。ヒュエナが自分に向ける殺気は、村長だからという理由だけではないと。
「その通りだ。さて、覚悟はいいか?」
「私は……戦いたくはない。さっきの言葉に偽りはないんだ。……信じてくれないか、ヒュエナ」
この言葉が、ヴィムにとっては最後の頼みだった。もし、これでも無理なら、これ以上言葉を交わしても無意味だろう。

だが、ヴィムの誠意もヒュエナには伝わらなかったようだ。名前を呼ばれた瞬間、彼女の表情は一変した。
「お前に名前を呼ばれる筋合いなどない!」
出来るだけ相手を怒らせないようにと優しく言ったつもりだったが、逆効果だったようだ。
ヴィムに自分の名前を呼ばれること自体、ヒュエナにとっては許し難いことなのだったようだ。
(そこまで私を憎んでいるというのか……)
ヒュエナの態度に、突き放されたような感覚がした。だが、彼女に対する憎しみのようなものは浮かんでこなかった。
憎まれるのは百も承知している。それだけのことを、自分は過去に幾たびも重ねてきたのだから。
「私が討伐団員だったとき、とある村を訪れた。酷い有様だったよ。あの無惨な光景は今でも思い出すことができる……。だが、それがたった一人のポケモンの仕業だと聞いた時の衝撃は、言葉では言い表せなかった」

こんなにも無惨なことを本当に一人でやってのけたのか?

殺された人々にいったい何の罪があったというのか?

こんなことが許されるとでも思っているのだろうか?

「……色々な想いが頭の中で渦巻いていたのを覚えているよ」
ヒュエナはヴィムの行いを、その目で目の当たりにしてきた。その隣には当然ラインもいたはずだ。
彼らはヴィムの殺人鬼としての部分を目にし、心に刻み込んでいる。ヴィムの話を最初から全く信じようとしなかったのは、そのためだったのだ。
「僕たちは本気だ。君だって、戦いたくないなんていいながら、本当は血が騒いで仕方ないんじゃないのか?」
「……もうたくさんだよ。血を見るのは。本当に戦う気はないんだ。私の言葉を信じてくれ」
「くどい!」
強く言い放つと、ヒュエナはラインの後ろに回り、そっと囁く。
「……ライン、頼んだぞ」
ヒュエナに呼びかけられたとき、一瞬その表情に戸惑いのようなものが浮かんだが、すぐに消える。
そして大きく頷くと、背中の羽を広げヴィムの前に立ちはだかった。
「僕は本気で君と戦う、手加減なんてしないから」
ヴィムを睨みながら、ラインは言った。

こうなることだけは避けようと思っていた。何とか説得して、分かってもらおうと試みた。
だが、ヴィムの言葉は彼らの耳には届かなかった。そしていま、彼が直面しているのは、ラインと戦わなければならないという現実。
「……どうしても、戦うしかないのか」
あきらめたように呟くと、ヴィムは翼を広げる。
ラインはヒュエナと共に討伐団で活動していたこと間違いないだろう。だとすれば、かなりの手慣れ。
そして、戦う前から感じていたヒュエナ、ラインの自信からしても、実力は相当なものだと思われる。

もはや激戦は避けられなかった。


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