第14話 蒼と碧の旋律



ラインは羽を震わせ、軽く上昇するとヴィムに向かって突進してきた。
速い。しかし、相手の動きがしっかりと把握できているのならば避けきれないことはない。
ヴィムは翼を羽ばたかせると素早く上昇し、交わす。旋風が巻き起こり、辺りの草木が激しく揺れた。
「ライン! 相手は『蒼の殺人鬼』だ。一筋縄ではいかない、気を抜くな!」
トレーナー同士の腕試しとはわけが違う。ポケモンバトルであると同時に、ヒュエナにとっては命のやりとりでもあったのだ。
彼女の表情、声は真剣そのものだった。
「分かった!」
ヒュエナの呼びかけに応じたラインはヴィムに負けじと、後を追うように上場した。

ヴィムは森の木々が邪魔にならないような高さの場所まで移動していた。
空中で静止するかのように、翼で絶妙なバランスを保っている。ラインはすぐにそれを見つけると、近づいていった。
「……やはり、戦うつもりなのか?」
「分かってるはずだよ。君は僕らと対立する側にいる。……戦いは、避けられないんだ」
ラインの声は、心なしか震えているようにも思えた。強敵を前にした恐れか、あるいは勇み立つ心からくる武者震いか。
だが、こちらを見つめるラインの瞳には迷いがなかった。それは、戦うことを心に決めていることを暗示する。
「そうか……。不本意だが、仕方ないな」
覚悟を決めたのか、ヴィムは翼の角度を変え戦いの姿勢を取る。
ようやく決意した彼を見て、ラインはヒュエナの指示を待つ。

彼らのやりとりは、下にいたヒュエナにも聞こえていた。
月明かりと開けた土地のおかげで、彼女にもヴィムやラインの姿を確認することができる。
ヴィムの言葉を聞いて、ついに戦いの時が来たと悟る。
「ライン! 狙いを定めて竜の息吹だ!」
ヒュエナはラインに向かって叫ぶ。
黙って頷くと、ラインは大きく息を吸い込んだ。やがて、自分の喉に熱いものが込み上げてくる。
口元から漏れている炎。普通の火炎ではない、黒い炎だった。ドラゴンタイプ特有の技、竜の息吹。
十分なまでに炎が蓄積されたのを確認すると、勢いよく吐きだした。黒い塊が夜の空を切り裂き、ヴィムに向かって直進する。
(竜の息吹か……)
迫り来る炎を冷静に見つめるヴィム。
紅い炎と黒い炎。相性的にはどちらが強いとは一概には言えなかったが、炎に立ち向かうのならば炎だ。
向かってくる炎に対して、火炎放射で迎え撃つ。
炎と炎がぶつかり合い、激しい爆発が起こる。森が一瞬、昼間のような明るさに包まれた。
「……力でこちらが勝っていなければ、有利になる状況を作り出すまで。ライン、砂嵐だ!」

力のぶつけ合いだけでは勝てないと判断したのだろうか。ヒュエナは再び指令を飛ばす。
ラインは羽を激しく羽ばたかせる。すると、どこからともなく巨大な砂の渦が舞い上がり、ヴィム、そしてラインの体を飲み込んでいった。
「……砂嵐か。砂漠の精霊の力、侮れないな」
いくらフライゴンでも、まさか森の上で砂嵐を起こせるとは思ってもいなかった。
それだけ、ラインの能力は高いということなのか。とにかく今はこの砂嵐をどうやりすごすかが、ヴィムにとっては先決だった。
砂嵐は地面、岩、鋼タイプであればダメージを受けずにすむ。元は砂漠に住んでいたラインならば、砂の中を進むのも容易なことだろう。
飛行、ドラゴンタイプであるヴィムには不利な状況だった。視界が悪くなる上、砂嵐によって徐々にダメージを受けてしまう。

砂嵐の中、ヴィムはなんとかラインの姿をつかもうと試みる。だが、見る限り砂が舞っていて、どこにいるのかまるで見当もつかない。目を開けているのも辛いほどだった。
「ライン、もう一度竜の息吹だ!」
ヴィムは砂嵐で戸惑っている。このチャンスを逃すわけにはいかない。
ヒュエナの声を聞くやいなや、ラインは間髪入れずに黒い炎を吐きだした。
ラインは砂嵐の中でも先を見通す視力を持っている。標的を的確に捉えることも容易だった。
砂に阻まれて、動きの鈍っていたヴィムの横腹に炎が命中する。
「……くっ」
熱い炎が体をむしばんでいくのが分かる。その苦痛にヴィムは歯を食いしばった。
竜の息吹は名前の通り、ドラゴンタイプの技だ。同じドラゴンタイプであるヴィムは、二倍のダメージを受けてしまうのだ。
「次でとどめだ。ライン、全力で竜の息吹!」
ラインに向かって叫ぶヒュエナの声は、当然ヴィムにも聞こえていた。
砂嵐でヴィムの体力は徐々に削られている。次の一撃はなんとしても避けなければならないだろう。

しかし、避けているばかりでは、いずれ砂嵐のダメージでやられてしまう。どうにかして、ラインに攻撃を加えなければならない。
辺りの視界はほとんどゼロに等しかった。闇雲に動いたところで、力の浪費にしかならない。ここはどうするべきか。
「…………」
ヴィムは目を閉じて、相手の気配を読む作戦に出た。
風の音と共に、砂のざらついた感覚が、今までにも増して伝わってくる。
砂、そして風の舞う音。その中にヴィムはかすかな羽音を聞いた。それは、ラインが羽を震わせたときに起こる音に間違いなかった。
「……後ろだ!」
ヴィムはさっと身を翻すと、爪を構える。
予想通り背後には、息を吸い込んで炎を吐く準備をしていたラインがいた。
「!」
まさか、この砂嵐の中で気配を読まれるとは夢にも思っていなかったのだろう。
一瞬、我を忘れたようにラインは硬直する。驚きか、それとも恐怖からか、その瞳は大きく見開かれていた。
その隙を逃さず、ヴィムは構えていた爪を振り下ろした。

ザッ――――。

鋭い爪がラインの体を切り裂く。
首筋から右腕のあたりにかけて、紅い筋が入った。
「うわあああっっ!」
闇を裂くような悲鳴。痛みのためかラインはバランスを崩し、そのまま下へと落ちていった。
ラインがいなくなったため、核を失った砂嵐は勢いをなくし、そのままスッと消えていった。
砂嵐が消えたことを確認すると、ヴィムはラインが落ちたと思われる方向へ向かう。
さっき炎を受けた部分が痛んだが、それよりもラインの方が心配だった。
ヴィムがラインに使った技は、ドラゴンクロー。名前の通り爪で相手を斬りつける技で、ヴィムの得意とする攻撃でもあった。
ラインも同じドラゴンタイプならば、ダメージは二倍になる。
ましてや、バランスを崩して墜落するほどだ。かなりの致命傷を受けたのではないかと思われる。
「……大丈夫だろうか」
ラインの落ちていった方を確認しながら、ヴィムはそこへゆっくりと下降していった。


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