第21話 ちょっとした旅へ




そう、あのとき私は彼の命令に従い……逃げた。


私に戦う力は、あった。追っ手を倒せと命令していれば、その場をしのぐこと出来たのではないか。


私を逃がしたのは何か思惑があったのか?


お前は何を思っていた……?

何がお前を駆り立てた……?

ザルガス――――。




ヴィムは顔を上げて天を仰いだ。
昼間天気がよかったせいか、星がきれいに輝いて見えた。
だが、彼の心境は今の空とは対照的だっただろう。
夜の闇に紛れてはっきりとは見えないが、沈んだ表情をしているように見える。




レイルの部屋の窓からは、外にいるヴィムが見えた。
家の広さは変えようがなかったため、夜だったが彼には外にいてもらうしかなかったのだ。
少々悪い気もしたが、この季節は外も寒くなく過ごしやすいので外で眠ることが出来る。
だからヴィムには家の側の草むらの所で寝てもらうことにしたのだ。
だが、今の彼は眠るような様子はない。時折空を見上げたり、頭を下げてため息をついたりしている。
「やっぱり……気になってるんだろうな。リーフが余計なこと言うからだぞ?」
レイルはカーテンを閉めると、ベッドの上に腰掛けた。それほどきつい表情ではないが、リーフを睨む。
「ごめん。ヴィムがあんなにもあの人のことを気にしてたなんて……分からなかったんだ」
少ない言葉から相手の気持ちを察するのは、リーフにはかなり難しいことだった。
昼間のヴィムの言葉の裏に隠された、これ以上詮索して欲しくないという想いを読みとることが出来なかったのだ。
「どうしよう……今更謝ったって、ヴィムの悩みは消えないだろうし……」
一度沸き上がってきた疑問は、考えれば考えるほど余計に気になってしまう。忘れようと努力しなければならない時点で、物事を忘れることなど出来ない。
おそらく、ヴィムにとってザルガスのことは前々から気になっていたことのようだ。それが昼間のリーフの質問によって思い出され、彼を悩ませてしまった。

どうしていいか分からず、リーフは俯いたままだ。かなり責任を感じているらしい。
「ザルガス、か。僕にちょっとした考えがある。どんな結果になるかは分からないけど……やってみようと思う」
「どんな考えなの?」
「明日、ヒュエナさん聞くことがあるんだ。詳しくはその後で話すよ」
リーフは何を聞くの、と言いそうになって慌てて口を噤む。これではヴィムの時と同じように思えたからだ。
気にはなったが、レイルが後で話してくれると言っているのでその時にしっかり聞くことにする。
「そろそろ寝るか」
「うん」
レイルはリーフをボールに戻すと、部屋の電気を消す。そして自分もベッドに入り、目を閉じた。




次の日の朝。今日も昨日と同じくらいいい天気だ。
レイルは窓からヴィムを見る。なかなか眠ることが出来なかったのだろうか。まだ寝そべったまま目を閉じている。
「…………」
彼がどんな想いなのかは分からない。だが、今のままでは思い悩んだままだろう。
このまま黙って見ているのは嫌だった。何かできることがあるのならば、それをしたい。
レイルは部屋を出ると、ヒュエナの家に向かった。彼女に聞いておかなければならないことがある。
地面がむき出しになっている道をしばらく歩く。いつもなら隣にリーフがいるのだが、今日は家に残してきた。
まずはヒュエナに話を聞いてから。その返答次第で、リーフに伝えることも変わってくる。
それに、今の質問はリーフがいない方が訊ねやすい。だから彼には家にいてもらったのだ。
リーフのこと、聞く話のこと。いろいろと思案しているうちに、彼女の家の前にたどり着く。
家の周りには相変わらずきれいな花が咲いている。以前と比べると、少し種類が変わったような気がする。
ドアの前まで行き、ノックをするが返事はない。前に来たときのことを思いだし、レイルは早足で裏へとまわった。

予想通り裏庭にはヒュエナの姿が。そしてその隣にはラインもいた。
二人は小さな花畑を前にして立っている。やがて、ヒュエナがレイルに気がつきこちらを振り向いた。
「あら、レイル。どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって……」
少なからずとも真剣味を帯びたレイルの声。
最後まで聞かずとも、それはヒュエナには分かった。
「めずらしいね。君が一人で訪ねてくるなんて」
レイルの隣には必ずと言っていいほどリーフの姿があった。それが、今日はいない。
いつもと違う珍しさのようなものを感じ、ラインは言った。
「僕一人の方が聞きやすい質問かも知れないから」
「……重要なことみたいね。何なの?」
微笑を含んだ表情から、突然真面目な表情へと変わる。
口を開きかけたレイルだったが、普段見ないような彼女の顔に少し驚いていた。
ラインも興味があるのか耳を峙(そばだ)てる。
「……キラーのリーダーがどうなったか知っていますか?」
ヒュエナとラインの顔が一瞬引きつる。
話が重要であるということははっきりと伝わっただろう。
「どうして……そんなことを聞くんだ?」
「ヴィムが会いたがってる。直接言われたわけじゃないけど、何となく分かるんだよ」
昨日見たヴィムの様子からして、明らかにザルガスに対して未練があるようだった。
会いたいと言葉にせずとも、彼の気持ちはレイルには十分過ぎるほど伝わっていた。
「……会いに行くつもりなの?」
「行ける範囲なら、会わせてやりたい」
全く迷いを見せず、真っ直ぐにヒュエナを見つめレイルは答えた。
ヒュエナもレイルが本気であることが分かったようだ。彼がここに来たときから、どことなくただならぬ雰囲気は感じていたのだが。
「分かったわ。ここから森を挟んだ西がわの街……ラゾンって街は知ってる?」
レイルは頷いた。行ったことはなかったが、何度か話で聞いたことはある。
リスタよりも随分と賑やかな街で、人口も多いらしい。
「そこの街の近くにある刑務所にザルガスはいるわ。ラゾンから歩いていける距離だと思うから」
いきさつを詳しく知っているということは、ヒュエナもそこへ行ったことがあるからだろうか。気にはなったが、聞こうとは思わなかった。
「教えてくれてありがとう。ヒュエナさん」
短く礼を言うと、レイルは立ち去ろうとする。
出来るだけはやくこのことをヴィムに伝えたいと思った。
あと、リーフにも話しておこう。もしラゾンに行くのなら一緒に。
「待って、レイル!」
ヒュエナに呼び止められ、レイルは振り返った。
「あなたがセリアさんにラゾンに行くって言っても、彼女のことだから心配はしないと思うけど……。
どこへ行こうとも、何があろうとも、レイルは……もちろんヴィムも村の一員だから、無事に帰ってきてね」
優しく、包容力のある声でヒュエナは言った。
レイルはハッと胸を突かれたような気持ちになる。
ヒュエナに言われて今気がついた。ヴィムのことを考えるあまり、気が焦ってしまって自分の身をなんら考えていなかったことを。

ラゾンはリスタの外の街だ。かなりの都会であるため、ここにはない危険が存在する可能性も高い。
行った先で何かに巻き込まれてしまうといったことも十分に考えられた。
ヒュエナは、本来ならレイルを心配すべき姉の代わりをしたのかもしれない。
「必ず……無事に帰ります。僕もリスタの一員だから……」
焦りから抜け出し、落ち着きを取り戻したレイル。
ヒュエナはその答えを聞いて、ホッと安堵の息をついた。
「レイル、ラゾンまではヴィムに乗っていくんだよね?」
「ああ、そうだけど……」
リスタからラゾンまでは結構距離がある。いち早くたどり着くには空を移動するのが一番だ。
ザルガスの居場所は離れた場所だと予想していたので、もともと移動はヴィムを頼るつもりだった。
「……そうだとしたら、出発するのは夕方がいいと思うよ」
「どうして?」
「ヴィムを敵視している輩は、たぶんまだいるだろうからさ。それに、人目に付いたら騒ぎになるかもしれないしね」
暗い方が見つかりにくいし安全だ。誰かに見られる心配も少ない。
もし、ヴィムのことを知っている者に見られたら騒ぎになること間違いないだろう。
ラインもレイル達のことを心配してくれていることが伺えた。
「分かった。……二人とも、ありがとう」
レイルは再び礼を言うとヒュエナの家を後にした。


二人の心遣いに感謝しながら。


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