第23話 紅への飛翔



夕方。昼間の快晴が残っているのか、夕焼けが綺麗だった。
家の前にヴィムを連れて、レイルは立っていた。肩には鞄が提げられている。
あまりどこかに行くということがないので、鞄が使われるのはめずらしいことだった。
リーフはボールの中に入っている。ヴィムに乗るのはちょっと気が引けたようだ。
「……じゃあ、行ってくるよ」
「お土産よろしく。あと、気をつけてね」
普通なら、気をつけて、が先にきそうなものなのだが。
語順が逆にも思えるセリアの見送りの言葉。一応、自分を心配してくれているものと思っておくことにする。
「分かった」
レイルは短く答えると、ヴィムの背中に跨(またが)った。
ポケモンに乗って飛ぶのは初めてだったのでちょっと不安な気持ちもあったが、空を飛ぶという感覚がどんなものなのか、楽しみな気持ちの方が大きかった。
「ヴィム、いいよ」
背中の位置からだと古傷がよりいっそう目立って見える。
出来るだけその部分にふれないようにしながら、レイルは首にしっかりとつかまった。
いざ乗ってみると、思っていたよりもヴィムの体は暖かいことに気がつく。
見た目が蒼い丈夫な皮膚で覆われているので冷たいイメージがあったのだが。
触れていると、不思議なぬくもりが伝わってくるような気がした。
「しっかりつかまっていろよ……!」
ヴィムは翼を大きく羽ばたかせる。巻き起こる旋風は徐々に大きくなり、辺りの草木を揺らした。
そして、地面を強く蹴ると、ヴィムは夕空へと舞い上がる。さらに翼に力を込め、高く高く。その姿は空にとけ込んでいった。
「……へえ。ヴィムが飛ぶ姿って、なかなか迫力があるものなのね」
セリアは空を見上げて呟く。力強く翼を動かし、空に舞い上がったヴィム。威厳さえ感じさせるほどだった。
思いがけず良いものが見られて、セリアは満足げに家の中に戻っていった。




レイルは最初、自分にかかってくる圧力に目を閉じていた。
風が上からごうごうと吹き付けてくる。目を開けるのが恐いほどに。
だが、しばらくすると突然体がふわりと軽くなった。強い衝撃も、激しい風の音ももう聞こえない。
「……?」
おそるおそる目を開けると、そこには夕焼け空の紅、下には鬱蒼とした森の深い緑が見えた。
薄赤い光を浴びてぼんやりと輝く森の木々は、どこか神秘的で、それでいて美しかった。
風が自分の頬をなでていく。レイルは心地よさを感じた。
「……わあ……凄い、凄いよ!」」
思わず歓喜の声を上げるレイル。
目に入ってくる景色の全てが、新鮮で爽やかに感じられた。
「レイル、ラゾンの街はこのまま西の方向でいいんだな?」
「森を挟んだ西側って教えてもらったから、この方向で合ってるよ」
「分かった。街が見えてきたら、少し早めに下降するからな。着く頃には夜になっているだろうとはいえ、ラゾンは大きな街だ。あまり近くだと見つかる可能性が出てくる」
大きな街だけあって、住んでいる人も多い。つまりそれだけ人の目が多いということだ。
「うん、分かったよ。街が見えてきたら早めに、だね」
ヴィムはああ、と短く答える。
キラーが活動していたのはもう何年も前のこととは言え『蒼の殺人鬼』のことを忘れていない人もいるだろう。
誰かに見つかって、ヴィムの存在が明かになってしまうことだけは避けなくてはならなかった。

目の前に見える夕陽は少しずつ下降を始めていた。ゆっくりと日が落ちていく光景は、普段見上げているものとは違う。
今は空にいる。日が自分よりも低い位置に沈んでいくのを見るのは、何とも不思議な感覚だった。
「……それにしても、空を飛ぶのって気持ちいいな。こんな風に空から大地を眺めたことも、こうやって風を受けたこともなかったからさ」
「それはよかった。私も空を飛ぶのは好きだからな」
前を向いているので、ヴィムの表情は見えなかったが、声が少し嬉しそうだった。
自分の翼で飛ぶことが、どんな感覚なのかレイルには分からなかったが、翼を持つ者にとって、空は憧れのようなものに思えた。
「独りでいたときは、それを紛らわすかのように飛んでいたときもあったな……」
頭上に大きく広がる、果てしなく広いそれはそこにいる全てのものを分け隔て無く包み込んでくれる。
例え自分のような者であっても、拒絶することもなく平等に受け入れてくれた。
「じゃあ、今はその必要はないよね」
「何……?」
「だってもう……ヴィムは独りじゃないだろ?」
何気ない調子で言ったレイル。それが当たり前のことであるかのように。
「……そうだな」
短く答えたヴィムだったが、心の中では喜びを噛みしめていた。
背中に感じているぬくもりがそれを何よりも証明している。ザルガスと別れて以来、誰かを乗せて飛ぶのは本当に久しぶりだ。



側にいてくれる主をその背に、ヴィムは翼を動かす。


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