第24話 夜の街へ



太陽もほとんど沈みかけていた。オレンジ色の夕陽が窓から差し込んでくる。
眩しいと思って窓を閉めようとしたラインは、夕空に映る影に気がついた。
「ヒュエナ、見て」
ラインは窓の外を指さした。
何だろうと思い、ヒュエナは窓の外を見やる。
「あれは……ヴィムね。背中にレイルも乗ってる」
遥か遠くの夕焼け空に、大きなシルエットが映し出されていた。時折翼を羽ばたかせているのが分かる。
影の大きさや輪郭から、ヴィムだと判断するのにそう時間はかからなかった。
「前にも一度、こうやってヴィムが飛んでいくのを見たわね……。覚えてる?」
「……そうだね。覚えてるよ」
あのときもこんな夕焼け空だっただろうか。いや、風景に見とれている余裕など無かったはずだ。
自分たちの視線は間違いなく、別の所に向けられていたはずだろうから。ザルガスが捕まる直前に逃がしたヴィムの元に。

ザルガスの元を離れ、空へと羽ばたいていったヴィムの姿はまだ目に焼き付いている。
もう彼への憎しみはなかったが、未だにその光景は忘れることができなかった。
「こうやってヴィムを見送ってるのは、とても不思議な感じがするよ」
「本当にね。あのときの私達からは想像もつかない」
話をしている間にも、影はどんどん小さくなっていった。見えなくなるのもすぐだろう。
その光景を眺めている時間が、二人にはとても長く感じられた。二人で見上げる空。そこには小さな影があった。

かつては敵だった影。

刃を交えたこともあった影。

しかし、今はそうではなかった。同じリスタで暮らす、大切な仲間だ。過去に何があろうと、それは変わりない。
彼らの向かう外の街に、何が待っているかは分からない。だが、今の自分たちに出来ることは彼らの無事を願うことだけだった。
「無事に帰ってきてね……」
静かに呟くと、セリアは静かに窓を閉めた。




もうすっかり日は暮れて暗い。夜の森の上空をヴィムは飛んでいた。
ここらあたりには民家などは見あたらず、明かりが一つもない。
時折、風が木々を揺らすザワザワという音と、耳の横を通り過ぎていく風の音が聞こえるだけだった。
「暗いけど、西の方角は分かる?」
レイルはヴィムに訊ねる。太陽はもう沈んでしまっていた。
位置を確認する指標となるものがなく、本当に西に向かって進んでいるのかどうか不安になってくるのだ。
「大丈夫だ。ちゃんと方向は確認している」
落ち着いたヴィムの返事。その場しのぎの嘘でないことは明らかだ。レイルは内心ホッとする。
「そっか、ならいいんだ。……夜だけど、ヴィムには見えるのか?」
「昼間ほどはっきりとまではいかないが……飛行に問題ない程度には見えるよ」
方向感覚を失わずに、しっかりとした羽ばたきでヴィムは飛んでいた。闇を見通す鋭敏な視力が無ければ、夜の飛翔は難しい。
ヴィムにはそれが備わっている。昼間よりは見にくくなるものの、飛ぶことに関しては大した問題ではなかった。
暗くなるに連れて、少なからず不安を覚えていたレイル。だが、今は頼りになる仲間に心強さを感じている。もう夜の闇も恐くはなかった。




どのくらいの時間が経っただろうか。
今自分たちがどれほどの距離を移動したのかは分からない。
それは長い距離なのか、あるいはそれほどでもないのかもしれない。
進んだ距離ははっきりしなかったが、前方にぼんやりとした光が見えてきたのは確かだった。
闇の中に佇むように、揺れているようにも見える。孤独さを感じさせないのは、その明かりが壮大であるからだろう。
民家の明かりか、街灯の明かりか、あるいは建物のネオンか。遠くだったが眩しさを感じるほどだった。
「あれがラゾンの街?」
少し興奮気味にレイルが聞く。
「ああ」
レイルとは対照的に落ち着いた様子でヴィムは答えた。光に近づくに連れ、徐々に下降し始める。
翼の角度を変え、少しずつ高度を下げていく。そして、街からやや離れた大地に降り立った。
「ここなら目立たないだろう」
森とまでは行かないが、辺りには所々に木が生えている。街明かりはさっきよりもはっきりと見えたが、向こうからこちらが見えることはないだろう。見つからないように、最大限に気を配っているようだ。
辺りを見回しながら、レイルはヴィムの背中から降りた。地面の感覚が妙に懐かしい気がする。
「ヴィム、街に入った後はどうすればいい?」
「とりあえず今晩泊まれる所を探すんだ。大きな街だからポケモンセンターがあると思うが……。とにかく誰かに聞けば教えてもらえるだろう」
「分かった。今夜はどこかに泊まって、出発は明日の朝でどうかな?」
聞いてばかりで悪い気もしたが、街に出るのも外に泊まるのは初めてなので不安だったのだ。アドバイスを貰うことで、少なからず安心出来た。
ヴィムは少し考えるような仕草の後、同意するように頷いた。
「レイル、ザルガスが収容されている刑務所にはこの街から歩いていけるんだな?」
「この街から歩いていける距離だって。ヒュエナさんから聞いた。明日行くときに誰かに聞いてみるよ」
「そうか、ならいいんだ」
「じゃあ僕は街に入るから……」
レイルは鞄からボールを取り出した。彼には悪いが、仕方のないことだ。
それは本人にも分かっていたことなのだろう。何も答えはしなかったが、目がそう語っていた。静かに頷くと、レイルはヴィムをボールに戻した。
そして、ラゾンの街へと歩いていった。光の眩しさに、目を細めながら。


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