第27話 既知者



店の中は思ったよりも広くなかった。ポケモンセンターの部屋の半分程度の広さだろうか。
店内の壁にも独特の装飾がされており、怪しい。
「……いらっしゃい」
「うわっ!」
いきなり声がしたので、思わずリーフは声を上げる。
入り口から少し進んだ所に机らしき小さな台があり、その声の主は机の向こう側に腰を据えていた。
黒っぽい服にフードを被っていて、鼻と口元は見えるが顔はよく分からない。店内が薄暗いので背景と一体化しており、存在感がほとんどなかった。声を掛けられなければ気づかなかったかもしれない。
他の店員が見あたらないことから、どうやら一人で店をやっているらしい。
店の薄暗さといい、店主の格好といい、内装といい、どう考えても怪しい。まるでこの店そのものが、怪しいという言葉を示しているかのように。
「……今日は何の用かな?」
探るような声で店主は訊ねた。喋り方も独特だ。ねっとりと絡みつくような声。
「えっと、外の看板にアクセサリがあるって書いてたから、それを買いに……」
この店主の前ではどうも喋りにくい。フードで隠れて目は見えなかったが、何となくこちらの全てを見透かされているような気がする。
「アクセサリ……ねえ。ここは占い屋なんだよ。まあ、おまけみたいな感じでアクセサリも売ってるけどね」
「え、占い屋だったの?」
リーフがちょっと落胆したような声を出した。
それが気に障ったのか、店主の口元が少しだけ歪んだように見えた。
「おやぁ? どうやらリーフは占いを信じてないみたいだね?」
「べ、別にそんなんじゃないけど……」
慌てて弁解するリーフ。これは直感的に感じたものだったのだが、店主を怒らせたらまずいような気がする。

何気ない様子で言った店主の言葉だったが、レイルは気がついていた。リーフがまだ名前を言ってなかったことを。
「あれ……どうしてリーフの名前を知ってるんですか?」
「ふふ、そのくらいは分かるよ。何たって私は占い師だからね、レイル?」
「!」
店主はリーフに続き、レイルの名前も言い当ててみせた。これにはレイルも驚いた表情を隠せない。
何か不思議なものでも見るかのように、店主の顔をまじまじと見つめた。やはりどんな顔をしているのかは分からない。
「他にも分かるよ。君らはここの街に来たのが初めてで、来たとき誰かに道を尋ねただろう?」
得意そうに話す店主。その自信に違わず、間違ったことは言っていない。
少しの間、店の中に不気味な沈黙が続いた。彼(もしくは彼女)が何者なのかという疑問がレイル達の間を漂っている。
占いというものは本当にあって、細かなことまでぴたりと当ててしまうものなのだろうか。
あまり信じていなかったレイルだったが、この店主を目の前にしてはその考えも改めなければならないかもしれない。
店主はそんなレイル達の様子をみて、笑っているようだった。口元が微かに動いている。
「……どうして分かるんですか?」
驚きを通り越したのか、落ちつきを取り戻したレイルはもう一度聞いた。
「言っただろう、私は占い師だよ……?」
さも当然のことのように、笑みを浮かべたまま店主は答える。
確かに店主は真実しか語っていない。だが、全部占いの力と言われても腑に落ちないものがある。
押し黙ったままの二人を見て、店主は大きく息をついた。
「誤魔化すのはこの辺にしとこうか。こういうことだよ、お二人さん」

そう言って店主は被っていたフードを外した。
化粧や服装で少し雰囲気が違ったが、その顔は見覚えのある穏和なものだった。
「あ……あなたはさっきの……」
店主はレイルが道を尋ねた中年の女性だったのだ。
喋り方が全然違うため、口調で察することは出来なかった。顔を隠されてしまっては、誰だかまるで分からなかったのも無理はない。
「だから僕たちのことを知ってたんだね」
占いの力を認めてしまうのは、不気味に感じるものがあったのだろうか。ほっとしたようにリーフが言った。
「でもあのときは道を聞いただけで、名前までは言ってなかったけど……?」
「あれは君達がお互いを呼んでいたのを聞いて分かったんだよ。君達の会話は店の中からでも聞こえたからね。
ちょっと注意して会話を聞いていれば、知らず知らずのうちに名前を言っていたりするもんだよ」
レイルがこの女性に会ってからそんなに時間は経ってない。ほぼ初対面と言ってもいいくらいだ。
その短い間にそこまで察するのは、そう簡単なことではないだろう。彼女の洞察力はかなり鋭敏なものに違いなかった。
「まあ名前を言い当てたのは、占いの力とかそういうもんじゃない。耳で聞いていれば分かることだからね」
「でも、ちょっと会っただけなのにそこまで分かるなんてすごいよ」
とても感銘を受けたのか、リーフの目は輝いていた。
目は口ほどにものを言うと言うが、彼の場合はそれが非常に分かりやすい。
「ま、長年の経験ってやつかな」
女性は得意げに微笑んだ。フードを被っていなければ、怪しくも何ともない優しい笑顔だった。
「さぁて、せっかく来てくれたんだ。君らも占ってあげるよ」
「え、別に占いは……」
「私の力は信用ならないかい?」
言いかけて、レイルは言葉を遮られてしまう。さっきのこともあった後だ。
占いの力かどうかはともかく、彼女の力を全く信じないわけにはいかなくなった。
リーフにどうするか聞こうとしたが、彼は言うまでもなく楽しみにしていることが分かる。
「……分かりました。占ってください」
「ふふ、そうこなくちゃね」
女性は台の下から球状のガラスを取り出した。水晶に見立てたつもりだろう。
「それにも何か力があるんですか?」
「いや、これはただ雰囲気だそうと思ってね。別に特別な効果はないよ。ほら、こうやってるといかにも占いって感じがするじゃない」
今の彼女の格好と水晶を組み合わせれば、これぞ占い師、といった雰囲気が出ている。
女性は水晶の上に手をかざすと、静かに目を閉じた。その瞬間、レイルは部屋の中の空気が重くなったような違和感を覚えた。
自分の気のせいだろうかと思い、リーフに視線をやると不安そうな瞳でこちらを見てきた。どうやら彼も同じような違和感を感じているらしい。
「…………」
女性は目を閉じたまま、全く動かない。息すらしていないのではないかと思えるほどだった。
しばらくの間、水を打ったような沈黙が続いた。


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