第28話 未来の影



時折、女性がなにやら呟くような言葉が聞こえたが、何を言っているのか聞き取ることは出来なかった。
ふいに女性が口を開く。目は閉じたままだった。
「見えるね……」
「な、何が?」
思わぬ威圧感にぎこちない返事を返すレイル。
彼女の口調には、なにやら有無を言わさないような雰囲気があった。まるで、自分の背後にとても大きな力を携えているかのような。
「君らが行く先……つまり未来さ」
「どんな未来が見えたの?」
リーフの質問に女性はふうと息をつくと、目を開いた。もとの穏やかそうな顔つきに戻る。
目を閉じていた時の表情は決して険しいものではなかったが、それとは別の凄味のようなものを感じさせていたのだ。
「君達の進む先に大きな影が見える……」
静かな声で、しかしはっきりと聞き取れる声で女性は言った。
口調としての強さではなく、芯の強さを持ってる。不思議と心の中に入ってくるような声だった。
「何か心配事を抱えている……違うかい?」
「……!」
胸を突かれたような気分だった。彼女の言っていた影。
それは間違いなく、これから自分たちが会うであろう人物に対しての影だった。
「未来をはっきりと見通すことは出来ないけど、何となくは分かるんだよ。心に不安を抱いていれば、それはもやもやした影となって映るからね」
「僕はどうすればいいんでしょうか?」
なぜ彼女がレイルが心配事を抱えていると分かったのか、そんなことはもうどうでも良かった。
今のままでは不安だ。何か助言をくれれば、それだけで勇気づけられるような気がしていたからだ。

「それは君の考え方次第だよ。いいかい、レイル」
女性は再び息をつくと、彼の顔を見つめ話し始める。占いの結果を告げた時の声とはまた違った、穏やかな声で。
「物事ってのはね、それをやろうとしている本人の考え方次第で、どんな大きな壁にも、そして楽に越えられる柵にもなりえるんだよ」
「それって、どういうことなの?」
今ひとつピンとこなかったのか、リーフは聞き返す。ちょうどレイルも疑問に感じていたのでちょうど良かった。
考え方と言ったが、ザルガスに会いに行く、ということに対してどんな考えを持っているのだろうか。レイルには分からなかった。
困惑している彼を見かねたのか、女性はもう一度言葉を続ける。
「つまり、難しく考えすぎないってことだよ。今の君は必要以上に心配しすぎている。心配すればするほど、どんどん不安っていうものは膨らんでいくからね……。確かに、深く考えて解決の糸口を見つけるのも大事だけど、時には力を抜いて物事をゆっくりと見直して見るのも悪くない考えだと、私は思うね」
「……考え方を変えてみるのも大切ってことですか?」
「そういうこと。力を抜いてみると、何か新しい発見があるかもしれないしね」
難しい理論を並べられたわけでもない。複雑な言葉を投げかけられたわけでもない。
だがそれでも、レイルは女性の言うことに納得できた。独特の喋り方からだろうか、彼女の言葉には不思議な説得力が働いているようにも思えた。
知らず知らずのうちに、難しく考えていたのかも知れない。完全に不安が消えたわけではなかったが、しっかりとした心構えが出来たような気がする。
「僕は、あなたの占いの力は本物だと思います」
「そうかい、ありがとね」
女性は小さく微笑むと、台の内側から小さな箱を取り出した。
木製の箱で、なかなか古いものらしい。木目が綺麗に浮き出ていた。
「元の目的は、アクセサリだったね?」
箱のふたを開けると、様々な色の石が施された指輪やネックレスが顔を覗かせていた。
本物の宝石かどうかは分からなかったが、店内が薄暗いためいっそう輝いているように見える。
「うわぁ……きれいだね……」
アクセサリのことは良く知らなかったが、それでもその輝きは美しく思える。
レイルもリーフと同じように、石の不思議な輝きに目を奪われる。
「この中から一つ、私からのプレゼントだよ」
「え……でも、悪いですよ」
こんなに綺麗なものをただで貰うのは気が進まない。しかも占いまでやってもらっているのだ。
相手の好意とはいえ、何の遠慮も無しに受け入れられるほどレイルは厚顔ではない。
「そんなに遠慮しなくてもいいよ。私の占いを真剣に聞いてくれたんだ、感謝の気持ちも含めて、ね」
にっこりと微笑む女性に、断りかけたレイルも考え直してしまう。
確かに遠慮する気持ちは大切だ。しかし、相手の好意を受け取る気持ちも同等に大切だった。
ここで断ってしまっては、相手の好意を踏みにじることになるのではないか。その方が返って申し訳ない。
「……分かりました。選ばせてもらいます」
「どれでも好きなのをどうぞ」
レイルは木箱の中を見る。どれも綺麗な石で、不思議な光沢を放っていた。
どれがいいのか皆目分からなかったが、セリアにはどれが似合うだろうかと少し考える。
いつも白衣を着ているので、服のイメージは白だった。白に合う色はどれだろうか。
一つ一つじっくりと見定めるように確認していく。ふと、真ん中に置かれていた赤い石のネックレスが目にとまった。
(この色なら……白にも似合うかも知れない)
手にとって近くで眺める。小さな石だったが、その輝きは生き生きとしていた。まるで石そのものが生きているかのように。
「きれいだね……」
「ああ、これにしようか」
リーフは笑顔で頷いた。他のアクセサリも綺麗だったが、ここは自分の直感を信じて。
「それでいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
「大事にしてちょうだいね」
もちろんですよ、と答えようとしてレイルはちょっと躊躇った。
これを渡す相手はセリアだ。気に入ってくれるだろうか、ちゃんと大事にしてくれるだろうか、という疑問が脳裏に浮かぶ。
しかし、ここで分かりませんとも答えるわけにもいかず、
「……もちろんですよ」
笑顔で答えた。もしかすると、少しだけ苦笑が入っていたかも知れない。
「じゃあ、僕たちはそろそろ行きますね」
「そうかい、二人とも元気でね」
女性は少しだけ名残惜しそうに言うと、出口へ向かっていたレイル達に手を振る。
「さようなら」
振り返って手を振りながら、レイルは店の暖簾をくぐる。
アクセサリという単語に惹かれてここに入ったが、得たものはそれ以上に大きかった。
頼まれたお土産も手に入り、もうやるべきことは一つだけだ。
来たときよりもしっかりとした足取りで、レイルは店を後にした。

二人が出ていった後、女性はぼんやりと水晶を眺めていた。
さっき見た影は見えなくなっていた。だが、まだ完全に消えたわけではないだろう。
つい先ほどまでここにいた少年のことを思い出す。来たときは心に大きな不安を抱いていた、では今はどうだろうか。
やはりそれは当人次第となってくるが、彼には影に負けて欲しくはない。
いや、おそらく彼はうち勝つことが出来るはずだ、自分の中にある不安に。
彼の眼は生き生きとしていた、真っ直ぐな瞳だ。そうだ。前向きな気持ちがあれば、きっと――――。
「大丈夫、きっと君なら影に負けることはないから」
忘れていたことを思い出したかのように、小さな声でそう呟いた。


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