第30話 訊きたかったこと




部屋の中はそれほど広くはなかった。自分が泊まったポケモンセンターの一室の半分程度の広さだった。
中央には机があり、真ん中を分厚いガラスで遮断されていた。レイルは置かれていた椅子に腰掛ける。
ガラス越しには黒いドアが見える。その向こうからなにやら話し声が聞こえてきた。
やがて、その声が止むとゆっくりとドアが開かれた。
レイルの体に緊張が走る。ごくりとつばを飲み込むと、耳の奥で鈍い音を立てて喉に入っていった。

ドアから出てきたのは三十代後半を思わせる男だった。肩より少し短い程度に髪を切りそろえ、顎には所々にひげが生えている。
レイルの方に少し目をやったが、無表情のまま何も言わずに椅子に腰掛けた。
「……」
目線の高さがほぼ同じになり、レイルはザルガスと目が合う。このまま黙っているのはおかしい。
迷いもしたが、覚悟を決めてここまで来たのだ。時間もないし何か言わなければ始まらないとは思っていたのだが、何から話せばいいのか分からなかった。
「……俺に用があってきたんだろ?」
その様子を見かねたのか、ザルガスが口を開いた。やや低めの声が部屋に響く。
「あ……はい。僕はレイル。こっちがリーフです」
名前を知らなくては会話がやりにくいと思い、とりあえず自己紹介をする。
ポケモンであるリーフを見ても驚かない所を見ると、ポケモンと対面するのはこれが初めてではないようだ。
「レイルにリーフ、か。それで、俺に用があるのは誰なんだ?」
「ここにはいません。ちょっと待ってください」
「……?」
腑に落ちないような表情を残しているザルガスをよそに、レイルは肩に提げた鞄からボールを取り出した。
そして、開閉のスイッチを押す。オレンジ色の光が形を作り出し、部屋の中に大きな影が現れた。
「……な……何?!」
いきなり現れた影に、思わず椅子からずり落ちそうになるザルガス。
今まで何度かこの部屋にポケモンを連れ込んできた奴はいたが、ここまで大きな奴は初めてかも知れない。
「よく受付を通ったな……。このボーマンダが俺に用があるのか?」
「はい。……あなたに用のあるボーマンダで、思い当たる節はありませんか?」
ザルガスはボーマンダを凝視する。何秒か経った後、小さく息を呑む。
まさか、そんなはずがないとでも言いたげな、信じられないような表情をしていた。
「……ヴィム、なのか?」
「ああ、その通りだ。久しぶりだな、ザルガス」
覚えてもらえていたのが嬉しかったのか、ヴィムは少しだけ笑みを見せる。
「お前か、俺に話ってのは」
ザルガスも落ち着きを取り戻し、訊ねた。ヴィムは黙って頷く。
「ここまで来るのはいろいろ大変だっただろ? レイルとリーフが連れてきてくれたのか?」
気兼ねなく明るい感じで話し掛けてくるザルガスにレイル達はちょっと戸惑う。
会話も成り立たないような悪人を想像していたのだが、いざ会話をしてみると案外普通な感じだ。
殺人犯と言うだけで、自身が作り出した勝手なイメージを頭の中で思い描いていたのかも知れない。
「……連れてきたって表現でいいのかな?」
「うーん、微妙なところだね」
リスタからラゾンの街までずっとヴィムに乗っていたのだ。
連れてきたと言うよりは、連れてきてもらったという方が正しいのかもしれない。
「ヴィムにラゾンまで乗ってきて、そこから歩いてここまで来たんです」
今までの概要を大まかにレイルは説明した。
「そうか……ありがとな」
その言葉に思わずレイルとリーフは顔を見合わせた。元キラーのリーダーから礼を言われるなんて思ってもみなかったことだ。
話してみて何の違和感も感じなかった。ザルガスに会うまでの不安や苦悩も、ただの取り越し苦労だったような気がしてきた。
「いきなりヴィムが出てきたときはさすがに驚いたが、久しぶりに会えて嬉しかったぜ」
「私もだ。だが、感動の再会というわけにもいかないだろう。あまり時間もないようだからな」
感情を込めずにヴィムは言う。自らそれを差し挟むことを控えているようにも思えた。
にこやかな表情だったザルガスも、雰囲気を察したのか途端に真面目な顔になる。
「……ああ。分かってる。何なんだ、話ってのは?」
ここまで来るのにはそれ相当の苦労があったのは予想がつく。無駄話をするために来たわけではないことは明らかだ。
「お前は最初、私に会ったとき、世の中を憎んでいると言った。たしかに、色々な考え方を持つ人間がいることは承知しているつもりだ。だが、初めからそんな考えを持っていたわけではないだろう?」
躊躇った様子を見せずに、単刀直入にヴィムは訊ねた。ザルガスは少しだけ目を細めると、苦笑する。
「率直だな。聞きたいことがすぐ分かる」
「物事の起こりにはなにがしかの原因があるはずだ。……お前に何があったのか、話してくれないか?」
ザルガスは下を向いて黙り込む。額に手を当て、少しの間だけ考えていたようだ。
そして、顔を上げたとき、さっきまでの苦笑いは消えていた。
「何となく、聞かれるような気はしてたんだ。あんまり話したくはないんだが……」
「だが、話してもらうぞ。私はそのためにもここに来たんだからな」
「……ああ、分かってるよ」
ザルガスは再び俯いて、観念したかのように大きく息をついた。
「俺は昔、医者だったんだよ」
「医者?」
意外な言葉にレイルとリーフはほぼ同時に聞き返していた。
何となく、白衣を着ているザルガスの姿が思い浮かぶ。髭を剃ったら結構似合うかも知れない。
「ああ。ポケモン専門の医者だ。ポケモンセンターで働いていた」
「そうか……だからお前は、ポケモンの生態系に詳しかったんだな」
ヴィムは最初にザルガスに会ったときの事を思い出した。眠ったふりをしていたことや、技の威力を加減していたことが見抜かれていたのは、彼がポケモンの身体を知り尽くす医者だったからなのだろう。
「まあな。それを専門とする職業だ、知らなきゃ話にならない」
ザルガスは天井を見上げ、遥か遠くを見るかのようにぼんやりとした眼を見せる。
「あれは……六年ぐらい前だったか……」
再び視線をレイル達の方に戻すと、彼はゆっくりと話し始めた。


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