エピローグ 青空の下で




私は空を飛んでいた。雲一つない、晴天の空を。
まるで、私の心の中をそのまま映しているかのようだった。

そして、空を飛ぶことは私にとって楽しいことだった。
自分の身に感じる風、流れていく周りの風景、どれも私は好きだった。




いつもならばもう少しスピードを上げてもいいのだが、今はどうも勝手が違う。
「わわっ! ヴィム、も、もっとゆっくり!」
私の背に乗っているのは、乗り慣れているレイルではなくリーフだったのだ。
普段よりずっとスピードを落としているつもりなのだが、何しろ私に乗るのが初めてなのだ。速く感じてしまうのだろう。
このスピードで恐怖を感じるようならば、空の旅は不可能と言ってもいい。
「……そろそろ降りるぞ」
「え、ちょ、ちょっと待っ……」
乗り手から色々と要求されるのは好きではない。
私は最後まで聞かずに、それでも自分なりにゆっくりと下降を始める。
「わっ、うわあぁぁーーーー!」
案の定リーフは悲鳴を上げたが、気を失うまでには至らなかったようだ。私の首に、かろうじて掴まっている。

私は草原で寝そべっているレイルの傍らにそっと舞い降りた。辺りの草木が風を受け、揺れる。
「……ん」
腕を枕にして目を閉じていたレイルは顔に受ける風で私に気がつき、体を起こした。
そして、私の背中で石像のように硬直しているリーフを見て、苦笑いを見せた。
「リーフ、初めての空の旅は…………結構厳しかったみたいだな」
ぎこちない動きで背中から降り、リーフは大きくため息をついた。
地に足が着いたことを喜ぶかのように、軽くジャンプして見せる。
「ふう……やっぱり僕には空よりも大地の方がいいや」
「その方が乗せる側としても助かるよ。やはり慣れている人に乗ってもらうのがいい」
あんな調子では、私もリーフを乗せるのに気が引ける。
だがおそらくリーフの空の旅は、今回で最初で最後になりそうだったが。

私はレイルを乗せてラゾンの街を通り過ぎ、リスタへと帰るところだった。
その途中レイルがここの草原を見つけ、広さもちょうどいいので少し休憩することになった。
ここならばリーフも喜ぶだろうと言って、レイルはボールから出したのだ。
そのときどういう風の吹き回しかリーフが私に乗ってみたいと言いだし、私は彼を乗せてそこら辺りを一週してきたところだった。
もっとも、リーフがあまりにも怖がるので半周程度にしかならなかったが。
「今日も天気がいいな」
レイルは再び寝ころんで空を見上げる。私もそれに続いて天を仰いだ。
たしかにここまで飛ぶ間、ほとんど雲を見かけなかった。再びこの目で見て、きれいな空だなと思う。
こんなにも空をきれいだと思ったのは初めてのような気がした。今まで私が、空の様子を気に掛ける余裕がなかったせいなのかも知れない。
「朝よりもきれいな気がするのは、気のせいかな?」
リーフもレイルに続いて仰向けになった。
「いや、気のせいなんかじゃないよ。僕たちはやるべきことをやった。その達成感や今の清々しさが、目の前を明るくしてくれたんだよ、きっと」
「……そうだな、私もこんなに晴れ渡った青空を見たのは初めてだ」
私はいつの間にか口に出していた。こんな穏やかで、安心感に満ちた気分になったのは本当に何年ぶりになるだろうか。
うららかな陽気が、自然と眠気を誘ってくる。私も草原に寝そべり、静かに目を閉じた。




どれくらいの間、そうしていただろうか。
私が目を開くと、レイルとリーフがのぞき込むようにして私を見ていた。
「とても気持ちよさそうに眠ってたから、起こしちゃ悪いかなって」
そんな彼の気遣いに、私は心の中で感謝した。
久々の穏やかな眠りだ。存分にとらせてくれたことはありがたい。
「随分と眠っていたようだな……。さて、出発するか。もう十分休息もとれた」
「じゃあ、頼むよ。リーフは……ボールだよな?」
「もちろん」
リーフは何の躊躇いもなく答えた。もう空の旅はこりごりなのだろう。
レイルはリーフをボールに戻すと、私の首に手をかけ身軽な動きで跨った。
最初は恐る恐るといった様子だったレイルも、もう慣れたらしく余裕らしきものが感じられる。
私は翼を広げ、飛翔の準備にとりかかる。ラゾンの街を通り過ぎてからそれなりの距離は飛んでいる。リスタに着くのも、そう時間はかからないだろう。
「……ヴィム」
レイルが私に顔を近づけ、小さな声で言う。
「何だ、レイル?」
「あの夜、君に出会えて良かったって思うんだ。君のおかげで僕は外の世界を知ることができたし、そこで色々な体験をすることができた。リスタの中では絶対に得られないこともたくさんあった」
「……どうしたんだ、突然?」
いきなり突拍子もない言葉を言われ、私は少し面食らってしまう。
「ザルガスとヴィムが言ってるのを聞いて思ったんだ。僕からも言わせてもらいたいって、ね。ありがとう……って」

不思議なものだった。さっきザルガスに言われた言葉と、レイルに言われた言葉。
ありがとうという言葉は同じなのに、私の感じ方は全く違うものだった。しかし、その言葉にとても暖かいものが込められているのはどちらの場合も同じはずだ。
「……私も、レイルには感謝しているよ。私の過去の行いも、犯した罪もすべて話した。お前はそれを知った上で、逃げ出すことなく私を受け入れてくれた。それだけで私は救われていたんだ」
初めてよろしく、と挨拶を交わした時のことを今でも私は鮮明に思い出すことが出来た。
ザルガスの時とは雰囲気が違うものだったが、私の心に温かさを残してくれている。
「そして、ザルガスにも合わせてくれた。いつまでも心残りだったことを伝えることができたんだ。ありがとう、と言うべきなのは私の方だ」
胸の奥から自然と言葉があふれてくる。レイルに対する感謝の念が、無意識のうちに私をそうさせていたのかもしれない。
普段あまり雄弁でない私が一方的に喋っていたためか、レイルは少しだけ驚いたような表情を見せた。
だが、すぐに微笑むと、
「これからもお互いに助け合えるといいね」
「そうだな……」
これからもずっとこうであって欲しいという希望も含めて、私は答えた。
「じゃあ、帰ろうか、リスタに!」
「ああ」
レイルは私の気持ちを感じ取ったのだろうか。背中に乗っているので表情はよく分からなかったが、とても嬉しそうな声だった気がする。
私は翼を羽ばたかせると、大きく上昇した。目指すはリスタ。私の帰る所でもある。


青空の下、私は風を切って進む。


私を光へと導いてくれた、真っ直ぐな心の持ち主を乗せて。




END

 

 


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