晴れているとはお世辞にも言えない空。
所々に流れる雲で、太陽が見え隠れしている。

そんな青と白の入り交じった空に、一つの影があった。

鳥ポケモンだろうか?



その姿が少しずつ地面に近づいてきた。
背中の翼や胴体の大きさからしても、鳥ポケモンにしては大きすぎるようだ。
徐々に輪郭が明らかになってくるにつれ、ようやくその姿が分かった。



それは、ドラゴンポケモンの中では指折りの実力を持つであろうと思われる、ボーマンダだった。
大きな翼を羽ばたかせ、悠々と空を飛んでいる。

ふと、その首筋に古傷があることに気がつく。
何かに引っ掻かれたような傷跡が三本、くっきりと残っている。
誰につけられたのかは分からないが、何かもの悲しさを語っていた。



プロローグ 薄曇り



私は空を飛んでいた。雲がところどころに漂う、薄曇りの空を。
まるで、私の心の中をそのまま写しているかのようだった。

それでも、空を飛ぶことは私にとって楽しいことでもある。
風を切るような感覚、流れていく周りの景色、どれも私は好きだった。

もしかすると私は、飛ぶことによって孤独を紛らわそうとしていたのかも知れない。



しばらく空を舞っていたが、そろそろ日も傾いてきたので、どこかで休むことにする。
私は下を見る。ここら辺りは自然が豊からしく、青々とした森が広がっていた。
ちょうど真下の森に休めそうな開けた土地を見つけたので、そこで一晩過ごすことにする。私は少しずつ下降し、そこへそっと舞い降りた。

森は思っていたよりも草が茂っていた。ふかふか、とまではいかないがこの草の上で眠ると気持ちよさそうだ。
ふと、上を見上げると、木々の間から細い光が何本も差していた。夕暮れ時なので淡い紅色をしている。
しばらくの間、私はそれをぼんやりと眺めていた。綺麗だと思ったのか、あるいは眩しいと感じていたのか。
ただこれといった理由もなく、夜の闇に消えゆく光を見送っていた。

ふいに、なにやら話し声がした。
少し耳を澄ませると、どうやら私の右側にある茂みから聞こえてきているようだ。
そっと首を伸ばして様子を窺うと、オオタチとマッスグマが楽しそうに話をしていた。

「で、そのときはまあ、色々あったんだよ」
笑顔で言うオオタチ。
「へえ、そんなことがあったのか……」
肯きながら、返事を返すマッスグマ。

何の会話か私には分からなかったが、楽しげに話す様子から、おそらく彼らは親しいのだろう。
緑が豊かな様子から、この森に住んでいるポケモンは他にもいそうだった。
「お前の方はどうだった?」
「う〜ん、そうだな…………!?」
言いかけたオオタチだったが、どうやら私がいたことに気づいたらしい。
ハッと息を呑み、表情が固まる。
「おい……どうした?」
突然黙り込んだオオタチに、マッスグマが訊ねた。
「う、後ろ……」
「?……うわっ!」
マッスグマも私を見て驚きの声をあげる。

自分達の見慣れない、大きなポケモンを見た驚きもあっただろう。
だが、彼らの表情が引きつっている理由がそれだけでないことを私は知っていた。
「……逃げるぞ」
オオタチが後ずさりをしながら、小声で言う。
まだ状況が理解できていないのか、マッスグマは身動きができない。
「おい、死にたいのか?! 『蒼の殺人鬼』はお前も知ってるだろ!」
オオタチは必死になって叫ぶ。張り上げる声が震えていた。
マッスグマは彼の声でハッと我にかえる。私の方を見て何かを言おうとしたらしいが、口をパクパクと動かすだけで言葉になっていなかった。
「……あ、ま、さか」
「そのまさかだよ……あいつが……」
「うわあああああ!!」
悲鳴と共に、彼らは猛スピードで森の闇の中へ消えていった。
もともと走るのが速いポケモンだったらしく、本当にあっという間だった。

「…………」
私は黙ってその場に立ちつくす。
別にこれが初めてのことではなかった。慣れている、といってしまえば楽なのかも知れない。
だが、目の前のポケモンが私に怯えて逃げていくのを見るのは、とても気持ちいいものではなかった。
「……私が昔にしたことを考えれば、当然……か」
あきらめたように私は呟く。自分自身に言い聞かせるかのように。
草むらに寝そべると、私は静かに目を閉じた。


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