7月7日 冷蔵庫の中にあったミックスオレが二つ、消えていた


 私はトレーナーだ。 
何歳かと聞かれれば、伏せるだろう。
どこの世界のどういう誰だと聞かれても、伏せるだろう。
とりあえず、なんやかんやでトレーナーをやっている。

トレーナーと呼ばれる者は、野生のポケモンを赤だか青だか黄色だかのボールに入れて捕まえるものらしい。
そういうものだと決まっているらしいので、そうなんだろう。
ポケモンというのは、なんかこう、我々とは姿の異なる生物だ。
姿が異なるばかりか、火やら水やらを吹いたり吐いたり纏ったりする。
我々とは異なる部類の生物で、種類は色々いるらしく、面倒なのでまとめて「ポケモン」と呼んでいるらしい。
このへんの纏め具合は、我々「トレーナー」と大差無い。

「なかなかの皮肉っぷりね!御主人たま!」 

こいつはそう、言う所の「ポケモン」だ。私の横に座っている。
どうやらこいつは我々「トレーナー」と同じ系統の言語を操るらしい。しかも言葉巧みで、実にいやらしい。

「変な誤解を植えつけないでなの!あ、流れ星なのよ御主人たま!」

今更だが、空は暗かったらしい。
流れ星というものは昼にも流れるらしいが、まずこう、星を見るって言ったら夕方か真夜中か明け方かそのへんが手頃だろうし、不憫じゃない。

今日は言う所の「七夕」だ。「七夕」というのは、年間行事だ。年間行事とはなんだ、と聞かれても、伏せるだろう。
「七夕」という時期になると、ブローチとかいう名前のポケモンが空から降ってきて、願いを叶えてくれるらしい。
なんというサービス精神旺盛な日なのか、と安心していると、話には裏があるものだ。実にいやらしい。
なんというか、ブローチは宇宙から飛来して、ぶつかった者の願いを叶えるらしい。なんと暴力的な。近頃の宇宙風紀はそこまで乱れているのか。
しかし実際に宇宙から飛来した物体がぶつかったら願い事どころではない。「救急者か葬儀屋を呼んでくれ」が、その者に課せられた願い事になってしまうだろう。なんとも強引な話だ。
ちなみに某国では、隕石がぶつかると生命保険がおりるらしい。シャレにならない。

「御主人たま!早く願い事を叶えて貰って、それでそれで、みっくちゅ……みっきゅ……みっ……きゅつ……。」

私の願いは、ミックスオレが飲みたい。それだけだ。とりあえずこんな小さな願いでも、質素な野宿生活を営んでいる私にとっては、かなり大きな願いだ。
なぜこの願いになったかと言うと、横に座っているこいつが「御主人たま!みっくちゅおれっていうのが美味らしいの!一回のんでみたいの!」てな事を突然言ってきたからだ。
他に理由があるとすれば、私も少し、飲みたいというような小さな動機が一つと、ブローチとやらを見てみたいという、大きな動機が一つある。

「うぅ……うまく言えないよぅ……。あ!御主人たま!なにかがこっちに向かって飛んでくるの!わわわ、ちょーやばげなの!」

なんと言ったらいいか、なんとなく空を見上げた角度からそのまま何かの物体が降ってきた。多分こう、空から降ってきたら大抵は隕石なので、降ってくるそれも隕石と称しておこう。

「わ、わー。あ、あぶなーい。に、にげろー。」
「もう少し上手く出来ないの御主人たま!リアクション薄い!わんぱたーん!やる気なし!」
「いいじゃないか別に。あっても無くてもいいような台詞だったんだから。」
「駄目なの!叫び声と感嘆符が無いと盛り上がらないの!ふかけつなの!」

どうでもいい事をくっちゃべっている間に、隕石は接近し、目の前が輝き、目の前にやたらと衝撃が走る。
ドンチャカと無駄にコミカルな音を立てて、目の前に隕石が落下した。
隕石が落下したらその場にいる半径なになにめーとるのトレーナーはこれこれの運動ダメージをやら、そういった事は置いといて、ひとまず目の前に隕石が落下して、私達は無事だったという事だ。ああ良かった。
辺りに誰もいないから報道沙汰にもならないし、願い事を取り合う事もなさそうだ。

「なんというかそう!これはジロッチの気配!そうフラグ!確定申告!やったね御主人たま!」
「ジロッチじゃなくて、ブローチだろう。」
「聞いてみよっか。おーい。」

私のポケモンが隕石に話し掛けているようだ。何故ここで隕石に話し掛ける必要があるのか。
SF映画とかだと、こういった物体が宇宙生命体のタマゴで、その中から出てきたポケモンがトレーナーをバリボリと食べているが、あれは特殊メイクの筈。
まさかあれは実体験を元にした、ノンフィクションというやつだったのか。

「あ、御主人たま。中からなにか聞こえてくるの!」
「おお本当だ。なにか聞こえるぞ。」

信号音のようなピロピロした音が聞こえたかと思うと、中にあった黒コゲの隕石が宙に浮かび、中から紫色の水晶体が表れたかと思うと、そこから赤と緑で形成されたサイケデリックな人型が姿を表した。

「ご、御主人たま。こいつが……ジロッチ。」
「ああ、100%まちがいない。こいつが……ブローチだ。ついに我々は、ミックスオレを手にする事が出来るのだな。」

とりあえずブローチにコンタクトを取ろうと、右手の人差し指を突き出してみた。昔見た映画によると、この行動で正解のハズだ。
すると見事、相手から応答があった。

「あーもう、マジ信じらんない。どういう理由でこんな所に落下すんの?なんか頭悪そうなのに引っ掛かっちゃうしさ。なにそれ?ET?もうなんか存在とか舐められてるみたいで、ちょーむかつくんですけど。」
「……ず、随分ファンキーな宇宙人だな。」
「………最近の宇宙人は……いや、最近もなにもあるのかな。どうなの御主人たま。」

かなりアグレッシブな対応だ。しかも言語に関してはべらぼうに上手いらしい。
こういった若者言葉には少々不慣れだったので、困惑していたが、とりあえずある程度は話せるようだ。
そしてブローチはなんと、話している間に体系が変化し、攻撃的な姿になるポケモンらしい。
というか本当にこの者はブローチなのだろうか。

「あ……貴方様は、ブローチ様なんですよね?」
「ジロッチさんですよね!よっ!ジロッチ!」
「意味わかんないんですけど。なに、ブローチとかジロッチって。え、もしかしてアレですか!?今日七夕だから、ジラーチとかと間違えてんの!?あはははっ……超うけるんですけど。」

なんだかそう、色々と間違えたらしい。
そう思いだした、そいつはジラーチと言うのだ。と確認は出来たが、だからといってこの者はジラーチという訳ではないらしい。
なんだっていきなり降ってきたのか聞いておきたい所だが、コンタクトを取っておいて今更なにも無いというのも、なんだかこう、腑に落ちないものがある。

「……なんか違っているらしいが、ここで会ったのも何かの縁だ。今日この日に宇宙から降ってきたからには、なにかこう、違ってても願いを叶えて貰わないと困る。」
「そーだそーだ。願い事叶えろー。」
「ええ……め、めんどくさいな。てかアタシさ、あんまり面倒な事とか嫌いなんだけど。」

今度は言いながら、硬そうな姿に変形した。感情の起伏が激しいが、姿形まで変わっていると、なんだかコミカルに見えてくる。口の割に良い奴なのかもしれない。

「じゃあ、ミックスオレ買ってきてよ。」
「みっくちゅおれ買ってきてなの!言えた!」
「はぁ!?なにそれ、パシリじゃん!マジ意味わかんないんですけど。もうほんとなにそれ、ショボすぎ。もっとなんかないの?金欲しいとか、頭良くなりたいとか、強靭な体とか。」
「いいよそういうの、自分でやるから。なんとかなるだろ。だがミックスオレはなんとかならん。」
「なんとかならないの!買ってくるの!」
「……買ってきたら逃げていい?てか、買ってくる途中で逃げるかもしんないけど、それでもいい?」
「逃げるのは自由だが、買って来ないのはずるい。」
「ずるいの!」
「……わかったわかった。じゃーちょっと行ってくるね。」

そう言うと、そいつは流線型の滑らかなフォルムになり、そして次の瞬間、そいつの姿が消えたかと思うと、そいつは再び表れて、手になにか持っていた。

「ただいま。」
『早っ!』



だだっぴろい道の真ん中、回りに人はいない、見渡すと、遠くにビルや山やらが見え、近くには川がある。
たまに車が通るかと思いきや、夜中なのでそんな事もなく、至って静かだ。
あれから少し経って、なんだかんだで、私達はミックスオレを手にする事が出来たが、まだ中身は残っている。
すぐ飲んでしまうのが勿体無いので、ちょっとづつ飲んでいるのだ。

「うんめぇなぁ……。」
「おいしいですね御主人たま。ええと、でおきちちゅ……でおきち……でおきちゅちゅ……。」
「……一回で覚えな。デオキシスだよ。」
「覚えたけど言えないの!」
「なんだそれ……あはは、面白いなぁ、あんたら。」

なんだかんだで、いい雰囲気になっている。
このデオキシスとやらは、たまたま星の近くを飛び回っていたら、なにかの引力に引き寄せられて、ここに落下してきてしまったらしい。
他にも、空から見る星の話や、星から見る空の話や、それぞれの旅の思い出など、色々な話をした。
まだミックスオレは残っている。

「で、結局なんだって?」
「あのね、でおきちちゅさんにもあげるの。」
「え……?」
「あげるの。」

言いながら、そいつの目は潤んでいた。
楽しかったのかな。そりゃそうだろう、私も、これを飲んだらデオキシスがどこかへ行ってしまいそうで、飲むに飲めないくらいなんだから、コイツが似たような事を考えていてもおかしくはない。

「なぁお前……いや、デオキシス。宇宙から我々の存在は確認出来るのか?」

飲みながら、デオキシスが応える。

「……ん、確認できるけど、なんで?」
「おいしいよねでおきちちゅ!」
「あぁ、うん……割といけるな。」
「それは良かったの!」

なんかまぁその、仲間になって欲しかったのだが、デオキシスが「はい」と言った時の事を考えてなかった。
コイツにも自分のペースというものがあるから、私の旅に巻き込む事がはたして正しい事なのかどうかも判らなかったし、珍しい身分だから、なんかこう、気を使う事になるような気もしていた。
そういう時は、どうすればいいのか、私なりに考えてみたつもりだ。

「いや、どうせ暇ならまたいつか……。」
「またいつか来てなの!でおきちちゅ!」
「あ、ああ。暇になったらまた来るつもり。お前等楽しそうだし、いい暇つぶしにさせてもらうよ。」
「……。」

言われてしまったぞ畜生め。
全く予想外だ。だがまぁ、考えるだけ損だったという事は判った。
疑問顔を寄せるデオキシスに、とりあえずの返事をする。

「あーいや、コイツに先に言われちまったから、いいよ。」
「御主人たまとあたちの息はぴったしなの!」
「……まぁ、そうかな。」
「かなってなんなのよ!かなって!もう御主人たまったら、しゃいなんだから!」

ミックスオレも飲み終わり、私達はまた、旅を始める事になった。
デオキシスはまた、紫色の塊になると、空高く飛んで行った。今度はドジって落っこちるなとかいう事を別れ際に言った途端、足元にあったなにかに躓いた。やはり只者ではないらしい。
月が真上に見える。七夕も、もう終わる。
ジラーチとやらには出会えなかったが、ミックスオレは飲めたし、面白い話も出来た。
実にいい日だった。

「そういえばお前、名前はなんというのだ?」
「御主人たま!一回聞いた名前は覚えられるんだから、あちしの名前くらい覚えてよね!」
「その御主人たまというのはよせ。別にお前のトレーナーという訳でもないのだから。それに名前だって、まだ聞いてないぞ。」

そいつがジラーチという名前のポケモンだという事を後になって知ったのは、そいつと別れてから、数日経ったある日の事であった。

「強引な纏め方ね!御主人たま!」

おわり



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