「ある科学者の手記より」




六月三十日(月曜日)


千年に一度、この地に舞い降りる星があるという。
七夕の晴れた夜、千年彗星と呼ばれる彗星がこの地から見えると。
ほうき星という別名を持つように、その姿は多くの星が尾を引いたような形をしていると。
肉眼でもはっきりと分かる千年彗星は、共に持ち合わせる巨大なエネルギーを持っている。
そのエネルギーを体内に溜め、千年もの間誰からも疎外されたどこかで眠り続けている存在。

それが、ジラーチというポケモンだという。

愛らしい容姿とは正反対に、計り知れないパワーを内に秘めている。
ジラーチは千年彗星と深い関わりがあり、千年彗星が見える七夕からの七日間を、自分の守護者とする人間の傍で過ごす。
その理由には様々な説がある。
莫大な力を狙う輩から自分の身を守るためだ、とか。
ただ単に人間との僅かながらの交流を楽しむためだ、とか。(何故か子供ばかりを守護者に選ぶから)
だが真相は誰にも分かっていない。
千年という時間はあまりにも長すぎるからだ。
それだけの時間が間に挟まってしまうと、ジラーチに関する重要な資料も何らかの理由で消えてしまう。
その存在を文字の羅列で知ったとしても、ジラーチに会う前に自分の寿命が尽きることなど数えきれないほどの人が味わっただろう。

しかし私はついている。
様々なデータや気象状況などを計算していった結果、なんと今年千年彗星が地上から見える。
私はジラーチについて是非とも知りたいことが山ほどとある。
先程述べたように、人間と過ごす理由もその一つだし、莫大な力といってもどれほどのパワーを秘めているのか。
ポケモンならば、どのような技を繰り出すことができるのか。想像の範囲内だが、私の予想ではジラーチは少なくともエスパータイプであると思う。
真実はこの目で見て、記すことでようやく真実となるのだ。百聞は一見にしかずとは正に当てはまっている。
ああ、今から考えるだけでも鳥肌が立ちそうだ。心の高ぶりを抑えることができようか。いや、できない。
七夕まではあと残り一週間だ。


ジラーチが出現すると思われる場所の目星は大体ついている。
ホウエン地方の中にある、ファウンスという地だ。
合壁がいくつもある中で非常に豊かな自然を持ち、その中でたくましく生きるポケモン達がいる。
守護者が現れないということはない。ジラーチに合った人間の子供を呼び寄せるように、いつも必ずジラーチの起きるときには子供が傍にいる。
数少ない資料の中で、それははっきりとしている。
私は最早子供ではない。だから、守護者になることはまずない。だから、まずは守護者を探すことから始まる。
少し手間がかかるようにも思えるが、ポケモンを使えばどうにでもなる話だろう。それは置いておこう。


高ぶる感情を少しでも抑えるために、ここに私の一番知りたいことを記してしまおうと思う。
それは、「七日間を過ぎてもジラーチが起きていればどうなるのか」ということだ。
千年彗星が見えなくなってもジラーチが眠っていなかったら。どの書物を見ても、ジラーチが七日間を過ぎても起きていたという例はない。
何も無い、ということはないだろう。千年彗星の力を蓄えることができなくなるのだから、もしかしたらその瞬間死ぬかもしれない。
だが明るい方に考えれば、生きたままこの地上に起きた状態でいる。そうなれば、ジラーチの力を長期間利用して、何らかの成果をあげられるだろう。

そのためには、眠らせるような雰囲気を作ってはいけない。
ファウンスの破壊行為は効果的だと思うが気に食わない。それは私には合わない。
守護者から引きはがし、ジラーチの体力を消耗させ、眠らせる暇を与えさせないようにしよう。
守護者といってもどうせ子供だ。七日間の絆などたかが知れている。容易に行うことができるだろう。

さあ、そろそろ出発しなければ。
ここからファウンスまでは車で五日ほどもあれば行けるだろう。時間に余裕はあるが、早め早めの行動は大切だ。
二週間後、ここに真実を記す時が楽しみだ。
今日はこのくらいにしておくとしよう。



七月五日(土曜日)

ファウンスに到着した。噂どおりなんと鬱蒼としたところだろう。しかしポケモンの多さには息を呑んだ。
早急に守護者を見つけるため、私のポケモンを先程十匹ほど放っておいた。空と地上に五匹ずつだ。
どれもこういう仕事には慣れている。安心していいだろう。
私はこの場所の生態調査を行うことにしよう。
七夕まであと二日。早く守護者の存在を掴みたいものだ。



七月七日(月曜日)

ついに七夕の日がやってきた。しかもようやく守護者が見つかった。あの子供に違いない。
近づきやすいように、それなりに接しておこうと思う。子供というのは嫌いだが、仕方がない。まああの少年は物わかりが良さそうだし、大丈夫だろう。
ジラーチが目覚めるのは今夜のいつか。その瞬間を見届けられるようにしなくては。
今日はなんと素晴らしい日だろう。心が晴れ晴れとしている。
七夕は短冊に自分の願い事を書くことで祈願するという風習があるが、私にはそんな必要はない。私の願い、計画は思い通りにいくだろう。
この七日間で増える知識の量を思うと、楽しみで楽しみで仕方がない。
しかし一番楽しみなのはやはり七日目だ。早く訪れることを願う。



七月十日(木曜日)

あのジラーチというポケモンは凄い。想像以上の力を持っている。
エスパータイプという予想はどうも当たっていたようだ。だが、実際に見た感想はなんだかもう一つタイプを持っていると思う。
すぐにでも我が研究室に連れて行ければすぐにでも分かるのだが。
あの少年との絆は、最初はそこまで良くなかったが徐々に深めてきている。それなりにしてもらわないと、計画通りにいかないかもしれない。
今日は川に行くと言っていた。水遊びでもするのだろう。
意外にもあのジラーチ、心はかなり子供だ。
ジラーチについて分かったことがいくらか他にもあるが、それはまあ研究ノートに書き記したし、ここに書く必要はそれほどないだろう。
だが一番驚いたのは、あの瞬間移動の能力だ。
ジラーチ自身の移動は勿論、他の物質も容易に移動させることができる。それは人間も然り。
凄まじい力だ。昨日なんて少年とそのポケモン達、合計六体を軽々とテレポートさせていた。
あんなに大量の物質の瞬間移動など、この地に生きるポケモン達ができようか。
ますます今後が楽しみだ。



七月十一日(金曜日)

ここに二日連続で書くのは久々だ。いつ以来だろうか。
計画は動き始めている。幸いにも、あの少年とジラーチは今日はファウンスの外に行くと言っていた。どうも祭りがあるらしい。私はそんなものに興味はない。
この間に計画を一気に進めてしまおうと思う。
ファウンスには大きな洞窟がいくつかあるが、その中の一つに装置を取りつけることにした。
巨大なものだ。車の中に分解して詰めていたが、それを傷つけないようにここに来るのには苦労した。何しろ道が整備されていないのだ。
ポケモンを使ってなるべく俊敏に行う。それにしてもポケモンというのは便利な存在だ。



七月十三日(日曜日)

少年の元気がない。ジラーチは七日経つと眠ってしまうという事実は私が昨日教えた。
思っていた以上に守護者とジラーチの絆というのは深まるもののようだ。
何はともあれ、ついに明日だ。
こうしてペンをとっていても、手が震えて文字が書けなくなってしまいそうだ。
私の知識欲は明日、いや、明後日満たされる。
装置の設置も順調だ。今日の夜にはできあがるだろう。
それにしても、今日の朝見たアブソルはなんとも不気味だった。禍を呼ぶとかなんとかの噂があるというそんな非科学的なことは信じないが、あの目は恐ろしい。
私の計画を邪魔してこようとする者は、それなりの対処をしなければ……。



七月十四日(月曜日)

いよいよ待ちに待った十四日だ。この日をどれだけ待ち望んでいたことか。
計画は完璧だ。腕ききのトレーナーを雇っているし、少年からは簡単に離れさせられるだろう。
ファウンスの奥に装置を設置することも完了した。
ここ数日でジラーチの力を見極めた。そのパワーを抑えるための装置だ。暴れられて逃げられたら元も子もないからだ。
瞬間移動などさせはしない。
記念すべき日だ。いや、本当に記念すべきは明日か。
狙い目はジラーチが眠る為に千年彗星から力を蓄える瞬間だ。あのときなら無防備だ。
早く、早く、早くしてくれ。










たすけてくれ。
私が愚かだった。
あれは化け物だ。
力の塊だ。
世界が壊れる。
どうしようもできない。

ジラーチは、破滅を願っていたというのか。



(手記は、ここで終わっている)



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