天の川消滅のタイムリミット



普段どおり全く終わりそうにない仕事をしている俺の携帯が鳴った。
ディスプレイを見れば丁度夜の十一時半。そういえばまだ夕食も摂っていなかった。気を逸らされたついでに何か――と、言ってもどうせカップラーメンなのだが、体内に入れておこうと立ち上がる。
メールはまだ未開封。どうせこれさえ仕事のメールだろう。

――ふあぁ。

途端眠くなって俺は伸びをする。今週は徹夜続きで大して寝ていない所為か、少し頭が重い。けれど、いつもの事だ。
下の階にあるカップ麺の自販機の前で、お金を入れ、少し悩む。
いつものでもいいけど、新しく入ったのを食べてみるのもいい。
これを考えるのは楽しくもあるが、飽きも来る。もうなんでもいいやと、数秒後、結局いつも食べているものを選んでしまった。疲れているところに冒険しておいしくなかったらそれこそ厭だし。
備え付けのポットでお湯を入れて三分待つ。
無論、仕事は上に置いてきてしまったのですることもなく、そういえば、と携帯をやっと開いた。

『今からあいてる?』

絵文字もない、それだけの文章。送り主は田端あゆか。
俺が唯一付き合っていた女だ。
しかし、俺が仕事ばかりの所為でフラれてしまった。もうとっくに音信不通になってるかと思っていたのに……。
でも、突然そんな無愛想なメールを送ってこられても、俺は仕事中。気にならないことはないが、どう反応していいのか判らないので、俺は携帯を畳んだ。
いつの間にか三分経って、いつも通りに蓋を開け、ラーメンをすする。別においしいものではないが、まずくもない。ゼリー飲料で済ませてしまうより随分いい。
食べ終わって、残った汁を流し、カップをゴミ箱に放り投げた。

――さて、続きやろう。

階段をゆっくりと昇りきり、またデスクに座る。
この時間まで仕事をしているのは俺だけじゃない。と、言ってもデスクワークをしている者は俺だけなのだけど。
結局十分も持たない内に、気が散ってしまい、手を止めた。
さっきのメールの所為なのはいうまでもない。

『仕事中だけど、少しならあいてるよ』

どう送っていいのか判らなかったけれど、彼女も絵文字を使っていなかったのだから、俺も文章だけを送った。句読点すらなしに。

『職場にいるの?』

一分経たない内に返信が来た。俺は、うん、とだけ返信する。

『いってもいい?』

驚いたが、俺の文面は、うん、のまま。
本当に彼女は来るのだろうか。
妙に落ち着かずそわそわしていると、階段を駆け上がる音が聴こえた。

「久しぶり」

本当に、一年近く振りに聴く彼女の声、変わっていない姿。
思わず唾を飲んで、俺は目を逸らす。

「どうしたの、急に」
「会いたくなって」
「彼氏はいるの?」
「いないよ」
「好きな人は?」
「………」
「でき、た、の?」
「変わって、ないよ」

泣きそうな彼女の声――。
それは、俺だって。

「俺の仕事も変わってない。けれど――、気持ちはあの時より強いよ」

俺は――。

「あゆかを逮捕する。もう、出してやらない」

持っていた手錠を彼女と、俺の手にかける。
その手で彼女を掴んで俺は抱き寄せていた。

「願い事、本当に叶っちゃった」

俺は後で知ったのだけど、その時間は七月七日午後十一時五十八分だったらしい。
本当に、ギリギリで渡りきれたんだなぁ、と俺が笑うと、彼女も笑っていた。本当に、幸せそうに笑っていた。

彼女の実家の裏山に、俺が見つけてしまった短冊は、今でも宝物だ。彼女はてれくさそうだったけれど、実は俺も殆ど同じものを違う場所で結んでいた事は――いまでも内緒にしている。



Fin.



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