別れは唐突に



奴とは旅先の色々な場所で出くわし、会う度にポケモンバトルするという間柄である。特に仲が良い友人という訳でもなく、
会う度に人を挑発するような憎々しい顔つきと、持ち前の自信家な性格は彼の脳裏に色濃く焼きついている。
確か最初にマサラにて、彼の祖父に当たるオーキド博士と奴が揃っていた時、本当に祖父と孫なのかと内心疑ってしまった。
奴とのこれまでの戦歴はあの研究所、ポケモンリーグ前、ハナダの橋、そしてサントアンヌ号…。
バトルにおいてはいつもこちらが不利な状況ではあったが、それでも4戦4勝0敗という好成績を残すことができた。
記憶力には人並み程度、あるいはそれ以下のものだったが、奴とだけは鮮明に記憶している。
戦って勝利した時に味わう達成感は他のトレーナーと戦ったときよりも何倍も違っていた。やはりライバルとはそういうものだろう。

しかし奴との5戦目のバトル―― あの時だけは少し違った。



―― シオンタウン ポケモンタワー

天井から床まで石造りの搭をお化け屋敷の感覚で歩く。ひんやりとした空気と仄かに順路を照らす蝋燭の灯りが
より一層不気味なオーラを漂わせていた。階層ごとに墓石が隙間なく並び、目を凝らさないと見えないがすすり泣く墓参りの人達も居た。
汚れの目立つ墓石もあれば、綺麗に磨かれた墓石もあり、それら一つ一つの下にポケモンの骨の粉がそれぞれ壷の中で眠っている。
ポケモンの寿命はそれぞれ固体によって異なるが、詳しい事はレッドでさえもわからない。なにしろトレーナー暦の浅い彼は、手持ちのポケモンが命を落としたところを見た事もない。
パートナーのポケモンと死別する感覚をまだ味わっていない所為か、参拝者の人達の心情を今ひとつ理解できなかった。

墓石の向こうに3階へ続く階段が目に映る。あそこを上っていけばフジという名の墓守に会えるはずだ。
汗でずれた赤い帽子を直し、石の床を歩き出す。と、その時その階段の上の方から靴音と声が突然響いてきた。

「何だ、レッドじゃねーか」

このような薄暗い搭の中の墓地では最初は幽霊でも出たのかと身構えるものだが。とりあえず安心した。
茶髪のグリーンは笑いながら手をひらひらと振っている。左手の中に花が数輪握られていたが墓石の影で全く見えなかった。
余程静かな場所なのか、疎らにいた墓参客全員も彼の陽気な声に耳を傾けている。注目の的になったグリーンは―― どうもー、と軽く答えた。とても真似できない。
蝋燭の光に写りこんだグリーンの顔と軽やかな口調は少しこの場の空気に合っていない様な気さえする。

「…グリーン?」
「こんな所で何やってんだ?お前のポケモンも死んだのか?」

いつもながら、繊細さに欠ける言葉である。呆れた様にレッドはため息を大きくつき、帽子を仰いだ。
まあ口数が少ないのを自覚しているレッドも、嫌味で減らず口なグリーンと相反するようで実は案外似たり寄ったりかもしれない。
腰のベルトには黄と黒に着色された高価なハイパーボールが据え付けられて、人の目を引き付ける。
どうみても彼が墓参りする姿とは思えなかった。

「そうか、お前もカラカラ捕まえに来たんだな?」
「カラカラ?」
「知らねーのか、このタワーにしか出ない珍しいポケモンだぜ」
「それで上の階に?」
「霧が濃くて何も見えやしねー、おまけにあいつらボール避けまくるんだぜ」

―― ボール代が無駄になっちまったぜ 、と悔しそうに茶髪を掻き毟る彼を半分軽蔑の意を含んだ眼で睨んでしまった。
…明らかに死した者を弔う墓場でする話題ではない。一番近くで墓石を前に拝んでいる男の眉がぴくぴくと動いているのが目の端に見える。
それにいち早く気取ったレッドはグリーンに、ここを出ようと言おうと思ったが、間に合わなかった。
グリーンはこの場がどんな場所であろうか、お構いなしにハイパーボールの1つをベルトから外して構える。

「それじゃあレッド、また勝負しようぜ!」
「はぁ!?ここで…?」
「当たり前だろ、行け!ピジョン!」
「くっ…リザード!」


…そうして5戦目は何と閑静な墓場で行われるという異例な様式で幕を開ける。挑まれた試合に逃げた事は一度もなかったが、
気は進まなかった。最初に出てきたピジョンをリザードの火炎で吹き飛ばした時、グリーンの目が赤い光に眩んだ様に目頭を抑えた。
その隙を狙って一度だけ階層の全体像を見渡したが、墓参客がぶつくさとこちらを睨みつけながら下へ続く階段を降りていった姿があった。
まぁ、逃げるのが妥当な考えだと思うが…今度ばかりは申し訳なく思えてならなかった。
グリーンは舌打ちと同時に倒れ付したピジョンを収め、次のボールを放っていた。
2体目は…卵の集合体、タマタマ。植物の類のポケモンと図鑑に記されてあったが、実際に目の当たりにすると若干不気味でもある。


それにしても、グリーンは『40匹は捕まえた』と捕まえた頭数を自負しているにも関わらず、彼のパーティには変化というものが見受けられない。
彼の性格なら最強の組み合わせを常に頭の中で模索し、戦力外のポケモンをパソコン転送という名のお蔵入りを平気でやってのける筈なのに。
何にせよ、お陰で5戦目も無事レッドが勝利した。カメールが甲羅を下にして倒れこむと、グリーンは肩を落とした。

「また負けちまうとは…」

カメールをボールに収めるとグリーンはポケットを漁り、無造作に千円札を2枚レッドに投げてよこす。
トレーナー同士のポケモン勝負が終わった暁には、敗者は賞金を勝者に渡す。これは昔からのしきたりの様に決まっているらしい。
額は何によって決まるかはレッドの知る所ではないが。グリーンは―― まぁた金の無駄遣いになっちまった。 と嘆く。

「グリーン、次からはちゃんとした場所でバトルしろ」
「へっ、相も変わらずお堅い奴だぜ」
「ったく」
「じゃあな、バイビー」

いつもと同じ捨て台詞を吐くと彼は下の階層へ続く階段を探して歩き出した。
多分今頃1階に待ち構えていた墓参客に文句を言われているかもしれないが、それは自業自得というものだ。
弁護してやる理由も様子を影からこっそり見に行く理由もない。
上の階は霧が立ち込めていて進めそうにないというグリーンの言葉を信じてとりあえずタワーを出ようと歩みだした。
線香のかぐわしい匂いが染み付いた階段は、予想以上に静かなものだった。一階に降りると窓口の受付人以外人は見当たらなかった。

外への出口からは太陽の灯りが漏れていて、出たら最後目が眩みそうだ。その反対の側に目を移すと、片膝を突いて猫背なグリーンの姿が見えた。

「グリーン?」

左手で握りつぶして茎がすっかりひしゃげた花束が初めて目に映った。無数の墓石の中の一つを前にじっと座り込んでいて、彼の背中が
いつになく小さく、小刻みに震えている様にさえも見える。ついさっきまで上の階でデリカシーの無い話題をしまくっていた彼の姿が頭の中から消し飛んだ。

「あのお墓の下にはどんなポケモンが眠っていると思う?」

女性の声にハッとレッドは振り返った。カウンターから出てきたポケモンタワーの受付人だった。

「え?何すか?」
「ラッタよ。鼠ポケモンの」

そのポケモンの名前に思い出した。今まで4回も戦ってきたというのに、ついさっきこのタワーの上の階ではラッタは出てこなかった。
出てきたのは御三家のカメールを始め、ピジョン、ケーシィ、そして新参者のタマタマ…。

「今時珍しいわね。鼠ポケモンをちゃんと供養しようとするなんて」

受付人は感心する様な口調で掃除具を手に上の階に上っていった。見回りだろうか。
3階が霧で包まれていて進めそうにない事を告げるべきだと思ったが、やめた。
レッドはグリーンの背中がいつになく別のものを語っているのを見届け、そのまま声もかけずにタワーを出た。


…というのが、奴と俺との5戦目。ならびにその前後の出来事だった。
俺の目からすれば、丁度奴はトレーナーとパートナーとの『別れ』を身をもって味わったのだと思う。
いつもは敵愾心をぶつける相手としか俺の目には映らなかったが、あの墓石の前にひざまずいて震える奴の姿を見て以来、その感情も次第に薄れていったのも本当の話である。



戻る

inserted by FC2 system