てるてる高校雑談部



梅雨はまだ明けておらず、生憎の天気となった空模様に項垂れながら、自室に吊るされたそれを見ても、心が晴れる事は無く、むしろ脱力は増すばかりなもので。
窓から目を逸らして、返事は返らないと知った上で、一言漏らす。

「君に期待してるわけじゃないけどね。」

部屋の隅、ミニサイズの竹の枝に、短冊と一緒に下げられているそれは、出来栄えはあまり褒められたものではないが、懸命に作ったのだから、願いくらいは聞き届けて欲しいものだ。
これは「てるてる坊主」というもので、日本国民ならば誰でも知っている愛くるしい梅雨の定番キャラクターである。





自室のある二階から降りてきても天気が変わる訳ではなく、顔を洗っても日は照りつかない。適当に挨拶を済ませ、適度に朝食を食べ、適当に顔を洗い、適度に髪を整えると、当然あとは玄関へと向かうだけだ。
カバンは持っている。ハンカチは持っている。その他モロモロの不備は無い。昨日見た今日の運勢は悪いものでもなく、良いものでもなかった。

「いってきます。」

適当な挨拶だ。いつもの事だ。
だが今日はいつもと違う日なのだ。日本国民ならば誰でも知っている、至極特別な日なのだ。だが全く、どういうわけか、玄関を出た自分はなぜ、傘を差しているのか。傘は何故空を差しているのか。
出来る事なら地面を差して、いっそ、びしょ濡れになりたい。


「梅雨に雨が降るのは珍しい事ではない。」

部長の鳴神先輩はそう言って、机に座って足を組んで、更に腕を組んで窓から外を見た。未だ雨は降り続いている。窓は開いているが、ベランダの空間が雨を退ける。
教室一部屋からなる部室の、雨降る外をバックに窓際に座る鳴神先輩は、妙に絵になる。生憎、我が部は美術部ではない。

「てるてる坊主だって吊るしたんですよ。しかも短冊と一緒に。」
「またそれは欲の張ったな行動に出たな。宗派の違うものを一緒に並べるからだ。バチが当るぞ。」

十字架をぶら下げた狛犬のような極端な例ならまだしも、「七夕」と「てるてる坊主」ならば大した違いは無いような気がするが、部長の中ではなにかこう、まるで違うものになっているのだろうか。
てるてる坊主は地蔵だか神様だとかいう話を聞いた事があるが、確かに言われてみると、バチ当たりのような気がしてくる。
教室の中央付近の席に座っている私の前方、黒板の前に立つ少女が口を開く。

「今日の活動はどうなされますか。部長。」
「間違っているぞ秋水君。我が雑談部の活動は、年中無休で進行中なのだ。たとえ授業中と言えども、我が活動方針が妨げられる事は無い。」
「さすがでございます、鳴神部長。」

私と鳴神部長と、この秋水によってこの部活、その名も「雑談部」は、部長曰く、より良い学生生活を満喫する為に、より良い雑談をする為に作られた、高度な部活である。
雑談の苦手な生徒を前向きに教育したり、過度な雑談を避ける為に指導をしたり、まるで風紀部のような一面も持っているせいか、先生方からの信頼は妙に厚い。だが長い事ここで部員をやっている私から見れば、変な部員のいる変な部である。

「時に秋水君、君は七夕を知っているか。」
「存じております。」

わざわざそんな事を聞くのは確認の為ではなく、部長なりの雰囲気作りであると、前に聞いた覚えがある。

「ならば秋水君、てるてる坊主と織姫彦星の、願い事を叶えるぱわぁは、一体どちらが高いと思う。」
「それは織姫と彦星で御座います。」

私はどっちも大事だと言おうと考えていたら、部長にそれを聞かれなかった。
どっち付かずの答えは求めていないのだろう。

「それは何故だね、秋水君。」
「はっ、てるてる坊主の願いは、指定した日に限定したものでありますが、短冊に書いた願いであれば、無期限です。」
「つまり、懐のでかい奴の方が強いって事ね。」
「その通りでございます、篠木様。」

篠木というのは私の事だ。「様」とか付いているのは、部長が吹き込んだという訳ではなく、秋水の癖である。
博識のような語り口調の秋水だが、割と実体験や想像に任せた考察が多い。
妙に空論めいて聞こえる知識の自慢よりかは、幾分か良いのだろうか。そういう部員も見てみたい。

「篠木君。そういう訳であるからして、短冊に書かれた願いはいずれ叶う。七夕が終わった後も、延々と吊るすがいい。」
「七夕の飾りや竹は、燃やして天に届けるっていう末路があるんですけど。」
「そんなものは仏壇か墓にでも飾っておいて、先祖の霊にでも渡しておけば良い話だ。」
「そっちの方がバチ当たりじゃないですか。いつか祟られますよ。」

そんな事を話している間に夕方になってきたので、今日の所はお開きになった。
少々毒のある会話だったが、多少、落ち込んでいる私には効いたらしく、少しは救われたのだろうか。
結局、短冊になにを書いたのかは聞かれなかったが、プライベートを気遣っての事だったのだろうか。
他の二人はどんな願いを書いたのだろう。そんな事を考えながら、帰路に付いた。





途中、雨粒の跳ね返る音が聞こえなくなっている事に気付いた時には、目の前から射した夕焼け明かりに目を薄めていた。
田んぼの横を歩いていた私の目に飛び込んできたのは、先程までの雨雲を黒く染める、オレンジ色の夕日の光。
そこに広がる幻想的な風景に、思わず目を奪われ、心まで奪われそうになっている私の後ろで、突如声がした。

「いい夕日だ。実にいい。」
「うわっ!」

突然背後から現れた訳ではなく、私がただぼうっと突っ立っているだけだったのだが、とにかく気が付いた時には、背後に鳴神部長が立っていた。
確か部長の家は、この通学路の先には無かった筈だが、一体何故ここにいるのだろう。

「なぁに、あれだけ雨がどうこう言ってたから、気になって来てみたら、ぼんやりしているお前がいたという訳だ。」
「そ、そうですか。」

丁度そう、部員の二人はこの光景を見ているのだろうか、なんて思っていた時の事だったので、小さな願いが叶ったような思いになっていた。
こういった一瞬の願いならば、いくつか叶っているような気がするのに、その度に忘れてしまっているような気がするのは何故なのだろうか。
部長が右隣に立ったので、なにか話そうと、とりあえず思った事を口に出してみる。

「綺麗ですね。」
「こういう幸せは、雑談と似ている。完全に覚えてはいないが、日々の中に確かにある、小さな幸せだ。」
「そういう台詞、案外似合いますね。」

そう言うと突然部長が黙ったので、そっちの方を見てみると、鳴神部長の顔が夕日に染まって、赤く輝いていた。
少しぼうっとしているが、目の前の光景に感動しているのだろうか。私も先ほど、そういう顔をしていたかと思うと、少し恥ずかしい。

「秋水君、近くにいるな?」
「はっ……此方に。」
「うわっ!」

部長の更に右隣、部長が立っている事により生まれた、私から見ての死角から、突然返事が聞こえたかと思うと、そこに秋水が、主人に頭(こうべ)を垂れる忍者の様な姿でしゃがんでいた。

「では篠木君。私はこれにて失礼するよ。よし、帰るぞ秋水君。」
「はっ!」

そう言うと、秋水がどこかへ消え、部長は夕日を背に受けたままの後姿で去って行った。
相変わらず、絵になるが、実に惜しい事に、うちは写真部でも無かった。


部長があの場で秋水を呼んだ理由に私が気付いたのは、自宅に着き、自室に戻ってからの事だった。
この竹は昨日、雑談部の活動の一環として、一人一竹の配分で製作されたものであり、しばらく部室にも飾ってあった。
短冊には機械的な字で、こう書いてあった。

七夕の日が、部員によって良い日でありますように

その下には「金欲しい」だの「部員欲しい」だの、色々とよこしまな事が書いてあったが、ひとまずその短冊が目に止まった。
リアリティのある願いばかりではなくて、平和的な願いも書いた方がいいと、自分で言った覚えがある。
部長はこれを覚えていたので、あの時秋水がその場にいる事を、気付かせる為に呼んだのだろうか。
あくまで「部員全員にとって」思い出深い日である日にする為に。
そんな事を考えながら、てるてる坊主の頭を撫でつつ、一人、呟いた。

「やるじゃん。」

それが誰に向けた言葉だったのかについては、あまり覚えていない。



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