Episode7 「茶色で可愛い帽子はいかが?」



お昼時。やっと物資の補給を済ませたシュンは、テレビ局と呼ばれる場所の近くにあるベンチに座って和んでいるところであった。ちなみに、買った物は既にセンターで借りた自室に置いてきている。
リューンはリューンで鬱憤晴らしといった雰囲気でシャドーボクシングならぬシャドー引っ掻くをしており、戦闘時のイメージトレーニングを行っている。……要するに、体力が有り余っているというわけだ。
「元気だよなぁ〜おまえは。まぁ今日はリューンにとっては過ごしやすいだろうからなぁ」
パタパタと手で扇ぎ、少しでも涼もうとするシュン。今日は風も穏やかで、とても日差しが強い。いくら北の方に位置し、比較的涼しいシンオウ地方でも、暑い時は暑いというわけだ。
炎タイプにとって、こんなに日差しが強い日はとても元気が出る天候。だからリューンも体力が有り余っているというわけ。
「……それにしても、暑い……なんかフラフラする……」
いくら今日が日差しが強く暑いからと言って、目眩が起きる程暑い筈はない。それは分かっているのだが、いかんせん何故か目の前がフラフラとしてくる。
一体どうしたんだろうと頭を触ろうとして……


――フカッ


……という感触が、掌に伝わる。

「……フカッ?」
さぐりさぐり頭を触ると、どうやら何かフカフカしたものが頭の上に乗っている。……今までどうして気付かなかったのだろうと自己嫌悪するシュンであったがそんなことはどうでもいい。
とりあえず両手で持ってみる。思った以上に重く、フワフワとしている。――正直言って気持ちがいい。
だがこんな日にこんなものを頭に乗っけてれば、目眩がするのは当然である。
目の前まで持ってくると、それはどうやらポケモンのようであった。毛並みは茶色く首まわりやフカフカの尻尾の先は白。トンガリお耳はピクピクと揺れ、可愛いその顔は幸せそうに眠り顔であった。
「……えーと……?」
あまりの急展開に思わず頭が真っ白になるシュン。リューンもその事に気づいたらしく、彼の足元に近づいてくる。
するとそのポケモンは目をギュッと瞑って、ゆっくりと開ける。どうやら目を覚ましたようだ。
『……ブィー?』
「あ、えと……おはよう?」
『ブィ……ブー……』
思わず疑問形になってしまったが相手はまだ寝足りないらしく、再びスゥスゥと寝息を立て始めてしまった。
そんなポケモン……イーブイをシュンはそっとベンチに置き、静かにその場を後にした。

「あービックリした……何でこんな町中にイーブイがいるんだろ?  誰かの飼いポケかな?」
『カゲ……。カゲ、カゲカゲ!』
「そっか、そろそろ昼飯か……。まだちょっと小遣い残ってるし、どっかで外食するか」
『カーゲ!』


ということで二人がやってきたのは、テレビ局近くにある小さな食堂。現在の所持金でも十分なんとかなる範囲であることは、外のメニュー表で既に確認済みだ。
「よし、じゃあ入るか!」
『カゲカ……カゲ!?』
店に入ろうとしたとき、リューンがシュンの頭を見て、目を見開くほど驚いている。
何事かと聞こうとして……不意にシュンの目の前が、何かに塞がれてしまった。驚いて触ってみると、先程と同じように気持ちのいいフカフカの感触……。
震える手で頭の上にある物体を目の前に持ってくる。それは先ほどと同様、眠気眼の茶色いアイツ、イーブイであった。
『ブーィ……ブー……ィー……』
「…………」
最早絶叫すら出せないシュンとリューン。顔面蒼白のままゆっくりとイーブイを下ろし、すぐに明後日の方向へと駈け出した。

「ぜぇ、ぜぇ……な、何であいつがまた俺の頭に……!」
『カゲ……カゲ……』
シュン達が逃げ込んだのは、ポケモンセンター内にある自室。いくら何でもこんな場所に入り込むのは流石に無理だろうという判断であったが……どうやら甘かったようだ。
『ブィー……ブィー……』
再び顔面蒼白となるシュンとリューン。カタカタと手を頭に回すと……やはり登場茶色のアイツ。
『ブィ…ブァァァァァァ……』
大きな欠伸を一つするアイツに、かまっている余裕など二人にはなかった。電光石火の速さで部屋をで、鍵をかけ、一目散に街へと飛び出した。





「さ、流石にもう来ないよな……ここまでくれば、安心……だよ……」
『カ、ゲ……』
夕暮れが迫る頃。コトブキシティの東隣にある炭鉱の街、クロガネ。
現在でも良質な石炭が取れ、また炭鉱に住み着く岩タイプのポケモン達とのトレーニングを目当てにやってくるトレーナーもいる、比較的活気がある街だ。
またここにはトレーナーの憧れとも言うべき施設、ポケモンジムがある。ポケモンジムとはトレーナー協会と呼ばれる団体が経営している場所で、トレーナーの技術向上を目的とした施設ともいえる。
具体的なことを言うと、各地方には八つのジムがあり、その八つのジムに挑戦、見事リーダーに勝利するとその証であるバッジと呼ばれるものをもらえる。
そのバッジを八つすべて集めたトレーナーはその地方に存在する四天王との挑戦権を得ることができ、さらにその四天王に勝利すると、さらに強いエリアチャンピオンに挑戦できるのだ。
このチャンピオンに勝ち殿堂入りをすることが、大抵のトレーナー達の夢であり、ロマンなのだ。まぁシュンみたいにそういうことにあまり興味がないトレーナーももちろんいるのだが。

……さて、説明が長くなったのでここで本編に戻すことにしよう。つまりシュン一行はもうそれこそガムシャラに走り続け、勢いあまってこの東隣りにあるクロガネシティまで激走したのだ。……ご愁傷様です。
しかし、流石に此処まで来ればあのイーブイも追っては来ないだろう。唯一の問題は荷物をコトブキのセンターに全部置いてきてしまったことであるが、最早そんな事はどうでもいい。今はあの茶色のアイツから逃げ切ることが先決なのだから。
「よ、よし。とりあえずここのセンターに寄ってジョーイさんに荷物を……!!」
民家の窓を見たシュンは、そのまま絶句。後に続いてみたリューンも然り。何故なら……。

『ブィィィィィッ……ブィ……』

茶色のアイツが、頭の上で背伸びをしていた。ず〜っと眠っていたからか至る所が寝ぐせでピンと立っており、ボッサボサとしている。
だがまぁそんな事など精神的に追い込まれている一人と一匹には関係ない。三度顔面蒼白となって……ついにはそのまま意識を別の世界へと飛ばしてしまうのであった。


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『本 日の夕方頃、クロガネシティの出入り口にて少年とそのパートナーのポケモンが気絶している所を住民に助けられたという事件が発生しました。被害者は風蔵 シュン君十一歳で、犯人などは分かっておりません。ジョーイさんによると、何やらうなされる様に「茶色の悪魔がこっちに来る」と叫んでいるようです。詳し い事が分かり次第、改めてお伝えしたいと思います。次のニュースです。昨年シンオウグランドフェスティバルで……』

「……なーにやってんだろシュン君……」
マサゴタウンのナナカマド研究所にてテレビを見ていたヒカリは思わずそう声を漏らす。彼女は現在、夕飯の後片付けを行っているところである。
だがまぁとりあえずどうしようも出来ないのでその件に関してはほっておくことにしたそうな。
「そういえば、あの辺りでミズキさんがイーブイに逃げられたって言ってたわね。……まぁ、その子が茶色の悪魔なわけないか」
楽観的なヒカリであったが、そのまさかな事が起こっていたと知るのは、もうちょっと先の話なのである。
尚、ミズキという人物に関する説明は、また改めて行うという事にさせてもらおう。

ちなみにその後、シュンとリューンの精神が安定したのはそれから丸二日経った後だということと、その原因を作ったイーブイはそんな状態でもずっと付いてきたということは……また別の話である。


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……深夜遅く。コトブキのポケモンセンターに、一人の侵入者の影があった。

その影は音を立てることなく奥へと入り、やがてシェイミが眠る治療室へと入り――。




――数分後、妖精の姿はその場からいなくなっていた。

 

 

〜to be continued〜


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