「彼女の力を借りに来たの。数年前、この地で別れた彼女の力をね。」

アリエッタは言う度、虚ろな目を見せる。
明け方にはまだ早い真夜中。石柱を削って作られた見張り台の下で、さも堂々とキャンプを張る男達。
奇妙な光景である。だがこれはこれで、足止めの一貫にはなっているのだろう。
だが決して、話し合いで引き返しを強請る希望を持ってはならない。双方には双方の、目的があるのだから。

「ニドリーナはよく鼻の効く子でね。でも少し大きな鼻をしていたから、他のポケモンからどう思われているのか心配だったわ。」

人間の都合でポケモンを捨てている行為を、恨めしいとは思わない。
世と自然にルールは無く、法則も無い。
あるがままに、それが成すべき方向へと、全ての生命は歩みを見せているのだから。
アリエッタは自分の家族の事や、自分が育ってきた程良い環境の事を一通り話し終えると、立ち上がって森の方を睨んだ。
その目はどことなく、濁りを含んでいるようにも思えた。

「ねぇ小鳥さん。ちょっとお散歩しない?」

此方を見ぬままの口は、枯れている。



長らしき剣士は、先程妙な事を口にしていた。
「このネイティは駄目だ。きっと人間の言葉が判ってない」と
妙じゃないか。まるで自分達が出会ってきたポケモンは、人間の言葉が判っている事を、剣士自らが知っているかのような、

「こっちよ、小鳥さん。」

木々の合間を器用に縫っていくアリエッタ。
少し高価な衣服は汚れてしまっているが、本人は殆ど気になっていないようだ。これが俗に言う、おてんば姫というやつであろうか。
森は先程の草原からは少し離れた所にあるが、そこまで兵に見つからずにここまで移動出来たのは、姫の人間とも思えぬ俊敏さと足の早さのお陰である。
詮索はいい、とにかく彼女は、別れたポケモンを探しに来ただけのようであるし、幸いこの森はそこまで広いという訳ではない。朝までに用を済ませて兵の元へ返せば、少し怒られるくらいで済む事であろう。

「あら、おいしそうな木の実。」

見上げる高さに木の実が生っている。アリエッタはそれを見ると、何事も無かったかのようにその場を通り過ぎた。

「ふふっ。」

あの木の実は食べられるものではあるが、昨日草原に生っていたものよりかは栄養価は高くはなく、贅沢な中級ポケモンはこれを摘もうとはしない。
どちらかと言えば、あの木の実を好みとしているのは虫ポケモンの部類に当るので、その者らの巣作りを避ける為に、中級ポケモンはそこより離れた木に寝床を確保する羽目になる。
まだここはどちらかと言えば、森の入口の部分に当り、中級のポケモンが住まうのは、ここより森の中心部に当る。

「面白いわね。野生のポケモンにも、ちゃんと文化というものが備わっているのだから。」

暗いが、視覚より脳波に頼る私にとっては、関係の無い暗さであるが、アリエッタに関してはそうではない。
まさか木の種類から、ここいらの地図を頭の中に展開でもしているのではないか。
そんな訳が無いのだが、だがそれであるなら、何故彼女はこうも器用に、中心部への最短ルートを通っているのだ。

「探検は好きなんだけど、あまり外出の許可が下りないのよ。これだから金持ちってやよね。」

アリエッタ。何者なのだろう、この女は。
位の高い世間知らずとも見えぬ、この得体の知れぬ違和感は何なのであろうか。
もしかしてあの男達の本当の目的は、このアリエッタを森の中へと送り込む事にあったのだろうか。
疑問を払う。一旦通してしまったものは仕方が無い。早々にその、鼻の効くニドリーナに出会って貰わなければ、万が一の事ではあるが、此方の身が持たなさそうであるからだ。
これまではアリエッタの独断歩行に合わせていたが、少し焦りを感じた私は、目的の方向に彼女を誘う事にした。

「あら……ふふふ。」

微笑の後、アリエッタが私の後に付いて来る。
始め彼女からの話を聞いた時から、なんとなくそんな予感はしていたが、やはりあの者の呼称は、以前人に飼われていた時のものであったらしい。
だが彼女は今、とある伝令の為に、中央部にある上級ポケモンの元へと向かっている筈だ。
厄介な事にならなければ良いのだが。


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