足を速めた分の成果はあったのか。それともこの状況を打開する策を練る時間を、後何時かとっておくべきであったのか。
外部から中央部にかけての境界点。噂には聞いていたが、やはり今この地で見てなお、その高さには圧倒される。
上級ポケモンが住まう中央部は、地下から頭を出した巨大な木の上に乗っかっている状態にある。
生え際の境界線がここであり、中央に向かうには、まずこの目の前に立ちはだかる巨大な木の層を超えていく必要があるのだ。
木の根が絡まったものであるので、登ろうと思えば出来そうな話ではある。

「おう……ようやく来たか。」

だがその前に、眼前に迫るこの壁よりも分厚い、力という名の城砦を回避する事が出来なければ、登るどころか、壁に捕まる事すらままならない。
こうも目の前に堂々と腰掛けられると、逆に闘争心を損なわれてしまうような気さえしてくる。

「ええと、ここを通して頂きたいのですが……駄目、ですか?」

過小評価だった。
此方には更に呑気な構えを取っている女が居る事を思い出し、ひとまず瞑想に入る。
交渉の方はアリエッタに任せるとして、此方は少しでも緊急時に対しての危険回避に専念しなければならないと、ひとまず冷静に判断した結果はこうなる。
だが依然、相手の能力は未知数である。

「呑気な嬢ちゃんだ。蜘蛛の群れを手懐けたってぇのは……もしかして女か?」
「私は女ではありません。……ああっと、そういう意味ではなくて。コホン……私にはアリエッタという、生まれてこの身に付いた名前があるのです。」

瞑想で高めた能力は、一旦技を使うとやや集中が途切れ、威力が軽減されてしまう。
使うなら一瞬。必中覚悟で挑まなければ、大柄な奴を薙ぎ倒す事など到底出来はしない。

「名前か……俺も前の宿主に付けられた、名誉ある名前があった。だが今の俺は一介の野生ポケモン。下らん規則を掲げた奴らの下で尻尾を振っている、なさけねぇただのラグラージよ。」
「ラグラージさん。私は、友達に会わなければならないの。彼女もしかしたら、私の事を嫌っているのかもしれないけれど、それでも、私は彼女に出会う必要があるの。」

不思議と、苦味を帯びた表情になるラグラージ
それが苛立ちであるのか情であるのか、今の私には判らない事だ。

「女、アリエッタとか言ったか。俺は力仕事が好きでね。交渉とやらには、全くの無知だ。だから俺はここに居る。ここで貴様らを、力で捻じ伏せる為に待っていた。」
「……それが貴方自身の意志による行動なのだとすれば、私もそれ相応の覚悟を決めましょう。」

上級ポケモン相手に戦おうと言うのか。
戦いを避けて、交渉のみで終わらせようとする事が愚かな事であると、彼女は知っているとでも言うのか。
なんと無茶な女か。
だがそれが、それが彼女なりのやり方なのかもしれない。

「じゃあ小鳥さん、後は任せたわ!」

………。
な……なんだって?

「私は登るのに時間かかっちゃいそうだから、先に登って、上で待ってるわね。」

言うとアリエッタは、なんと堂々にもラグラージの真横を通り過ぎ、大木の壁を登り始めた。
それを見たラグラージがすぐさま止めに入ると思いきや、少しの微笑を浮かべた後で、これまた堂々にも、止める仕草は愚か、その場からピクリとも動かない。
そしてゆっくりと立ち上がり、二歩程踏み出して、一礼した。
そして、

「参る。」

言い放った瞬間。踏み込みと同時に、拳が飛んで来た。
思わず瞬時の移動を忘れ、運動のみで避けに入った所、間一髪でそれをかわす。

「おう。なかなか良い動きだな。」

なんだなんだ、どういう事だ。
アリエッタが通り過ぎたのを横目でスルーしたヤツの拳が、何故此方に向かって飛んで来るのだ。

「置き去りか見せしめか、まぁ人間なんてそんなもんだよ。結局はポケモンの」

どういう事だ。
軽い挨拶程度の交渉で、この大柄なポケモンが易々と彼女を通すとは思えない。
ラグラージの言う通り、本当にアリエッタは、此方を裏切って、一人で先に進んで行ってしまったのか。
それとも最初からラグラージとアリエッタはグルで、先程までの会話は、此方を油断させる作戦だったとでも言うのか。

「そろそろ名前ぐらい喋ろうや。人間がいねえ場所でなら堂々と話せるってえなら、お前だってあの人間を裏切ってるようなもんだぜ?違うか!?ああ!?」

護衛などではない。ただ知っているポケモンに、知っている人間を合わせる。ただそれだけの行動に、裏切りも何もあるものか。
とにかく今は、目の前に立ちはだかった敵をどうにかするしかない。
頭のモヤを振り払い、ラグラージの戦闘態勢を的確に捉え、ただただ己の感覚を集中させる。

「来い!」

それがどちらの声か判らないうちに、木々を衝撃が伝わっていく。


戻る                                                       >>9へ

 

inserted by FC2 system