遠くで光る赤には、見覚えがある。
私が知っている中でも、特別にそれは不吉な匂いを滾らせて、貪るように神経を奪っていく。
森が燃えている。それもかなり広範囲の放火が、森の外側から壁のように行われている。

「早く!早くラグラージさん!こっちこっち!」

この平べったい足で走るのにはあまり慣れていないが、それなりに鍛えているつもりではある。
それにしても、こうも小型ですばしっこい者を追いかけているという状況は、なんと言うか空しいやら、やるせない思いに駆られるものだ。
だが、一旦休もうなどと言って足を止める気にもならない。一刻も早く、あのアリエッタという少女を追わなければ、彼女の命に関わってくる。
彼女はなにか、消えてはならない、何か大事なものを持っている気が、そんな気がしてならないのだ。
だが腐っても自分は、この森が消えると聞いて黙っているようなチンケな野郎ではない。安全第一というやつだ。
決意新たに足に力を入れた瞬間、それは起こった。
初めは、疲労でついに目が眩んできたかと思っていたのだが、そうではなかった。
火の回りにある木が、まるで自ら炎上を拒んでいるかのように身をうねらせて、隣互いに絡み合って、巨大な壁を作り出していた。
地響きに足が揺れる程、その一帯には、強大なエネルギーが集中しているのが、見た瞬間に判った。
冷静に分析した結果ではなく、ただそれに圧倒されての事である。
その技には見覚えがあった。苦手なタイプの得意な技くらい、しっかりと頭が覚えているもので、技の名前はすぐに判ったのだが、目の前で起きているそれが、その技である事に気付くには時間がかかった。

「これは……草結びか。」
「ネイティちゃんっ!崖下に居たよ!ラグラージさん連れて来たよ!」
「……!?」

驚いた。先刻に崖上へ跳んだものかと思っていたネイティが、やつれた顔で、仲間らしき者に抱き抱えられていた。
私が崖の周辺に居た事を知っている者の住まう地を考えると、私の元に伝令が回って来たのにも納得がいっていたのだが、まさかそれを知らせたのが、このネイティだったとでも言うのか。
自分で前方に立ちはだかる私を倒しておいて、自分で戻って、自分の元に私を向かわせるとは。
なんなんだ、このネイティは。しかも目の前で発動している強大な力を探る辺り、やつれきってそこに倒れているネイティを見るのが一番相応しいと来たものだ。
ひとまず混乱払い、課せられている目的を果たそう。積もる話は、それからでも遅くはない。



前方に待機させていた中級ポケモンを集めて、各自的確に指示を伝え、自らも先立って広がる炎の消火に当る。
相応の時間はかかったものの、なによりその間に冷静な判断による行動が出来た原因である、この巨大な柵に感謝したい。
火消しに草結びの柵を超えて行った際、思わぬ収穫があった。
消化の際、炎に紛れて水を被った連中が目の前に、駆けつけた蜘蛛の陣営の手によって縛られた姿で横たわっている。
久々の友人との再開に心躍らせる中、悪い事というものは続くものであるという言葉が、よくお似合いの状況となる。

「追放処分?」
「ダーテング様の御付きに逆らいましてね、最後に森の周囲をひとまわりしていた所、この状況です。」
「あの野郎に関しては、俺も気にくわねぇと思ってた所よ。追放された理由を聞けば、少し強めにモノを言ったら勝手に出て行ったとか、鼻で笑いながら抜かすに決まってらぁ。」
「色々と忙しいのですよ。既定を守る仕事に関しても、苦労が多いのでしょう。そう悪く言うものではありませんよ。」

何気ない会話の後、未だ目を覚まさないネイティの元に、かなりの数のポケモンが集まっている事に気付いた。
囲んで生き返るという訳でも無いのだろうが、それ程までに、信頼されているとでも言うのだろうか。

「くそ、まだだ!まだアリエッタがいる!」
「そうだ。姉御ならなんとかしてくれる筈だ!」
「うるせえぞてめぇら!捕まっておいてガタガタ騒ぐんじゃねえ!」
「ロックさんだって、見事に捕まってるじゃないですか!」

言うと、ロックと呼ばれた男が立ち上がり、何やら縛られていた手を懐にやり、隠し持っていた刃物で糸を切り裂こうとする。
が、蜘蛛の部隊の縛り糸が、そんなに容易く切れる筈は無い。ほおっておこう。
そう思った瞬間、男の背に刺した剣が、何やら赤く光を放ち始めた。

「ひゃほう!」

男は足の力だけで飛び上がると、そのまま両手を外に投げ出すような形で、縛っていた糸を振り払った。
どういう事だ。力でどうにかなるような代物ではない筈。今の赤い光が事の原因か。
考えていると、他の縛られた者が騒ぎ出した

「出た!ロックさんの十八番、フランベルジュ!」
「装着されたモンスターボールを源に、内部のポケモンの力を吸収するって言う、数あるロックコレクションの中でも秘宝中の秘宝だ!」
「馬鹿野郎!何べらっべらと喋ってやがる!これから逃げる奴の戦法を、自分達から明かす馬鹿があるか!」

見ると、男が懐から取り出した小型の刃物にも、背中の剣と似たような光を放っている。

「ロックさんが、剣を懐に刺した時が本番だ。フランベルジュの力はとてつもなく強力であるが故、ロックさんはその力の先端部分のみしか使う事が出来ない。」
「だからロックさんは、その背中に装着した剣の力をナイフに流し込むようにして、使い辛いその力を汎用性の高いものに仕上げる事に成功したんだ。」
「だがロックさんは、短時間だが、剣本来の力を使って戦う事も出来る!」
「つまり、懐に剣を構えた所で、お前らの負けは決まる。ロックさんはまだ、力の半分をも出しちゃいねえんだからなっ!」
「くおら!お前らわざとだろ!絶対わざとやってるんだろ!」

気絶しているネイティは、ピクリとも動かない。
消火が間に合ったのは、なによりこのネイティのお陰だと言うのに、それはまるでこの炎の犠牲になったかのように、そのパッチリとした瞳が固く閉じられている。
妙な情も湧いたものではないが、他者の身勝手で、目の前の戦友が息絶えて行く姿には、自分にも覚えがあった。

「このネイティさん……あのお嬢さんと一緒に居た方に間違いありませんね。」
「そう言えば降格処分の原因はコイツ等だったな。上に突き出すなら、弱っちい今が頃合だぜ?」
「止めて下さいよ。彼等のお陰で、私も目が覚めたくらいの気持ちでいるのですから。」
「へへ、冗談だよ。お互い、コイツらの情にくたばった身の上だからな。」

妙な縁を噛み締めていると、背後からロックとかいう男が切りかかる態勢を取った事に気が付いた。
次の瞬間にも、不意打ちに移る勢いである。
自分に対しての攻撃であれば受け止められない事も無い事は無いが、ネイティに大してのものであった場合、どう対処に当るか。

「そ……そこのポケモンども。あ……ああ、アリエッタをどこへ、連れて行きやがった!」

見るからに勇敢そうな剣士なのだが、どうもパッとしない。
風格はそこそこに有るのだが、なんと言うか、我々の存在自体が苦手なのだろう。

「なにやってんですか兄貴。相手は森に住むポケモンなんですよ。ちゃっちゃと燃やしちゃえば無問題じゃないですか。」
「阿呆か!てぇか、なんでこの地帯の森林にラグラージが住んでるんだ!湿地帯に生息しているポケモンがよく目撃されているのは、もっとずっと西の方角の筈だろ。」
「よく知ってるじゃねえか兄ちゃん。風格は伊達じゃねえって事だな。俺ぁ元々、西の大国に住まう騎士団が宮廷内で育てていた隠し玉みてぇなモンでな。今はしがない森の消防員だが、昔はこれでも、もうちっとマトモな戦いが出来てたんだぜ?」
「……に……西の……。」

それを聞いた剣士の顔から恐怖のようなものが剥げ落ちた代わりに、代わりに何か、驚きのような面がその顔に張り付いた。
そう言えば彼、ロックの刺している剣、フランベルジュ。以前どこかで見た覚えがあったような気もするのだが、知った顔であったのか。

「どうしたんですかロックさん。」
「……なんでもない。それよりも、早くアリエッタを返してもらおうか。彼女を森に置いたままでは、我々は去る事すら許されないのだからな。」
「ええ、兄貴。姉御は道案内だけでいいって言ってたじゃないですか。大丈夫ですよ。結構しぶといし。」
「馬鹿だな〜、ロックさんは移動中でも姉さんの事ばっかり見てるし、この前立ち寄った南の森の時だって、姉さんが探索に飛び出したら真っ先に叫んで止めようとしてたんだぜー。」
「はいはい、俺兄貴から、姉さんの肖像画頼まれてましたー。」
『うっひょー。』
「………。」

敵に背を向けて、素手の状態で仲間の元へ戻るロック。
瞬時立ち回り激しく、続いてボコボコと頭を叩く音が聞こえてくる。腫れをさする手も縛られたままの状態では、さぞ痛かろう。

「……と、とにかくだ。アリエッタは返して貰うぞ。彼女がいると、料理なんなりで纏まりが効くのだ。もうしばらく居て貰わなければ、色々と困るのだよ。」
「と言っても、私は彼女と一度お会いしただけで、その後の事はなんとも……。」
「俺ぁその件に関しては小僧に任せたつもりだったんだが、どういう訳かその小僧が、消火活動の末にここで寝てやがると来たモンだ。」
「えっ……。」

男達の乗ってきた、ここら一帯ではあまり見た事のないタテガミを持つ者。ボニータとかボニーダとか、確かそんな名前だった筈だ。
錯乱して暴れていたそれ等は、今は森の外に待機させている。
形はなんにせよ事の火種である為、相応の見張りを付けて警戒を取っているが、同胞としては、心苦しいものがある。

「放火に当った者の進入を防ぎ、火災による状況の悪化を食い止め、おまけに消火が間に合うまでの時間を作ってやがった。タダモンじゃねえとは思っていたが、ここまで頭の回る小僧だとはな。」
「……そうか、このネイティか。そう言えばアリエッタと一緒に居た覚えがあるぞ。まさかコイツがアリエッタを……。」

剣士が息を荒げる中、蜘蛛が続ける。

「彼女はこのネイティと一緒に、何か急いでいるようでした。彼女……アリエッタさんが森を訪れたのには、なにか目的があっての事で、もしかしたらそれを達成する為に、ネイティさんの力を借りたのかもしれません。」
「まぁどっちにせよ、コイツは森を守ろうとした結果、覚めるかどうかも判らない眠りについちまった訳だけどな。理由はなんにせよ、お前も剣士なら、戦い疲れて眠ったままの野郎に勝とうなんて阿呆な考えは捨てる事だな。」
「……剣士。」

――貴方も剣士として名乗り出たのだから、飽きに走る前に、相応に相手をするべきではなくて?

「ふん……判っていたさ。」

剣士は小さく呟いた後、何か少し気が晴れたような顔で、此方に向けてそれを言い放った。

「我が名は剣士。南方の森に住むジグザグマの陣営の祠から、人化の秘宝を奪った者を捕らえにやって来た。」

剣士がようやくと言わんばかりにその目的を告げると、彼の仲間の中からどよめきが走る。
それは不安のようで、もう手馴れている事のようで、言いえて奇妙な空気に思えた。
なにより一番衝撃を受けたのは、言われた此方の方であった。


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