「進化の秘法」と「人化の秘法」 ジグザグマ達によれば、森の祠から盗まれたのは「人化の秘法」の筈であるが、教授と呼ばれる男がジグザグマ達へと伝えたのは「進化の秘法」である 教授は、自らが生み出し、名前を付けた「進化の秘法」という名の物質を手にし、その噂をジグザグマ達へ広めた だがジグザグマ達は、何故「人化の秘法」が盗まれたと抗議してきたのか。 教授の用意した「進化の秘法」は、投与した教授自身と、ロックの体内に投与された筈であり、それは祠などには無く、教授が所持していたという可能性が高い。 教授の流した噂は、ロックをおびき寄せる為の囮である。 それではジグザグマ達の言う「人化の秘法」とは何の事なのか。 単にジグザグマ達の聞き間違いかもしれない。 噂が伝わるうちに、適当な言い回しに足が付いて、名前が変わってしまったのかもしれない。 「……貴方……誰。」 走り廊下、乱雑に破壊された扉の群れは、今起きている事態とは関係のある事ではあるが、その事事態は既に終わっている事であり、現在の状況においては、そこまで重要な情報とは言えない。 ただその惨状が、ネイティとアリアドスの目の前に立っている「三ツ頭の真紅の鎧」の不気味さを、一掃に掻き立てているのだ。 「……誰かを、憎んでいるのか。」 「貴方は……。」 赤黒い影、不吉の象徴のようなそれが接近すると共に、言葉を交わしていた。その謎掛けのような問答の中で聞き覚えた声の、その主。 伝承にある、「三つの首を持つ者」が、ノクタスの体でそこに立っている。 少しぼやけて、それでいて光沢を放つ真紅の鎧は、包み隠すようにノクタスの体を覆っている。 二本あった腕の部分からは、ギラリとした金色の眼光が対を成して輝き、同じくその眼の中にも、ノクタスの眼光とは違った色をした金色の瞳が備わっている。 三つの首を持つとは、こういう事だったのかと、妙に納得しているネイティ。 一連の、赤黒い影の出来事は、全てこの者が仕組んでいた事だったのであろうか。 災厄の声の主を目の前にしても、ネイティはハッキリしないような表情を浮かべている。 話が出来るようであれば、質問を返す前に、質問をしておきたかったというモヤを、今こそ解消するべきではないのか。 元々、ハッキリしない事は嫌いな性格なのだ。 「貴方が……あの影の正体だと言うの?」 「……影?」 「森の至る所から影が出てきて、その質問に答えた者を操って、暴れさせていたのは貴方かと聞いているの。」 「……封印は……どうした。」 「封……え?なんの封……。」 「ネイティさん、ジグザグマさん達がそんな事を言っていたような覚えがあるのですが……。」 「言われてみれば、そうだったわ。」 ジグザグマ達は、神様が怒っていると言っていた。 どうもそれは自分たちの仕業ではなく、この森に住む住民の仕業であるらしい。 「その……封印をすると、どういう事になるの。」 「私はとうの昔に決闘に負け、この森に身を取り込まれている……だが、生きている時に感じていた執着が大きすぎたらしい。」 「しゅ……執着って、なに、怨念みたいなものって事?」 ゴーストの類を、ネイティはあまり信じてはいないが、その存在が持つ、強い精神力には少し興味があった。 死してなお依存する信念である。自分の精神力など、ゆうに超えているに違いない。 自分が死してゴーストになれないのであれば、自分の精神など大した事は無いのだと踏んでいる。 それを思うと、どうにも不安な気持ちになってしまうのだ。 「あの者に……勝てぬ。人間との共存などという考えを否定する事が、私には……出来ぬ。」 「その決闘相手は……人間との共存を望んでいたの?」 「そうだ……だが判っている。人が自然から学ぶ事も、自然が人から学ぶ事も、必要な事であるのだ。判っている……判っているが、一度受けた屈辱が、死してなお晴れぬのだ。」 「屈辱……か。」 今迄に出会った黒い影は、人への憎しみで溢れかえっていたという事なのだろうか。 この森には、人に偏見を持つ者も多い。 ネイティ自身ですら、騎乗の下にあったポニータの手綱を見た時に、少しの嫌悪を覚えてしまったくらいだ。 「私は、人とはあまり話さないから、よく判らない。なんとなく好きだけど、嫌い。上手く、言えないみたいだけどね。」 「ネイティさん……。」 声を絞り出すように、真ん中の顔が、ぎりぎりと動く。 「……あの者も、似たような事を言っていた。」 あの者とは、決闘をした相手の事だろうか。 祭られる大分前に決闘をして、それで負けてしまったのであれば、決闘した相手は今どうなっているのだろうか。 「あの頃の私は、人間に捨てられて正直な話、頭にきていた。今考えてみれば、単純にも程がある。故に、人を殺める事に疑問を持たなかった。楽しんでいた。ほとんど、衝動で動いていたのだ。」 「……う、うん。それで、どうしたの?」 「……………。」 ネイティが聞くと、三ツ首は呆然となって、何も無い空中を見上げる。 何か、考え込んでいるように見える。 「……なに、どうしたの?」 「いや……こうして考えてみると、私は何も反省していないよ……それだから、いつまでもあの者に執着があるのだろうな。」 「判るように言いなさい。」 言ってみても、上に向けた鼻先を下げないハッサムが、零すように言う。 「あんな子供に……負けたのは、初めてだった。」 「こ……子供?」 ようやく頭を此方に向けたハッサムは、ネイティ達を見るというよりか、自分で口にした「子供」の存在を、ずっと遠くに眺めているようにも見えた。 嘘偽りは隠せないといった、ぎらりと光る、奇妙な優しさを持った眼差しで。 「子供だよ……ほんの小さな、種の坊やさ。」 |