みなぎる力は一時のまやかし。
後方より放たれた声を聞かずとも、ネイティにはそれが判っている。

入り口から伸びた土色の風景が、降下に従って、薄緑の光へと変わっていく。
鳴り響く轟音も、気のせいか少しばかり、大きくなっているようにも思える。

――ようやく到着……え?

細い筒状の通路を越え、ようやく開けた先には、真下へと通じる巨大な穴があった。
キキバナはここを、必死の思いで四足下降し、教授、そして人化の秘法ことメタルモンスター、ロックの三名は、そのまま飛び降りたらしい。

――だけど、今の私なら……。

先ほど、大量の生命エネルギーを吸収したネイティ。
進化によって得られる飛行能力すら、今の彼女には備わっているのだろうか。
ネイティはここにきて、使い慣れていない能力を持ってしまった自分に、戸惑いを感じていた。

今迄に備わった事のない力。
だがネイティには、その感覚に覚えがあった。

――……似てる、この感じ。あの時の力と。

中央部に突入する際にネイティを操った、赤黒い力。先程の三つ首の言葉。
彼は、人間への憎しみから暴れ者になり、封印され、そして今なお、その思念はこの森の中に留まっているらしい。

――あの赤黒い光が、彼の憎悪のようなものだとしたら、人間への憎しみがある者に、影は取り付いていたという事なのかな。

とすると、ノクタスやアリアドス、入口にいた、棘のある臆病な者、ホーホー、そしてロック。
立場や経歴の違い彼等の中に、封印すべき、忌むべき力のキッカケがあったという事なのだろうか。

「……私は。」

そしてネイティ自身、アリエッタに裏切られたという気持ちがあった。
それは先程、アリエッタ自身にあった事により、解消出来たのだ。
森に封印された三つ首も、そういった方法によって、忌むべきものに立ち向かう方法を見つけられたのかもしれない。

「それで封印されたのなら……怒って出てくるのも、判る気がするよ。」

そしてまだネイティには、確認すべき事があった。
天狗の長。
事の中心となる者に、ネイティ自身、会う必要があると思っていた。

「さて、どうしたものかな。」

風の吹かない場所では、調査したい場所に向けて超念力を放ち、跳ね返った情報から、情報と距離を割り出すという手が使える。
だがこれを使ってしまうと、念力の情報を相手に気取られて、そこにいる者に感付かれる可能性がある。
強大な力を使い慣れていないせいもあり、事次第によっては、それによって通路が破壊されてしまう可能性がある。
降下が出来ない分、失敗の出来ないテレポートを行う為には、調査の必要があった。

――あの時みたいな事にはならないけど、あの時以上の事になるかもしれない。だけど……今度こそ、失敗は許されない。

最大限の集中に、最適だと思われる力を加え、最良の処置を選択する。

「乗るか反るか……とにかく良い結果に、なりますようにっ!」

念動が跳ね返り、ネイティの頭の中で、情報が構築されていく。



中央部通路先、最深部。
鳴り響く振動に、種坊頭のメタルモンスターと、教授と呼ばれるダーテングの傘下にあった者も、この異変を察知していた。
赤黒いものを纏っていた者は、依然として地に伏している。
なんらかの不測の事態によるものであるらしく、自身満々の二名は、それに焦っているようにも思えた。
崩壊が始まった原因は、この場に安置されていた鎌状の腕を持つ者にあるようだ。
大きな振動を感じた教授が言っていた事だから、間違いは無い筈であると、キキバナはそう解釈している。
三つ首と言っていたが、キキバナが見た三頭六目の赤い三つ首頭とは、少し違うように思え、体も痩せ細っていて、全身に絡まった木の蔦が上部に伸びていなければ、ただの亡骸にしか見えなかっただろう。

キキバナはこの事に関しても、アリエッタに聞きたい事が山程溜まった挙句、それと同時に、何事をも知らぬ自らに腹を立てていた。
憎んでいるというものとは、少し違った。
単純に、目の前で勝ち誇っている二人を殴って、スッキリしたいという、身勝手な衝動に狩られていた。
狩られていたが、動ける訳ではない。そしてそのチャンスを伺う気にもならないくらい、力では適わないと察していた。

また振動が起こった。今度のは少し大きいような、さっきよりも近くで鳴っているような、どちらだかよく判らないものだった。
だが、今の振動は何かが違っていたらしい。
明らかに今の振動で、教授と呼ばれる者の顔付きが一変している。

「思ったより崩壊が早いみたいだから、そろそろそこにいる四足の子か、そこで寝てるお兄さんの体を交代に使わないと、僕達も危ない……どうしたの教授。」
「……今のは、念動力か。いやいや、なにを恐れるものがある……こちらにはメタルモンスターがいるのだ……それに……。」

そこに、隙が生まれた。
誰よりも中央付近にいたキキバナは、それを思い立ち、実行に当った。

「……しまった!」

亡骸を破壊すれば、崩壊が早まり、大樹は跡形も無く崩壊するだろう。
教授やメタルモンスターもろとも、キキバナはこの場を破壊するつもりでいたのだ。

「全員地獄行きだ!悪く思うなよ三つ首!」

今迄何度ヘッグに浴びせてきたか、その渾身の二連蹴りを放ちにかかる。
教授はそれに焦っていたが、後方にいたメタルモンスターは、何故かその場から動こうとはしなかった。
そして低い声で、唸るように言い放った。

「……もう少し使う手足を選んだ方がいい。お前には、そう教えた筈だ。」

途端、キキバナはこれに動揺したが、襲撃の勢いが止まる事はなかった。
だがそれでも、三つ首には届かなかった。

「えっ……。」

横薙ぎの一閃が、全身を払うようにかかる瞬間、キキバナはそれを直撃だと悟った。
蔦ごとを引き千切って放たれた刃は、キキバナの頭上を掠めた。
キキバナがその勢いを止めずとも、だ。

「久しぶり……キキバナ。」

そこに浴びせられた懐かしい声は、一瞬元来の姿を取り戻したかのように思えた、種坊のものではなく、転がっていたロックのものでもなく、当然ながら、教授のものでもなかった。

「ありがとう……皆。」
「ネ……ネイティ!?」

鎌を潜めた者と、一瞬目を合わせたネイティは、そのまま念動力で浮かべていたキキバナの体をゆっくりと下ろすと、教授とメタルモンスターの方を見て、少し驚いたような顔を見せた。

「……あれ?」

呆気に取られたキキバナより、口を大きく開けた教授より、自分でも制御の効かなくなっている内なる声に動揺した種坊頭のメタルモンスターよりも先に驚いた声を上げたのは、他ならぬネイティだった。
崩壊の音が聞こえてくる。
その音は、中央に吊られている痩せ衰えた者の鼓動に、酷似しているようにも見えた。

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