中央に置かれたボロボロの亡骸は、今にも崩れそうな弱々しさを見せてはいるが、動けないという訳ではないようだ。
それを証明するかのように、キキバナの頭一つ分上をかすめた鎌の刃が、伸びた状態から鞘に納まるように折り畳まれていくが、それを見ていたのはキキバナだけだった。
反対方向、種坊の頭を持った紫色の物体、メタルモンスターと、その真横にいる教授と呼ばれる者、そしてボロ雑巾のように寝転がったロックの三者の在る方をネイティは眺めており、特にその視線は、異様な格好のメタルモンスターに向けられている。

「貴方……えっと、医務室にいるハズじゃ……。」
「………う、うぐぐ。」

ネイティの問いに応えるように、唸りを上げて姿を歪ませるメタルモンスター。
更にそれに続けるように振り返ったキキバナが突如、メタルモンスターに向けて全力で駆け出した。

「まっ……まずい!」

何らかの危機を感じ取ったのか、教授と呼ばれる者は、手にあった剣のようなものを上に向かって掲げると、その剣の刃から、くすんだ炎が沸き出した。
傍に倒れているロックから奪い取ったフランベルジュ。その力を意のままに操る事が出来れば、教授と呼ばれる者は、この森に住む幾戦の者との戦いにおいて、無敗を誇る力を手に入れる事になっただろう。
だがその剣の柄の部分に備え付けられた丸い球のような物体に、教授の注目が行ってしまった。そして、それを見たのだ。
ただそれだけで教授の顔は青ざめ、次の瞬間、剣から迸る炎が、柄の下の、その更に下にまで浸透し始めた。

「っ……う、うわあああ!」

ガランガランと音を立て、床に力強く剣を投げ出した教授と呼ばれる者の手から、そこに帯びた高熱による煙が上がっていた。
床に投げ出された剣は、その持ち主を探すように床を転がりまわり、持ち主であったロックの傍に寄り添うようにして、その手の近くに止まった。

叫び声驚いたキキバナだったが、チャンスを逃すまいと、予備動作の後、メタルモンスターの頭部分、種坊の部分に向かって、おもいきり飛んだ
先程の言葉が蘇る。使う手足を選んだ方がいいと、少し前、森に置き去りにされたキキバナの面倒を見てくれた、森の長である者の言葉を。

「その度にいつも言ってたよね……私は不器用なんだ。私には、この蹴りしか無いんだって!」

一時はキキバナのアクションに抵抗を見せていたメタルモンスターの体だったが、踏み込みと同時に浴びせられた言葉に応じて、その動きが止まった。
一直線に放った二つの足を使ってのドロップキックが、避け切れ無いままに顔面に迫り、そして……

「スパーリングは久々だね……そうでしょ、ダーテング様!」

おもいきり脳天を揺さぶった。

「ぐ……ぐあああ!」

床をゴロゴロと転がり、そのままフロア内部の壁に激突した種坊の声ではない。
頭部を失ってもだえ苦しむのは、そこから下にあった紫色の流動体、メタルモンスター。
全身が口になったのかと言わんばかりにその身全体が唸り、そして次に、なんとか平静を取り戻した時には、先程頭にあった頭部と同じようなサイズにまで縮んでいた。

「はぁ……ち、畜生……なんだって言うんだ……僕に身を任せておけば、手軽に支配権が君の手元にやってくるんだ……もう、力不足だなんて思う事も無いのに!」

蹴りの反動から、半回転しながら着地したキキバナは、遠くの壁に転がった種坊を見る。
あの種坊はダーテングなのだと、キキバナは認識している。
何故あのような姿になってしまったのか。操られてしまった事にその原因があるのか。それともまだ何か、理由があるのか。

「力不足……。」

ネイティは、少し考えている。
ダーテングは、森の全てを把握しきれている訳ではない。
森の中には優れた部下が大勢いて、完璧に事が行われているという訳でもない。
ある程度の自由は許されてきたのかもしれない。ネイティ自身、それもありのままの事象として受け入れてきた。

ダーテングはどうだったのだろう。
森長たる彼は、メタルモンスターの言うように、力不足を感じていたのだろうか。

「……おじさま!」

壁際に横たわった種坊の元に駆け寄るキキバナ。
通り際に横でうずくまっていたメタルモンスターに、それを止める力も、その必要もあまり残されてはいなかった。
起き上がった種坊は、よろよろとキキバナの方に向かって歩くと、そのまま脇を通り過ぎて、メタルモンスターの前に立った。
メタルモンスターが言う。

「僕は……僕はお前の為を思って言ってやってるんだ!お前は森全体を支配しきれないから、自ら退化して、逃げようとした!だから僕が、連れ戻してやろうって言っているんだ!」
「………!」

傍で聞いていたキキバナが絶句し、ネイティは、中央でただじっとその様子を見守っている。
手を痛めていた教授も、この話に聞き入っており、ロックは未だ、剣の横でうずくまっている。

「ほ、本当なんですか!おじさまが逃げるだなんて……そんな……う、嘘です!こいつは嘘を言っている!」
「嘘じゃない。」

メタルモンスターではなく、その言葉は紛れも無く、種坊の口から出たものだった。

「……この森は、とうに寿命を過ぎている。それを隠す為、三つ首の伝承を森に伝え、玉座の裏を絶対不可侵の領域に定め、私はこうして、皆に隠し事をしてきたのだ。嘘を付いてきたのだ。」

これだけを聞き、既にキキバナは下を向いて、動揺を隠せ無い状態になりかけていたが、アリエッタの言う、確認を行う為に、なんとか顔を上げて耐えていた。
これを聞いて、何かが気にかかったように歩み寄ったのは、教授であった。
教授が種坊に、中ば希望を失ったように語り掛ける。

「と うに寿命を過ぎている筈の大木が、今なお活動を行っているという報告を聞き付けて、私は数年前にこの森を訪れ、お前の下に付き、それを探る事に決めたの だ。そうして未知の生命エネルギー体が、木々の中を循環している事に気付いた私は、その生命の象徴たるエネルギーを秘法と名付け、今日まで研究を重ねてき た。だが未だに判らない事がある。」

フランベルジュを失い、種坊を操る力も解けてしまった。最早ここが持たない事は、そして自分の計画が散ってしまった事は、教授自身判っていた。最後の希望と言わんばかりに、教授は種坊に向かって問う。

「三つ首とはなんなのだ。あれは何故、あんなにも膨大なエネルギーを持っている。正直あんなもので、この大樹が持っていたなどという事自体、未だに信じられない事なのだよ。」
「……そうか。」

種坊はそう応えると、中央に歩み寄る。
その体が段々と光に包まれていき、目と目の合間から、鼻のようなものが突き出て来る。

「こ……これは。」
「君の作り出した、今の君の姿……我らの形を象る力、進化の秘法と言ったか。それもまた、この森の秘密の一部に過ぎない。」

言い終え、中央に辿り着いたその姿は、キキバナが慕い、教授と呼ばれる者が仕えた、ダーテングその者の姿であった。
ダーテングはネイティの付近にある、亡骸のようで亡骸でないそれを見た。
頭から後ろに向かって伸びた巨大な体毛のおかげで、ネイティにしかその表情は見えなかったが、ダーテングは確かにこの時、この数年の間、誰も見た事の無かったような表情を見せていた。
それは笑顔と呼ぶには、ぞっとするような笑みであった。

「出て来れるのだろう、三つ首。」

丁度メタルモンスターと教授の後方付近の部分だろうか。突如赤黒いモヤが立ち登り、それは宙に浮いて、ガスが固まって動いているような姿の中に、六つの目のような光がモヤを帯びている。
それは丁度、先程までロックが横たわっていた箇所に当る部分からの現象であった。

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